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第4話「俺はやってないからな!」

      キング2

 小南に店番を任せて、俺を迎えに来た文化祭実行委員と本校舎四階の隅にある、文化祭実行委員の【ハートのキング】準備室へ向かう。

 ハートのキングは、校内でカップルを作ろうというイベントだ。そのイベントに使う【ハートのキング】というトランプのカードが縁起物らしく、それに愛を誓えば永遠に一緒にいられる、と代々言い伝えられているらしい。

 準備室に入ると六名の生徒と担当教員の日下部先生がいた。童顔で二十代の先生なので、私服の女生徒が困っているように見えた。

 全員が腕を組んだり俯いたりと神妙な面持ちをしている。その輪の中心にいる黒縁眼鏡をかけた男子が、俺に気づいたようで顔を上げた。

 委員長の氷見《ひやみ》が、肩をすくめて「森谷」と俺を呼ぶ。

「実はハートのキングが盗まれたんだ」

「無くしたんじゃなくて、盗まれたのか?」

「そこのケースを見てくれよ」

 氷見が指差す先、机の上に木製の小さな宝箱がある。カードを一枚入れるだけで大仰なと思うが、逆にこういうものに入れないと価値があるように見えないのかもしれない。

 俺は昨日、そこで黄ばんだトランプのカードを見た。「古臭い」を「歴史と伝統」と言い換えるのは狡い、とさえ感じる古臭さがあったのだが、今は真新しいスペードのジャックが入っていた。

「今朝来てみたら、すり替えられてたんだよ」
「そんな。教室の鍵はかかってたんだろ?」と訊ねながら、昨日教室の鍵を施錠し、教員室に返却しに行ったのは、自分だと思い至る。

 まさか、と焦りがこみ上げてきた。

「俺はやってないからな!」

 そう主張すると、氷見は「わかっているさ」と小さく笑った。

「そんな面倒臭くなりそうなことを、森谷がするはずがない」
「今朝、気付かれない内にすり替えられたんじゃないのか?」
「わたしが朝来た時に見つけました。それはないと思います」

 副委員長の奈良《なら》が小さく手を挙げた。

 彼女はおとなしそうな外見で、クラスの生徒から委員を押し付けられたクチだ。委員会に入っても役職を押し付けられているのだが、こまごまとした仕事を引き受けてくれて助かっている。

 疑うことはできるが、俺には彼女が盗むとも思えない。

「じゃあ昨日俺が教員室に鍵を返した後、誰かが鍵を借りたんじゃないのか?」
「さっき、日下部先生に確認しました。森谷先輩が返しに来た後は、誰にも貸し出していないそうです。ですよね?」

 呼ばれた日下部先生が顔を上げ、困った顔をする。

「そうだね。森谷君が返しに来てくれてから、誰にも貸してないね」

 昨日返しに行ったとき、日下部先生と奈良が教員室にいた。若い先生だから生徒と年が近く、進路や悩み相談をする生徒も多い。この二人が言うのであれば、みんな俺がやってないと信じてもらえるだろう。

「というわけだよ、森谷。窓も扉も鍵がかかっていたのに、鍵のかかった教室で、ハートのキングが盗まれ、スペードのジャックにすり替えられた」

 全員が沈黙する中、日下部先生がぽつりと「今年は中止かなあ」とこぼした。

 伝統あるイベントのようだし、そういう風になるのかもしれないなぁとぼんやり思う。

 いや、と氷見が強い口調で言った。

「ハートのキングは二日目です。それまでに、なんとかして探しましょう」

 きっぱりとした氷見の姿勢に鼓舞され、文化祭実行委員の面々の顔つきが変わる。みんなのやる気を引き出すとはさすが委員長だ。氷見が手分けをして探そうと号令を出し、全員が教室を出て行った。

 俺はそれを見送りながら、他のことを考える。

 密室で、カードがすり替えられた、ねぇ。

 なんのために?

「さっき、大音量でアニメソングが流れたのは気付いたか?」
「気づかない奴なんていないだろう」
「同じ犯人の仕業かもしれない。文化祭をジャックしたって声明文があったらしい」

 

 文化祭ジャックとハートのキングの盗難の話を氷見から聞かされ、俺は古本市へと戻った。

 俺がやるべきことはなんなのか?

 決まっている。古本市の店番だ。

 そもそも、ハートのキングなんてイベントで誰が誰とくっつこうが、俺には関係ない。

 だが、それはそれとして、小南が妙なことを言っていたなと思い出す。

 古本市へ戻ると、我関せずといった様子で文庫本を読んでいる鈴木と、ちょこんと座って店番をしている小南の姿があった。

「おかえり」
「委員会で話を聞いてきた。小南の言う通りのことが起こっていた。なんで知っていた?」
「何が起こるのか知ってたの。この文化祭を繰り返しているから」

 眉をひそめ、言葉の意味を視線で訊ねる。

「あぁそうだった、前の公ちゃんにこう説明しろって言われてたんだ」
「前の公ちゃん?」
「今日が来れば明日が来るでしょ? で、明日が来れば明後日が来る」
「すごい発見だな。ちなみに、地球は自分も回転しながら太陽の周りを回っている」
「今日が来れば明日が来て、明日が来れば明後日がくる。だけど、文化祭二日目が終わって眠ると、わたしだけ一日目の朝に目がさめるんだよね」

