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第1話「この文化祭を繰り返してるの」

【あらすじ】
 私立苺原高校の文化祭がスタートしたが、同時に三つの事件が起こる。
「文化祭をジャックした」という声明文が発見された。事件解決の依頼を受けた図書室の探偵、針ヶ谷と助手の佐野は文化祭ジャック事件を追う。
 ミスコン候補の天宮は脅迫を受け、妨害工作に合う。風紀委員の狭間は、校内巡回をしつつ、天宮の警備をすることに。
 文化祭嫌いの文化祭実行委員である森谷は古本市の店番をしていた。そこに幼馴染の小南が現れ、「文化祭を十三回繰り返しているから助けて欲しい」と相談にやって来る。森谷は小南を文化祭から脱出させるべく、奮闘する。
 三つの事件が解決するとき、文化祭の真実が明らかになる。

【文化祭一日目】 

      キング1

五か二かゼロ、指を何本立てるか選ぶかだけで変わることがある。

右手の指を開いたり閉じたりしながら、俺はそんなことを考えていた。

ジャンケンで何を出すか悩むことは不毛だと思うので、いつもグーを出す。しかし、その所為で負け、その所為で文化祭実行委員会に入ることになることになり、こうして強制的に文化祭に参加することになってしまった。

 ここは本校舎に入ってすぐの、教員室前にある広いスペースだ。折り畳み式の長机がLの形になるように配置され、生徒から集められた古本が並んでいた。

十月最後の土日、苺原《いちごはら》高校の文化祭が開催される。その二日間、俺はこの一時間座ってるだけで尻が痛くなりそうなくたびれたパイプ椅子に座り、この古本市の店番をしなければならない。

 並べられた本の中から、梶井基次郎《かじいもとじろう》の『檸檬』を開く。檸檬を本屋にそっと置き、もしもこれが爆弾だったら、と一人で心を躍らせる姿は子供じみてもいるが、他人に迷惑をかけない愉快犯には好感が持てる。

梶井基次郎も、文化祭でいつもと違うテンションではしゃいだり、何度も買い出しに行ったり、思い出を作ろうと円陣を組むよりも、一人でいる方が落ち着くタイプだったのではないだろうか。

 ぺらぺらとページを捲り、ちらりちらりとたまに顔を上げる。

開始時刻の十時を過ぎたので、もう人が入り始めたようだ。アフロのかつらを被った者や、熊の着ぐるみを着たうちの生徒が、勧誘のために校門の近くへ走って行った。

 既に他校の制服集団や生徒たちが何人も行き来している。うちの学校は十四クラスあるマンモス校だからなのか、文化祭が賑やかだということで知られている。近隣住民や他校からの生徒も多く来校する。去年は二日間で来校者数が一万三千人だったと聞いた。全国的にも一、二を争うという話を耳にしてぞっとしたが、古本市にも人は来るのだろうか。忙しいのは嫌だな、と思う。

「あの森谷《もりや》先輩、始まって早々で申し訳ないんですけど、ちょっと抜けていいっすか?」

 少し離れたところに座っている、一年生の鈴木が話しかけてきた。基本的に二人一組で店番をする決まりだが、「行っといで」と左手で促す。始まって早々にサボりを覚えるとは、彼は大物になるかもしれない。

「すぐに戻って来るんで」と後輩文化祭実行委員が退席すると、「公《こう》ちゃん」と俺のことを呼ぶ声がした。

 視線を移すと、そこには幼馴染の小南《こなみ》が立っていた。

 ぱっちり二重という訳ではないが、アーモンド型の瞳は大きい。おさげの髪にチタンフレームの大きな眼鏡をかけていて、真面目な委員長然としている。

「なんだその格好は」

 小南は、丈の長い黒のメイド服を着ていた。秋葉原ではなくイギリス、そんな本格的な印象を受ける。

「自分のクラスの企画だよ。参加していないから、わからないんだよ」
「うちのクラスって不思議の国のアリスカフェじゃなかったのか?」
「そうなんだけど、貸衣装の発注ミスがあったみたいで。それより、どうかな?」

 小南がそう言ってくるりと回る。スカートが合わせてひらりと舞った。

「ハマりすぎじゃないか?」
「褒め言葉として受け取っておくね」

 そう言うと、小南はエプロンのポケットから水色の洋封筒型を取り出し、差し出してきた。受け取り、確認する。しっかりと糊付けされていた。

「俺に手紙か?」

 小南がこくりと頷く。

「実は、公ちゃんにお願いがあって来たんだよね」

 手紙の封を切ろうとしたところで、「もーりやくん!」と声が飛んできた。

手を止めて、視線を移す。おしゃれに無頓着、という感じのぼさぼさ頭の女子生徒がやって来た。同級生の田淵《たぶち》だ。顔は晴れやかで、文化祭だ! 本番だ! と意気込んでいるのが見て取れた。

