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第2話「文化祭がジャックされちゃってんだよね」

      ジャック1 

 私は早る思いに身を任せ、新校舎の階段を駆け上がる。

 普段は移動教室でしか生徒は利用しないけど、新校舎の教室にはプロジェクターがあるため、映像作品を流すクラスや有志企画で賑わっていた。

 興味を惹かれるものもあるが、まっすぐ四階の図書室へ入る。文化祭中に本を借りに来ようとする人は見当たらなかった。これもまた、文化祭の光景だ。

 入ってすぐ右にあるカウンターに、彼女はいた。

 いつも図書室のカウンターに座っているショートカットの女の子、針ヶ谷《はりがや》さんだ。彼女の前には、色黒で体が大きく、熊を彷彿とさせる体育教師の水柴《みずしば》先生が立っており、何やら話し込んでいた。

「いいか、針ヶ谷、俺を助けてくれたのは感謝するが、だからって何もかもが許されるというわけではないからな」

「事件を解決して、先生の無罪を証明してあげたんだから、いいじゃないか」

「俺は教師としてお前のことを思ってだな……まぁいい」

 水柴先生が私に気づくと、「佐野、お前に任せた」そう言って、図書室を後にした。

 私は先生の背中を見送ってから、

「針ヶ谷さん。今日は文化祭だって知ってた?」

 と声をかける。針ヶ谷さんは私の言葉を無視して、文庫本を開いた。

 切りそろえられた前髪の下にある、大きな瞳が私を見据える。

 やあ、と手を挙げてみたが、針ヶ谷さんは再び視線を文庫本へと落とした。

「さびしいなあ、退屈しているんじゃないかと思って来たのに」
「退屈? 退屈はしているよ。欠伸をしすぎて、あごが痛いね」

 そう言って、針ヶ谷さんは大きく欠伸をし、わざとらしくあごをなぜた。

「針ヶ谷さんは文化祭に関心がないの?」
「ないね」

 即答だった。「微塵もないよ」と続ける。

「授業が休みになるから嬉しく思ったけど、何もすることがないというのも暇なものだね」

 私と針ヶ谷さんは二年生だ。彼女と出会って、もうすぐ一年が経つ。

 彼女の性格は、だいぶわかってきたつもりだ。たくさんの人と何かを一緒にするのが苦手で浮世離れしているが、特別な能力を持っている。

 針ヶ谷さんが目と目の間をぎゅーっとつまみながら「しかし、一つだけ気になることがある」と呟いた。おっ、一体なんだろうか? と自分の頬が緩む。私の表情の変化に気づいた針ヶ谷さんが、恨めしそうな表情で口を開いた。

「さて、佐野くん。折角来たのに、お土産を買ってきてくれなかったのは何故だい?」

 その質問にドキリとしながら、平静を装う。

「君は粉ものを買った、お好み焼き、いや、タコ焼きかな? 買ったのに一人でぱくぱくと食べてたわけだ。ぼくに何もなしとは、悲しいねえ」
「どうしてそう思うの?」

 針ケ谷さんが、じっと私を見据えて、溜息を吐いた。

「君が入ってきたときに、ズボンのポケットに入っている小銭の音がした。君はお金を直にポケットに入れて持ち歩く主義じゃない。なのに、何故ポケットにあるのか。それはさっきお金を使ったからで、財布にしまわなかったのは両手がふさがっていたからだ。お札で払ってとっさにポケットに小銭を入れたってことだよ。そして、君のブレザーの袖にソースがかかっているし、かすかに匂もがする。袖はシミになる前に拭いた方がいいよ」

 袖を確認すると本当だった。慌ててポケットからティッシュペーパーを取り出して拭う。

「なんで、タコ焼きだと思ったの?」
「お好み焼きを食べながら移動するのは大変そうだ。だから、タコ焼き」

 そう言って、不貞腐れるような表情に変わり、「ぼくはご機嫌が斜めになったよ。それじゃあね」と言って本に視線を戻した。

「針ケ谷さんの推理には間違いがあるよ」
「どこに?」

 むっとし、睨むように私を見る。

「もし、間違いだったら、話を聞いてくれるかな?」

 思案するように間を置き、針ヶ谷さんが「いいだろう」と頷いた。

「私は、今からする話を聞いてもらう為に、タコ焼きを買ったんだ」
「なのに、自分一人で食べたのかい? 度し難いね」
「けど、転んじゃって。ソースはその時に、袖に付着したんだね。どう、ハズレだったでしょ?」

 針ケ谷さんが本に栞を挟んで閉じた。かぶりを振り、ため息を吐き出しながら、哀れみの籠った目線で私を見つめる。

「胸を張って、ドジ自慢をする佐野くんのことは理解できないけど、約束は約束だ。話は聞いてあげることにするよ。カウンターの中に入るかい? 司書の内山《うちやま》さんは本を戻しに行っているからね」

 冷や冷やしたが、なんとか相手をしてもらえそうで、安心した。

 カウンターの中には大きな本棚が壁のように並んでいる。二人でその奥へと移動した。そこには小さな、申し訳程度の机と椅子がちょこんと置いてある。

 針ヶ谷さんが奥に、私は手前に腰かける。

「で、何があったんだい?」
「ちょっと待ってね。もうすぐ来ると思うんだ」

 腕時計を見る。十時十五分。文化祭中も図書室に引きこもっているだろうし、機嫌が悪いだろうからと判断した私は、彼女に少し遅れて来るように伝えてある。

 チーン、と呼び出しベルが鳴る。視線を向けると、カウンターの向こうに、女子生徒が立っていた。

 小柄のボブカットの女子で、目が大きく、きょろきょろと周囲を見ている。

 私はここに来る前、教室を出たところで、「佐野ってあなた? 針ヶ谷真実《はりがやまなみ》に依頼があるんだけど」と訊ねられたのだ。

 詳しくは話を聞いていないけど、彼女は依頼人のようだった。

「どもども。あなたが針ヶ谷さん? 依頼に来たんだけど」

 依頼人が針ヶ谷さんに歩み寄る。

 針ヶ谷さんは私を一瞥してから、「中へどうぞ」とカウンターを開けて誘導した。

 カウンターの奥で、私たちは彼女と向かい合う。

「あたしは三年の兎耳山千里《とみやませんり》。堅苦しいのは抜きにしたいから、お互いため口でいいかな? いいよね。針ヶ谷ちゃんって、二年生だよね」
「そうだよ。それが何か?」
「一年だったら、ハートのキングの説明がいるなと思って」

