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第8話「魔術信仰とアニメソングは合わないよ」

        ジャック3

 文化祭では、校門から入って真っ直ぐ三年校舎へと延びる銀杏並木にそって屋台が並び、屋台ストリートと呼ばれている。たこ焼き、ホットドッグ、焼きそばなどの食べ物から、生徒が作った雑貨や小物などの店も並んでいる。

 私たちはそこから離れた所、三年の校舎裏に向かっている。喧騒から離れたひっそりとした場所に、小さなテントが張られていた。

「オカルト研がこんな場所にあるなんて、よく知っていたね。君に遅れを取るとは」
「私は新聞部だから、顔が広いんだよ」

 放送部室にあったタロットカードを見て、そのカードについて針ヶ谷さんは専門家の話が聞きたいと言った。なので、私はオカルト研へ案内することにしたのだ。

「でもさ、タロットカードについてくらい、スマホで検索しようって思わないの?」
「何度も言ってるじゃないか。ぼくのポリシーに反するんだよ。わからなかったら検索、なんてつまらないだろう? ゲームをするときに攻略サイトを使うようなもんじゃないか。これはゲームなんだから、楽しまないと」

 針ヶ谷さんに、テントの中を覗いてよ、と促された。人見知りだなあと思いつつ、「失礼しますよ」と言って中に顔を入れた。

 何かの香草の匂いが漂っていた。黒いローブを羽織り、フードで顔を隠している女子生徒が一人座っている。

「やあ、オカルト研究部なんて部活動があるなんて知らなかったよ。ねえ、ちょっと気になったんだけど、オカルトの定義ってなんなんだい?」

 針ヶ谷さんが、新しい玩具の説明を求めるように訊ねる。

「オカルトに定義を求めてはいけないわ。不可視の領域、触れられない現象、未知の世界、それら全てをオカルトと捉えることもできるし、ただの偶然とすることもできるから。わたしはわたしの好みで、オカルトにするだけ」

「えっと、つまり、どういうことですか?」

 私の問いに、彼女は「例えば」と口を開いた。

「空に、一筋の光が走って行くのを見て、あなたたちならどう思う?」
「流れ星だね」
「それも一つの見方。だけど、ワタシはUFOだと思うの」
「主観ってことかい」

「一つの現象に対する見方は色々あるということ。それに対して、平行線の議論をするのは不毛だと思わない?」
「質問に答えてくれてありがとう。だけど、オカルトに喧嘩を売りに来たわけじゃないんだ」

 針ヶ谷さんがそう言って、両手をひらひらとさせる。

「針ヶ谷真実が来たから難癖をつけられるのかと思ったわ。あなた、理論派らしいから」
「ロマンチストじゃないだけだよ」

 ローブの女子が、ふふっと笑うと、「それで、なんのご用?」と訊ねてきた。

「このカードについて教えて頂けませんか? 実はある事件が起きていて、それが現場に残されていたんですよ」

 タロットカードを差し出すと、すっと白い手が伸びてカードを手に取った。しげしげと見つめるような間を置いてから口を開いた。

「これは、トート・タロットね」
「普通のタロットカードとは違うのかい?」

「タロットカードにも色々種類があるの。メジャーなものはアーサー・エドワード・ウェイトが作ったウェイト版のタロット。だけど、これは魔術師アレイスター・クローリーが作ったトート・タロットだわ」
「魔術師ねえ。何が違うんだい?」

「大アルカナが違うわ。タロットカードには、小アルカナと大アルカナ、というものがあるの。小アルカナの方は、トランプに似ていて一から十までの数字のカードと、四枚の人物カード。大アルカナの方が、愚者とか死神とか皇帝などの寓意画が描かれたカード」

 タロットカードのことは詳しく知らないが、トランプのようなカードとは別に、逆さ吊りにされた男の絵だとかそういうのが描かれたものがあることは、私もなんとなく知っている。

「『力』の大アルカナは『欲望』、『節制』は『技』、『審判』は『永劫』、『世界』は『宇宙』に置き換わっているの。そして、このカード」

 オカルト研の女子が、カードを私たちに見せる。そこには、剣城を持った女神と天秤が描かれており、タロットカード特有の神秘的な雰囲気を醸し出している。

「『正義』じゃなくて『調整』」

 正義が調整とは、面白い解釈だ。調整できるような力を持っているから正義ってことだろうか。ちらりと様子を窺うと、針ヶ谷さんはじっと口元に手をやり、黙り込んでいた。

「なんであえて、トート・タロットなのか、『調整』に意味があるのか、これから起こる事件でも、タロットカードが置かれていくのか? わからないなあ」

 まだこれだけでは、推理する段階に移るほどの情報にはならないのだろう。

「そのアレイスター・クローリーってのは魔術師なんだろ? そのシンパがなにかしようとしてるのかな?」

 同意してくれるのかな? と思ったら、「ぷっ」と小さな口から息を吹き出し、豪快な笑い声を小さなテントの中に響かせた。

「佐野くん、いくらなんでも、それはないよ」
「リアクションを見て、すぐに反省したってば」
「ジャックの始まりは何だった?」
「えっと、あのゲリラ放送……あぁ」
「魔術信仰とアニメソングは合わないよ。全然趣向が違う」

 例えば、それがレクイエムであればおどろおどろしい感じが出るが、さっきのアレにはそういった趣がなかった。

 ふむ、と針ヶ谷さんは右手の人差し指で自分の頭をこつこつと突きながら、狭いテントの中をうろうろと歩き回った。

 針ヶ谷さんが動くたびに、本であるとか髑髏の標本であるとか水晶玉であるとか、そういったものが崩れ、転がる。私は「すいません」とテントの主に謝りながら直していく。

 それだけ考え込んだ針ヶ谷さんが導き出した結論は、

「情報不足だね」

 だった。

「規則性を見出せるほど、まだ事件は起きてない。いや、起きてるのかもしれない、か」

 ぼくが文化祭をジャックしたらどうする? とぶつぶつ言いながら、針ヶ谷さんはテントを後にし、残された私も「お騒がせしました」とぺこりと頭をさげる。テントの主は、ふふふと笑いながら、ずっと右手の親指と人差し指で顎を撫ぜていた。私もつられて、同じポーズで顎を撫ぜる。

 テントから出ると、ふわっと秋の涼しい風が吹き抜け、身体を通り過ぎて行った。秋を感じながら楽しい文化祭を送ることができる人もいれば、我々のようにそうではない人もいる。

 彼らと私たち、表と裏は、常にある。そんなことを考えながら、私は針ヶ谷さんと移動を開始した。

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