第30話「ハートのキング ~その始まりとこれからの物語~」
キング10
演劇部が上演をする教室へ向かう。もう昼になり来校者が増え、歩きづらくなって来た。それに、小南を探しているのに全然見つからない。
人ごみにもまれながら、三年校舎へ進み、三階にある演劇部が使用している教室へと向かった。教室の前で、数名の生徒が話し込んでいた。その中に鳥の巣頭の田淵を見つけ、歩み寄る。向こうも俺に気が付いたらしく、そばにいる二人との会話を切り上げて近づいてきた。
「森谷くん、どしたの? まさか、入部する気になったの?」
「そんなわけないだろ。話を聞きに来たんだ。ハートのキングについて教えてくれ」
「文化祭実行委員会なんだから森谷くんの方が詳しいんじゃないの」
「イベントじゃなくて、ハートのキングそのものについて知りたいんだ。あれは何処から来たんだ? どうしてみんな、たかがカード一枚に願掛けをして盛り上がる?」
ナンセンスだと理解に苦しんでいる俺を見て、田淵は腕を組んで押し黙った。不満げな表情でじっと俺見据えている。
「それを訊きに来たわけ?」
「そうだ。ハートのキングの呪いについて知りたいんだ」
「マジナイとノロイは同じ漢字だからねぇ。まぁいいわ」
「教えてくれるのか」
「でも、少し長くなるわよ?」「どのくらいだ」
「三十分くらい」「長いな」
腕時計を眺めながら思案する。俺には、話を聞くあてがない。時間は食うかもしれないが、田淵に訊ねるしかないだろう。
「ついてきて」
田淵が身を翻し、教室の中に入った。
いつもは生徒たちが授業を受けている教室が、今日は劇場になっていた。奥には城壁風の壁が並び、瀟洒な作りのテーブルとイスが置かれている。上手と下手は木で隠れている。よくできたセットだった。森の奥で開かれているティーパーティーを覗き見るように、教室の手前には椅子が五列並んでいた。全て観客で埋まっていて、立ち見の客までいる。
俺を中に招き入れたくせに、田淵はさっさと舞台袖から奥へと消えてしまった。舞台の中へ着いて行ってもいいのだろうか。そう思案していると、田淵が戻ってきた。手に何かを持っている。
「はいこれ」
差し出されたチラシを受け取る。見覚えがあった。
『ハートのキング ~その始まりとこれからの物語~』
「そういう劇をやっていたのか」
「そういう劇をやっていたのよ」
劇の内容をざっくり説明すると、むかーしむかし、ある女性が失恋して傷心旅行にパリに行った。そこで夜中にパリを散策していたら、露天の占い師にこえをかけられ、その不思議な占い師の女は、ずばずばとその女性のことを言い当てた。
「運命の人と出会う、良いカードを差し上げます。このカードは良縁を結ぶ特別なカードなのです。このカードに手を乗せて誓えば、二人の愛は永遠になるでしょう。ただし二点注意があります。一つは、ずっと持っていてはいけないカードなので、使ったら次の人に渡してください。もう一つは、一人でカードに願いをかけた場合、願いが叶うまで試練が待ち受けます」
日本に戻ってきた女性は好きな人を誘導して、カードに手を乗せて誓ったところ、相手から「やっぱり君が好きだ」とプロポーズをされたのだという。
その女性は言いつけ通りカードを次の人に渡すために、母校の生徒に渡した。そうして、この学校で代々扱われる代物になった、ということらしい。
眉唾だし、結婚とカードの願掛けに関する因果関係がはっきりしない。
だが、最近になって野球選手とモデルが結婚することになったことで、話題になっていることも知っている。みんなそのご利益だけおもしろがってるだけだろう。起源を劇にする演劇部も存外真面目だなと思う。
劇が終わり、演劇部員たちが、誇らしげな表情で胸を張る。一列になって順番にお辞儀をした。波のように動くと、再び客席からは拍手が巻き起こる。
教室の電気がつき、客たちが席を立ち始める。俺も座ったまま両腕を前に突き出して伸びをする。すると、後ろから声が聞こえた。
「不思議なお話だったね」と
そこには、昨日と同様のメイド服を着た小南がいた。
「どこにいたんだよ?」
「学校にいたし、何度も公ちゃんともすれ違ったよ」
「声をかけてくれればよかったじゃないか」
「かけたけど、行っちゃうんだもん」
「俺がここに来るのを知ってたのか?」
「どっちだと思う?」
「質問を質問で返されるのは嫌いだ」
「知ってるから言ってるの」
田淵に挨拶をするか迷ったが、小南と二人で教室を出た。
「公ちゃんはなんで劇を見に来たの?」
「ハートのキングのことを調べているだけだ」
「公ちゃんには関係ないんじゃないの?」
「俺には関係がなくても、小南には関係があるだろ」
「悔い改めたってことかな?」
ちらりと小南を見る。いつもと変わらぬ、さっぱりした顔をしているが、言葉からは静かな怒りを感じる。不機嫌な小南はしつこいんだった。
「悔い改めたりなんかしない」
「そう」
「と、今までの俺だったら言うだろう」
立ち止まり、小南に向き直る。まじまじと俺を見つめる小南の視線とぶつかる。眼鏡越しに、小南の静かな瞳が見える。怒っているようにも見えるし、諦観に満ちているようにも見える。鏡を覗き込んでいるようだった。
「俺は少しだけ巻き戻したいんだ。昨日の俺は自分勝手だった」
小南の目が見開かれる。謝罪に驚いたのだとしたら失礼だが、仕方がないことだと思う。
自分が言うべき言葉を続けようと口を開きかけた、その時だった。
「お昼の特別校内放送を始めます」
チャイムが鳴った。小南が顔を上げて、視線を泳がせる。俺も顔を上げ、なんとなくスピーカーを探す。
『本日は、苺原文化祭二日目にご来校頂きありがとうございます。放送部三年の瀧裕次郎《たきゆうじろう》です。創立百十周年を記念し、本日はとてもスペシャルなゲストに来ていただいております。それでは、自己紹介をお願い致します』
流暢に喋る男子生徒の声が流れ、その後に
『えーと、あの、はじめまして。横浜ベイホエールズの落合久二です』
『一高祭りにご来校の皆様、こんにちは。モモモこと、野茂桃子でーす』
という男女の声が流れた。
そう言えば、氷見が芸能人が来ると話していたなと思い出す。
「小南は、こいつらのこと知ってるか?」
小南に訊ねてみたが、返事がこない。
不思議に思って視線を送る。が、首に合わせて身体ごとぐるりとその場で回転してしまった。そばにいた、他校の女子高生たちがはしゃぎながらスピーカーを見ている。ビラ配りをしている生徒も手を止めて、ぼーっと天井を眺めている。
傍にいた小南は、忽然と姿を消していた。
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