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第7話「最悪な予感が当たった」

      キング3

 幼馴染が、文化祭を繰り返している。

 俺は自分の文化祭の拠点である古本市に戻り、考えを巡らせる。

「おかえりなさい。『クリスマス・キャロル』が売れましたよ。おれは店番の才能があるかもしれませんね」

「全国大会を目指すといい」

 世間話をしつつ売り場の席に座り、正面に立つメイド姿の小南を見据える。

「どうしよう、公ちゃん」
「どうしようもないんじゃないか?」

 幼馴染が文化祭を繰り返していると言う。

 でも、それも俺には関係のない話だ。

 小南はさしてショックを受けた様子もなく、腕を組んで俺を見下ろしていた。憤慨するかと思っていたので、意外な反応だ。

「不思議なんだよね。すんなり協力してくれるときもあれば、今みたいに断ろうとするときもある。乗り気にならないのも想定内。二日間を何度も繰り返しているわたしが、手を打たないと思う?」

「俺の知らない間に、逞しくなってるみたいで」
「逞しいは誉め言葉として受け取っておくね」

 直後、ふわりと桃のような香りがした。視線を移す。小南の隣に女子生徒が立ち、じっと俺を見つめていた。

 うちの高校の制服を着た小柄な女子だ。百四十センチないかもしれない。顔も小さい。小学生と言っても通用する気がする。目はぱっちりと開いており、瞬き一つが大きな動作に見える。

「お兄さん、カッコイイねぇ」

 なんだこいつは、と眉をひそめる。

「うん、評判以上かな。なのに話したことがなかったとは、損だねこれは」
「全校生徒約千六百人だからな。会ったことがない奴がいても不思議じゃない」
「カッコイイってのは否定しないんだ?」
「外見の評価に興味はない」
「そのつれない感じも良いねぇ。女子はそういう男子が好きだと思うよ。ミステリアスでぶっきらぼうで、影がある感じのイケメン」
「俺は五月蠅い奴が嫌いだよ」
「ありゃりゃ、第一印象が悪くなっちゃったかな」

 女子生徒は楽しそうにさっきから早口で喋り、よく舌が回るなと感心する。やかましく、虫が耳元で飛んでいるような気分だ。小南を一瞥すると、我関せずという様子ですまし顔をしていた。

「あたしの名前は兎の耳の山って書いて兎耳山。よろしくね」
「よろしくしたくないから、そっとしておいてくれ」

 読みかけの『檸檬』を開き、どこまで読んだか、と視線を這わせる。

 が、ぱっと本を取り上げられた。兎耳山がニコニコ微笑みながら、「森谷公平《もりやこうへい》くんだよね? 鍵を閉め忘れた書記」と訊ねてくる。

 鍵? と眉間に皺が寄った。昨日の文化祭実行委員の部屋のことか。

「盗まれた責任、取ってくんない?」
「何を言いたいのか知らんが、俺は鍵を閉めたぞ」
「でもさあ、密室でカードがすり替えられたなんて、あるはずないじゃん。君が鍵を閉め忘れた、閉めたつもりで閉まってなかったって考えるのが妥当じゃない?」
「仮に閉め忘れだったとすれば、なんだっていうんだ」
「あたしはハートのキングを開催したいのよ。それで奔走しているわけ。なのにさ、過失した生徒がのんびりしてるなんて、ずるいと思わない?」

「思わない」

「実はさぁ、今日のミスターコンテストに出場するはずだった生徒が、一人参加できなくなっちゃったんだよね」

 最悪な予感がする。

「だから、森谷っちは代わりに出場してよ! お願い!」
「最悪な予感が当たった」
「大丈夫、簡単だから。ステージに上がって、司会の生徒と適当に喋って、特技とかを披露すればいいだけ」
「俺の特技は口笛くらいだぞ」
「吹けない人もいるんだし、誇りに思っていいと思うよ。うん、十分特技。それに優勝して、とは言わないからさ。参加者の数が減ると困るんだよねぇ」

 適当に相手をしていたが、そろそろハッキリ言わなければ、と口を開きかけたとき、それまで黙っていた小南が急に話に割り込んできた。

「公ちゃん、ミスターコンテストにはもう勝手にエントリーしておいたから」

 兎耳山が驚いた顔で小南に視線を移す。

「それはどうもありがとう。ところで誰?」
「わたしは、ただのメイドです」

 小南がくるりと一回転し、ふわりとスカートが舞う。

「さすがメイドちゃん、気が効くね」

 二人のやり取りを見ながら、「ちょっと待ってくれ」と割って入る。

「俺は絶対に出ないからな。エントリーされてようが、ここから動かなければ関係ない」
「森谷っち、そうも言ってられないんだよ。これはあたしたちだけの問題じゃないから、ワガママ言って困らせないで」

 大げさなため息をついてかぶりを振ると、兎耳山が顔を寄せてきた。

「親が芸能人だって話を学校中に広めてもいいし、あんたの子役時代の動画を拡散してもいいし、どこぞの事務所に森谷っちのプロフィールを片っ端から送ってもいいし、高校生活をもっともーっと賑やかにしてあげることもできるよ?」

 耳元で囁かれ、表情が強張る。怖気に包まれ、全身からぶわっと冷や汗が噴き出た。

「調べたんだよ。知ろうとする権利ってやつだね」
「プライバシーの侵害だ」

言い返しながら、これは軽口ではなく本気で言っているという凄みを感じた。

「ぶっちゃけ脅迫してるんだけどさ、でも、お手伝いをしてくれたら、ちゃんとお礼もするよ。困ったことがあった時に頼ってくれたら、ジャクソンが手を貸してあげる」
「ジャクソンって?」
「あたしのボス」

 何もかもが気に入らない。

 脅迫してくる兎耳山も気に入らないし、裏で糸を引いてる奴のことも気に入らないし、すまし顔の小南も気に入らない。

 が、苛々していないで対抗策を考えなければ。意識を集中し、案を絞り出す。

 はっとする。

「一つこっちからも条件を出させてくれ。時間までに『ハートのキング』を手に入れたら、出場しなくていいってのはどうだ」
「それって、そっちの方が面倒くさいんじゃないの?」
「人前に晒されるストレスよりはマシだ」

 兎耳山は、腕を組み、「でもまあ、確かに筋は通るね」と呟き、「わかった、取りあえずそれでいいよ」と頷いた。

「でもさ、間に合わなかったら出てもらうからね! ミスターコンは今日の十六時から、場所は野外ステージ。後で迎えに来るから」

 それじゃ、と兎耳山は踵を返し、去っていった。小さい背中が更に小さくなるのを見送りながら、ふーっと大きく息を吐き出す。

 ずらっと並ぶ古本を軽く撫ぜる。

 ここで過ごす穏やかな文化祭は、遠い存在になりそうだ。

 だが、幸運なことに、俺にはこの文化祭に詳しい同級生がいる。

 頼れる幼馴染を見上げると、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 自分を頼らせるために、仕組みやがったな。

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