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第六話「朝倉道場に通って合気道を習おう!」

      クイーン2

 初めて足を踏み入れるので、緊張しながら三年校舎へ向かう。

 三年生になると受験を控えているけど、文化祭は学校行事であるし、卒業式の前にある高校生活最後のイベントとなる。受験の邪魔にならないよう控えめな喫茶室のようなものをするクラスと、劇などをガッツリやるクラスに二分化すると聞く。

 階段は段差の全てに広告装飾がほどこされ、壁はチラシで埋め尽くされている。さすが三年生はノウハウがあるな、と熱量に気圧されながら階段を上っていたら、三階の踊り場に朝倉先輩の姿が見えた。

 筋骨隆々としており、坊主に近い短髪は爽やかというよりも少し寒そうだ。笑顔は眩しくて、心の温かい人だと僕は知っている。

「狭間、よく来てくれたな」

「先輩の呼び出しですし。で、その格好はなんなんですか?」

 朝倉先輩の、首から下を見ながら訊ねる。

 制服を着ているが、それはうちの高校の制服ではない。赤いコートに白くて太いベルトを締め、大きな煙突みたいな帽子を被っている。イギリスの近衛兵みたいな格好だ。

「文化祭だからって、ハシャギすぎですよ」
「趣味でやってるわけじゃないっつうの」
「それで、さっきのメッセージの件ですが」
「そうそう実は、ちょっと参ったことになってなあ」

 いつになく弱気な朝倉先輩について歩く。廊下を進むと、一際目立つクラスがあった。教室の壁には電飾が施され、時折光を放っている。『新・シンデレラ』という劇の演目名と公演時間やガラスの靴などを入れ込んだレリーフが壁面を覆っていた。