 一拍起き、小南がゆっくりと言葉を紡ぐ。

「わたしは、文化祭の二日間を繰り返しているの」

 からかうのはよしてくれ、こっちは忙しいんだ、と眉根に皺が寄る。

「からかうのはよしてくれ、こっちは忙しいんだ、でしょ?」

 ドキリとする。口にはしていないが、胸の内で俺はそう思っていた。

「文化祭がジャックされたって声明が出ているし、ハートのキングも盗まれた。さっきのアニメソングが突然鳴り響いてたのはジャックの仕業なんでしょう?」
「――そうみたいだ」

 小南がジャックなのか? と考えが過ったが、放送があったとき小南は俺のそばにいた。

 だけど、文化祭を繰り返しているなんて、なにかもっと決定的な証拠を見せてもらわなければ、そんな突拍子もない話は信用できない。

「って、言っても前の公ちゃんも信じてくれなかった。証拠、でしょ?」

 首肯する。

 小南の言うことを鼻で笑い、追い払うこともできる。実際、俺はこの妄言を信じていない。追い返さないのは、小南が俺にこんなバカ話をする理由がわからないからだ。

「ついて来て」と小南が歩き出す。その小さな背中を見ながら、「鈴木、ちょっと店番頼んだ」と告げる。

「うーす」という返事を聞きながら、古本市を後にした。

 小南について歩いていたら、妙な胸騒ぎがした。自分がどこか恐ろしい場所に、帰れない場所に向かっているのではないかと不安になっている。

 小南に連れられて、本校舎の隣にある二年校舎へやって来た。そのまま三階、二年十組の教室に向かう。壁にはスナック菓子やマーブルチョコレートのイラストで、『駄菓子屋』と描かれていた。

「三周目、わたしがせがんでここに入って、二人でラムネを買ったの」

 小南がそう言って二年十組の教室の中に入ったので、俺も続く。

 教室の窓側には木箱が並び、その中にはたくさん駄菓子が陳列されていた。どこから持ってきたのか、錆びついた古い看板が教室の壁にかかっていて、昭和レトロな趣がある。

 ふ菓子やどこか体に悪そうなカラフルなゼリーなど、子どもの頃によく食べた駄菓子が木箱の中に並んで売られていた。室内にはテーブルクロスの敷かれた机がいくつか並び、簡単な飲食スペースもできている。

「明日香《あすか》! 来てくれたんだ、ありがとう!」

 法被を着た女子が笑顔で両手をぶんぶん振り、小南に声をかける。

 小南が小さく手を振り返しながら、「公ちゃん、ラムネを選んで」と促してきた。

 並んでいる鉄のバケツの中には氷水がはられ、瓶のラムネや缶ジュースが浸かっている。俺はおそるおそるその中に手を入れた。ひんやりした水の中から、ラムネの瓶を一本掴む。

「一本、百円になりまーす」

 尻ポケットから財布を取り出し、百円玉を会計係の女子に渡す。彼女は俺からラムネを受け取って屈み、机の中からタオルを取り出して水滴を拭ってから返してくれた。

「わたしも一本下さい」

 隣に立つ小南も、ラムネを一本取り出して会計の女子に百円玉を一枚渡した。

 俺たちの手にはそれぞれラムネが用意された。

「十時半を過ぎだから、そろそろかな」

 小南が壁に掛かっている時計を見てそう言った。

「まず、あそこのブレザーの袖をまくってる男子生徒がコーラをひっくり返しちゃう」

 視線を送ると、テーブル席に座り、三人で談笑をしている男子生徒がいた。襟章からして三年生か、とじーっと観察していると、眼鏡をかけた生徒が何か冗談を言ったのか、二人が笑い声をあげ、大袈裟に手を叩いた。

 その拍子に、袖をまくった男子生徒の腕がテーブルに激突した。

「あっ」

 鈍い衝突音と共に、机の上にあったコーラが床に落下する。床に倒れると、缶の口から中身が溢れ出た。

「次に、クラスの子が床拭くためにタオルを投げてくれるんだけど、それが机の上にあったジュースを倒す」

 直後、誰かが「雑巾雑巾」と声をあげ、店の奥にいた女子が雑巾をパスした。

 スローモーションで再生をしているみたいだった。

 雑巾はふわりと孤を描くように飛び、法被を着た男子がキャッチをしようと手を伸ばす。が、手の間をするりと抜けると、そのまま机の上のものを薙ぎはらうように、机の上に置かれた紫色の缶を床に落下させた。

 男子生徒の短い悲鳴があがり、法被を着た男子が謝りながら雑巾で床に広がるジュースを拭いていく。

 椅子を引いて被害を止める者、驚いてのけぞる者、床を拭く者とそれぞれが慌ただしく動いている。

「ということが、起こるのでした」

 小南がそう言って、俺の目を見つめる。

 これで信じてくれる? そう訴えられていた。

 今のは、どう見てもアクシデントだ。前もって知るなんてことはできない。

 パシュンッと音がして、今度は何かと思ったら、小南が買ったばかりのラムネの栓を抜いていた。ビー玉が、瓶の中でコロコロと動いている。

「公ちゃんの買ったラムネは大変なことになる。わたしのことをこれでもまだ信じられないなら、試してみたらいいよ」

 天から伸びてきた糸で動く操り人形のように、俺の腕は動いた。ラムネのパッケージを破り、栓になっているビー玉を押し込む。

 爽快な噴出音が鳴る。ラムネは鬱屈した気持ちを発散するように噴き上がり、中身が俺の顔をずぶ濡れにした。甘い匂いに包まれ、びしょびしょになり、げんなりする。

 あはは、と小南が笑う声がする。

 とほほ、と俺は肩をすくめる。

「――わかった。詳しく話を聞こう」

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