 その言葉を受け、針ヶ谷さんが不愉快そうに眉をひそめた。

「公衆の面前で愛の告白をする、時代錯誤なイベントだろう?」
「そそ。資格を持つのは、ミスターコンとミスコンの参加者だけ。好きな相手に告白をして、カップルが成立したら由緒あるおまじない道具『ハートのキング』に愛を誓うっていうイベントなんだけど。実はそのイベントで使われる、『ハートのキング』が盗まれちゃったんだよね」
「盗まれたんですか!?」

 思わず大きな声を出してしまった。

「昨日の夕方に、文化祭実行委員が帰る前までは、ハートのキングだったのに、今日来てみたらスペードのジャックにすり替わってたみたいでさ」
「鍵はどうなってたんですか?」
「書記の森谷って人が教員室の日下部《くさかべ》先生に返しに行って、それから借りに来た人はいないみたい。教室のドアも窓も閉まってたんだって。不思議だよね」
「密室、か」

 そう呟く針ヶ谷さんの頬が緩むのを、私は見逃さなかった。

「鍵を使えるのは文化祭実行委員だけなのかい?」
「そうだね、先生から借りないといけないから、文化祭実行委員じゃないと無理なはず」

「この計画を随分前からしていたんだとすれば、鍵を借りてから鍵屋に行って複製を作ることはできただろう。文化祭実行委員なら、複製は誰でもできそうだ。部活動をやっている生徒たちは、代々複製した部室の鍵を持ってるっていう話も聞いたことがある」

「確かに」と私は相槌を打つ。

でもと針ヶ谷さんは語気を強め、説明を重ねた。

「それで盗難事件を起こしたなんてバレたら、退学モノだろうね。うちの学校は進学校だから、厳しいよ」

 依頼人の顔色を伺うと、兎耳山さんはにんまりと笑みを浮かべていた。

「それで、密室からどうやってカードを盗んだのか調べて欲しいって依頼なのかい?」
「話はそれだけじゃなくってさ、実は、文化祭がジャックされちゃってんだよね」
「ジャック? ハートのキング、みたいなイベントかい? それは」
「ハイジャックとか、バスジャックの、ジャック」

 針ヶ谷さんがきょとんとする。

「さっき、やたらテンションの高いアニメの曲が流れたでしょ?」
「あれか。放送部員の気が狂ったのかと思ったよ」
「放送室に、こんな手紙が残されてたんだって」

 兎耳山さんが、スマートフォンを机の上に置く。そこには、撮影されたメモ用紙が表示されている。

 『 みんな楽しい文化祭
  今年は僕も遊びたい 
  ジャックをしたら僕のもの
  止めたい奴は止めてみろ』

  映画やドラマでよくあるように、新聞紙や週刊誌の文字が一文字一文字切り取られ、コラージュで作られている。手間暇がかかっている分、犯人の本気さが窺えた。

「文化祭をジャックした、か」
「誰か知らないけどさ、迷惑だから一体誰なのか突き止めてもらいたいんだよね」

 針ヶ谷さんが、「ふふふふ」と声を漏らし始める。

 先ほどまでの仏頂面が嘘のような、満面の笑みだ。

「面白い! 実に面白いよ! 暇で暇で、今年は『戦争と平和』を読破してやろうかと思っていたところだったけど、その必要はなさそうだね。あぁ、楽しみだ。実に楽しみだよ、ねぇ佐野くん!」

 針ヶ谷さんが立ち上がり、よくわからないステップを踏み始める。私はそのはしゃぎっぷりに、呆然としながらも、針ヶ谷さんが食いついてくれたことにほっとしていた。

「あたしは、ある人の使いで来たの。ジャクソンって呼ばれている人」

 私は首をかしげる。今は留学生がいないし、ハーフの生徒がいるという話も聞いていない。

「でも、トランプ一枚が盗まれただけなら、しれっと差し替えればいいのでは?」
「普通のトランプはキングが剣を持ってるけど、盗まれたのは花束を持っているんだってさ。おまじないの道具だから、特別なんじゃないかな」

 なるほど、と私はメモを取りながら針ヶ谷さんを横目で窺う。

「佐野くん、次は何が起こるんだろうね」
「次があるのかい?」
「おいおい、この文面を読んだんだからわかるだろう? これで、次に何も起こらなかったらショックで倒れてしまうよ」

「針ヶ谷ちゃん、お願いできる?」
「そのご依頼、お受けしました!」

 針ヶ谷さんはそう言って立ち上がった。

 私は、新聞部に所属しており、学内の謎や事件の記事を書いている。が、それ自体を目的としていない。

 針ヶ谷さんと調査をし、彼女の活躍を間近で見る、それが目的だ。

だから、針ヶ谷さんを文化祭へ連れ出したくてここに来た。この展開は、すごく嬉しいけど、こんなに喜ばれるとは思っていなかった。

「針ヶ谷さん、どこへ行くんだい?」
「文化祭へだよ。決まっているじゃないか。佐野くん、置いていくよ!」

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