「入ってくれ」「失礼します」

 御伽の国の中は、森や城などの舞台は立派なものだけど、ここの住人たちはスマートフォンをいじっていたり、ビラを裁断したりとファンタジー感はなかった。

「天宮、連れてきたぞ」

 朝倉先輩が呼びかけると、舞台袖から女子生徒が一人現れた。

 さっき遠まきに眺めていたが、目の前で見て思わず息を呑んだ。

 腰のあたりまで伸びた長い黒髪に、白いカチューシャが映えている。大きな黒い瞳と、人形のような白い肌に見とれてしまいそうになる。

 なんだか恐ろしいくらい美人だ。

「朝倉君、本当に連れてきてくれたの?」

 天宮先輩は驚いた様子で、まじまじと僕のことを見た。

「俺が自信を持って紹介できるのは、こいつくらいだ」

 自分の状況を把握できず、おろおろとしていると、

「初めまして、三年の天宮静香です。ごめんなさいね」

 と声をかけてくれた。冬の朝の風みたいな綺麗な声をしていた。

「一年の狭間守男《はざまもりお》です」

 ぺこりと頭を下げてから、朝倉先輩を見上げ、「それで、先輩、僕は何故呼ばれたんでしょうか?」と訊ねる。

「どこまで話したんだっけか?」
「何も聞いてないですよ」

 朝倉先輩が「そうだったな」とポケットから折り畳まれた紙を取り出した。

「手紙が教室の壁に貼ってあったんだよ」

 向けられたそれには、利き手と逆の手で書いたみたいな、ぐにゃぐにゃとした文字が踊っていた。

『天宮静香 劇には出るな お前に資格はない 逆らえばただでは済まさない』

「脅迫状じゃないですか!」

 天宮先輩は暗い顔で目を伏せ、困惑した様子だった。

「良くも悪くも、天宮は目立つからなあ。悪戯だと思うんだが、心配だろ。そこで、お前に頼みがあるんだ。文化祭の間、天宮のボディガードをしてほしいんだよ」

「ボディガード、ですか?」

 銃弾を代わりに受ける屈強なスーツの男を思い浮かべ、かぶりを振る。

 僕は文化祭の間、委員会の見回りをしなければならないから、先輩の行動に合わせて動くことはできない。

 だけど、もし、僕がここで断ったせいで万が一のことが起こったら? と考えてしまう。

 天宮先輩は文化祭のことを思い出し、一生嫌な思いをするかもしれない。それに、僕は何かできることがあったのでは? と絶対に後悔する。

「みんな大袈裟じゃない? 大丈夫だと思うけど」

 天宮先輩がそう言って周りを見る。

 すると、女子生徒たちが「何言ってるの!」と声をあげた。「恐いことがあってからじゃ遅いよ!」「そうだよ、頼めるなら頼みなよ」と後押しする。

「本当にこいつで、大丈夫なのか?」

 長身の男子生徒がそう言うと、朝倉先輩が僕に目配せをしてきた。

「狭間を思いっきり殴ってみてくれ」

 なんてことを言うんだ、と驚きつつ、あまり気は乗らないけど、「どうぞ」と手招きする。

 長身男子は警戒しながらも、周囲の目線が集まっていることに気付いた様子で、引くに引けなくなっていた。ボクシングのようなポーズを取り、僕の肩を目掛けて右腕を伸ばしてきた。

 遅すぎる。全てがはっきりと見えた。

 彼の右手首を掴み、引っ張る。前のめりになり、もつれる彼の足に右足をひっかけた。相手の体を床に倒す。そしてそのまま、彼の右手を腰の後ろに捩じり上げた。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い」

 長身男子が悲鳴をあげ、周りにいる人たちが目を丸くしていた。こんなことは、道場でやる初歩の初歩だ。

「大切なのは流れです。相手の動きを利用すれば、大した力を使わずに――」
「解説はいいから、離してくれよ!」
「ごめんなさい!」

慌てて彼を解放すると、長身男子は捻られた腕をふりながら、きまりの悪そうな顔で「任せられなくもないな」と口にした。

 朝倉先輩が僕を見て、得意そうな顔をしている。

「文化祭の間、うちの道場での成果をいかんなく発揮して、しっかり宣伝してくれ」
「どのタイミングで宣伝するんですか」
「天宮が襲われたとするだろ? このシチュエーションは朝倉道場で教わった通りだ! ってそいつを取り押さえたら、俺もわたしも朝倉道場に通って合気道を習おう! って思うかもしれないじゃないか」
「だったら朝倉先輩がボディガードをすればいいんじゃないですか?」
「俺も俺で部活の演舞があったり、劇の準備をしたりで、ずっとそばにいられるわけじゃないんだ。それにお前、風紀委員だろ? だったら、ついでに頼めないかと思って。誰でもいいってわけじゃないぞ? お前だから頼んでるんだ」

 風紀委員の仕事、と言われると、確かにそうだ。

 どうしたものか、と頭を掻くと、「おねがい!」とポニーテールの女子生徒が拝むように手を叩いた。

「姫の護衛をして!」

 見回すと、クラスの人たちがみんな拝むようなポーズを取っていた。困り顔の天宮先輩と視線が合う。

 わかりました、と頷き、「ただ」と口を開く。

「僕からもお願いなんですけど、委員会で見回りをしなければいけないので、ずっとこの場にいることはできません。なので、天宮先輩には見回りに同行してもらいたいんです。もちろん、何かあったらお守りしますので」

 僕にはもともとの役割もある。だから、治安も守りつつ、天宮先輩も守る、というのが僕の文化祭の間のミッションだ。どちらかを選ぶことはできなかった。

「どうする、天宮?」
「私は全然かまわないです。むしろ、ありがたいくらい。私もじっと教室にいる訳にもいかないし、クラスの宣伝もしなきゃいけないしね」

 天宮先輩が、にこりと笑う。

 その笑みには、脅しには屈さないという強さも感じた。

 これは、試練だ。

 自分がどこまでできるのか、自分に力があるのかどうか。

 もう、何もしないのはごめんだ。

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