田淵は手には台本を、心には演劇魂を持っている。

「一冊五十円」
「何が? あ、古本? いや、買い物に来たわけじゃなよ。それにしても森谷くん、文化祭実行委員なのに、ハートのキングじゃなくて古本市を選ぶかね?」

 文化祭実行委員は、ミスコンやミスターコン、更にこの高校の名物イベント【ハートのキング】をメインに運営している。のだが、日陰イベント【古本市】も存在していることを知った俺は、迷わず涼しい日陰を選んだ。

「今年のハートのキングは、どんなカップルが成立するんだろうねぇ」
「誰でもいいよ」
「そんなことを言っちゃってえ。森谷くんは絶対に指名されまくると思うけど、顔はいいのに、勿体無いなぁ」
「それよりも、なにをしに来たんだよ。文化祭の日まで勧誘に来たわけじゃないだろうな」

 田淵とは一年の時に同じクラスで、顔を会わせるたびに今でも「森谷くんは逸材だよ!」と、演劇部に勧誘してくる。

「流石に今日は無理だよ。あたしだって、文化祭の間はてんてこまいだからね」
「一安心だ」
「それにね、あたしは今、ある大物新人に夢中なんだよねん」

 表情をころころと変えながら、「そうそう」と言って抱えている束の中から、一枚紙を差し出してきた。大正ロマンな書体の『ハートのキング~これまでとこれから~』という文字と公演時間が書かれている。どうやら演劇部のチラシらしい。

「森谷くんに用というよりも、ちょっと権力にお願いをしに来たって感じ」

 訝しみながらチラシをじっと見ていたら、あることに気がついた。右下に生徒会の認可ハンコが押されていない。ハンコのないものは、配ったり掲示できない決まりになっている。

「田淵、悪いニュースだ」
「良いニュースの方から」
「全部、悪いニュースだ」
「そんなぁ」
「当日にハンコ対応はしない。ギリギリまで準備をしてるお前らが悪い」
「そんなぁ」

 田淵はポスターを抱えると、がっくりと肩を落とした。

「仕方ないか。わかったよ。諦める。あたしはもう行くけどさ、ねえ、森谷くんは本当に文化祭の間中、ずっとここで油を売ってるつもりなの?」

「売ってるのは古本だ」
「陽の光を浴びないで、こんなところにずっといたら黴が生えちゃうよ」

 手でしっしと追い払うと、田淵は「はいはいまたね」とどこかに行った。

 椅子の背もたれに身を預けると、少し後ろに移動していた小南が、再び俺の前にやって来た。あぁ、そうだった、手紙を開封する途中だったのだと思い出し、膝の上の手紙を手に取る。

 びりっと開封しかけたところで、それは鳴り響いた。

 電子音と、にぎにぎしいポップなメロディ、元気溌剌なキーの高い女の子の歌声が流れ始めた。乱暴にペンキで色を塗り替えるような音楽に、ぎょっとし、身構える。

どこで息継ぎをするのだろうか、と確かめたくなるような早口の歌がスピーカーから校内に響き渡る。通りかかった男子生徒が立ち止まり、天井を見上げていた。

 一人が「これって、マジプリじゃん」と呟いた。

「何だそれ」「日曜朝のアニメだよ」「詳しいな」「本気天使エンジェル」「天使が二回も」

 盗み聞きした話から察するに、どうやらアニメソングらしい。

 だとしても、だ。

 文化祭が始まって早々にこの曲をかけるとは、うちの放送部どういうセンスをしているのだろう。そんなことをぼーっと考えていたら、数人の生徒がやって来て階段を駆け上がっていった。

「公ちゃん、時間がないから、そろそろ開けてほしいんだけど」

 小南が詰め寄ってきたので、俺は「そうだった」と返事をして封筒を開封する。

『10時3分 演劇部の田淵比佐子《たぶちひさこ》さんが来る。
 10時5分 放送でアニメソングが流れだす。
 10時7分 ハートのキングの盗難が発覚する。
       文化祭をジャックした声明文が見つかる。』

丸みのある文字、小南の筆跡だった。

「これは一体なんだ?」
「予言」
「予言?」
「もうすぐ、文化祭実行委員の人が来るよ。公ちゃんは話を聞きに行って。終わったらここに戻って来て。その間はわたしが店番をしといてあげるから」

 落ち着き払っている様子の小南に、なんだか違和感を覚える。

「お前、本当に小南か?」
「そうだよ。幼稚園の頃からの友達で、あなたの幼馴染の小南明日香《こなみあすか》。だけど、ちょっとおかしなことになっていて、困っているんだよね」
「おかしなこと?」

 そう言うと同時に、遠くから「文化祭実行委員」の腕章をつけた生徒が走ってくるのが目に入った。

 何故知っている? 説明を求めるように、視線を小南に移す。

「わたし、この文化祭を繰り返してるの。これが十三回目」

 さっぱり理解できず、眉根に皺が寄る。

「お願い。わたしを助けて」

(第2話へ続く)

【各話リンク】


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如月新一
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