第27話「なりすましの偽ジャック」
ジャック8
狭間くんと別れ、三人で放送室に向かい、ノックもせずに針ヶ谷さんが中に入る。
突然現れた私たちを見て、瀧さんがむっと顔をしかめる。
「やあ、瀧」
「げ」
「初めまして、瀧さん」
「え」
針ヶ谷さんが挨拶をしたのをスルーして、瀧さんが目を見開いて天宮先輩の前に立つ。
「これはこれは、天宮静香先輩はじめまして。放送部部長の瀧です」
「すいません、突然押しかけて」
「いえいえ、天宮さんなら大歓迎ですよ。いつでも来てください」
瀧さんはそう言うと、針ヶ谷さんに視線を向けた。
「一体全体どんな組み合わせなんだ?」
「囮と探偵とその助手だよ」
「囮?」
訝るように、瀧さんが私たちの間で視線を泳がせる。
「天宮さんが、ジャックから脅迫を受けた。ちょっと中で話せるかな?」
奥にある扉へ視線を向けて促す。
瀧さんが扉を開け、放送部室へと案内してくれた。昨日と同様に数名部員がおり、中は煩雑としているが、壁に大きなホワイトボードがかかっていた。力強く大きく書かれた「ジャック」という文字に、視線が釘付けになる。
左側に九時、十時、十一時と一時間刻みのタイムラインが書かれ、その横に「ゲリラ放送・福助人形」「メイド服発注・トロフィー」「偽ゴキブリ騒動・白雪姫人形」「ぬいぐるみ事件・『モルグ街の殺人(文庫)』」「ミスター候補スキャンダル告発・腕の四本ある人形」「お化けにモンローのカツラ」「CD入れ替え・庭小人人形」など、書き込みがされていた。
ジャックの犯行をまとめたのだろう。人の入り乱れる文化祭で、よくこれだけの情報を集めることができたものだと感心してしまう。
「あれから、こっちでも調べ始めたんだよ」
いつの間にか瀧さんが隣に立っていた。得意げに腕を組んでいた。
「二十はある。よく調べたものだね。教室にゴキブリの人形をばらまいたり、放送室からアニソンを流すのは可愛らしいけど、途中からエスカレートしている」
「おい、放送ジャックは可愛らしくないぞ」
「これはぼくの感覚だけど、ジャックの犯行には悪質なものと、そうでないものがある」
「俺にはどれも悪質に見えるけどな」
針ヶ谷さんはホワイトボードの傍に立っていた赤いペンを手に取った。天宮静香ドレス事件、ハートのキング盗難事件に丸を付けていく。
「これとこれは、ジャックの仕業じゃない。なりすましてる奴がいる。さしずめ、偽ジャックというところかな」
そう言って、針ヶ谷さんが不敵に笑った。
針ヶ谷さんから、その推理を初めて聞いた。驚きが身体を駆け巡り、ぶわっと鳥肌が立った。感動だ。私は今、感動している。
「なりすましってことは、別人がいるのか? その偽ジャックは何の為に現れたんだよ?」
「天宮さんはこの丸をつけたのを見て、何か気付かないかい?」
指名を受けた天宮さんは、腕を組み、しばらく考えた後、口を開いた。
「なるほど、全部ギャンブル絡みですね」
「その通り」
「おい、ギャンブルってどういうことだ?」
「ミスコン、ミスターコン、ハートのキングで代々この学校ではギャンブルが行なわれているらしい。誰が主催して、誰が参加しているのかはわからないけどね」
「偽ジャックがそのギャンブルに参加してるってのか」
「おそらく。その為に、天宮さんを陥れようとしているんだと思うよ」
「じゃあ、ミスターコンの告発も偽ジャックじゃないのか?」
「いや、ミスターコンには、悪戯した後に物が残されていた」
「天宮さんの時にはなかったのか?」
「あったけど、あれは脅迫状だ。悪戯とは趣向が違いすぎる」
「ハートのキングのすり替えがジャックの仕業じゃないってどうして思うんだ?」
「それは仮説段階だから、まだ言えない」
瀧さんがむっとした顔になる。が、針ヶ谷さんのペースに彼は合わせてくれた。
「わかった。でも、なんで俺のところに?」
その質問に、天宮さんが一歩前に出た。
「私からお願いさせて頂きます。私、偽ジャックに負けたくないんです。なので手を貸していただけませんか?」
「天宮さんの頼みじゃ断れませんね」
瀧さんが間髪入れずに快諾するのを見て、交渉役としての自分の力不足を痛感するとともに、苛立ちも覚える。
「ねえ瀧、昼の放送で特別インタビューとかでっちあげて、天宮さんに注目を集められないかな?」
針ヶ谷さんが打診すると、瀧さんがにやりと笑った。手札から取って置きのカードを出すような余裕を滲ませ、もったいぶった足取りで針ヶ谷さんの前に移動する。
「ちょうどいい話がある」
咳払いを一つし、真面目な口調で瀧は私たちを見回した。
「まだここだけの秘密だからな。実は、落合久二《おちあいきゅうじ》と野茂桃子《のもももこ》が来るんだ」
「え!?」
私を含め、数名の口から「落合が!?」「モモモちゃんが!?」と飛び出し、驚きを露わにしていた。
たった一人、針ヶ谷さんだけがきょとんと固まっている。
「誰? 有名人?」
先程以上の「え」が大きく響きわたった。
「針ヶ谷、お前それ本気で言ってるわけ?」
「本気で言ってるから、本気で驚いてくれてどうもありがとう」
「野球選手の落合久二と、人気モデルの野茂桃子、二人ともここの卒業生だ」
瀧さんが説明をしたが、針ヶ谷さんは冷めた反応をしている。
「針ヶ谷さんは有名人に興味がないからね。ビートルズだって知らないし。CDを貸しても聴こうとしない」
「佐野くんがうるさいから、ちょっとだけ聴いたよ。一番有名なロックバンドだろ?」
「お前はすごいんだかすごくないんだか、わからんな」
「記憶できることには容量があるからね。いらないことは覚えないんだよ。それに、音楽は好きじゃないんだ。もし、ビートルズ殺人事件が起きたら、興味を持つけどね」
「針ヶ谷さん、それ本気で言ってる?」
「ぼくはいつだって本気だよ」
針ヶ谷さんが胸を張り、私は肩をすくめ、瀧が腹を抱えた。
「なあ、そんなことより、その二人がどうしたって?」
「そうそう、そうだった。芸能人二人がここに来るんだ」
「瀧、それはさっき聞いたよ」
「ここだよ、この放送室に来るんだ。二人とも卒業生なんだから、母校に来るのはおかしいことじゃないだろ。それに、今年で創立百十周年だし、学校側からも招待したらしい。大方、校長と写真でも取って、ホームページとか会報誌とかに載せて宣伝したいんだろ」
「で、なんで放送部室に来るの?」
「モモモちゃん元放送部なんだよ。俺の先輩でもあるわけ。後輩指導してくれるわけじゃないだろうけど、懐かしいからここを覗きたいんじゃないかな」
そう口にしてから、瀧は天宮先輩を見据えた。
「で、天宮さんにはインタビュアーをしてもらう。これどうよ?」