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第29話「ライブをするんです」

     クイーン9

 ボディガードを解雇され、あてもなく学校をふらふらと歩く。

 僕は誰かの役に立ちたかった。でもそれは、自分のためだったのか。だとすると、困っている人がいることを喜ぶ、僕は卑しい人間だ。

 周囲を眺めると、来校者も在校生も楽しそうに往来していた。自分たちのクラスに来てほしいと一生懸命チラシを配っている者、下見に来ているのか親と来ている中学生もいる。困っている様子もなく、楽しそうにしている。

 毎年「ハートのキング」があるから、二日目の方が一日目よりも来校者が多い。

 何をしていいのかわからないが、僕が風紀委員であることに変わりはない。道案内くらいはしてあげなくては、そう思いながら視線を彷徨わせていたら、視界の隅でえっちらおっちらと、ゆっくり移動しているものが目に入った。

 痩せ細った男子生徒が、大きな黒い箱を運んでいる。よく見ればそれはベースアンプで、男子生徒は自分の身の丈ほどのアンプ、おそらく百六十センチほどのアンプを一人で運んでいた。ゆっくり、ゆっくりと重い荷物を運ぶ姿は働きアリを彷彿とする。

 自分が人助けをしたいからって、困っている彼に声をかけていいのだろうか? そう逡巡しながらも、足は彼の方へ向かっていた。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」

 男子生徒は、びくっとした後、ほぼ反射的に答えた。

「ずいぶん重そうですけど、台車とかは使わないんですか?」
「台車は出払っちゃってて」
「だったら運ぶのを手伝いますよ」
「大丈夫ですよ、重いし、大変ですから」
「だったら、尚のこと手伝いますよ」
「でも、すぐそこなんで」

 だとしても、だ。

「迷惑じゃなければ、手伝わせてください」

 男子生徒と視線がぶつかる。

「それでも僕にできることは、困っている人に手を貸すことだけなんです。お願いします。手伝わせてください」

 僕が湿っぽいトーンになってしまったからか、男子生徒は少し困った様子だったが、曖昧に頷いて了承してくれた。

 両サイドに立ち、アンプを抱きかかえように手を回す。

「せーの!」

 二人でベースアンンプを持ち上げる。ずしりと腰に重さがかかった。

「どこまで運ぶんですか?」
「本校舎の四階まで」

 本校舎だったら、すぐ隣だ。ゆっくり移動を開始する。中に入り、階段を一段ずつ上がる。無言で移動するのもバツが悪く、「部活ですか? クラスですか?」と訊ねる。

 ライブ演奏をするクラスはあっただろうか? 頭の中でパンフレットを捲る。

「有志です」

 有志までは把握しきれていなかった。彼は機材運搬のために、駆り出され、演奏するメンバーは今頃準備しているのだろう。

「何組なんですか?」「六組です」
「何曲くらいやるんですか?」「決めてません」

 彼が寡黙なタイプだからかもしれないが、壁に向かってボールを投げ、落ちたボールを拾ってまた壁に投げるような会話だった。僕は黙ってアンプを運ぶことにする。何かをしている間は、色々なことを忘れることができた。

 四階へ上がり、ベースアンプを下ろす。

「ありがとうございました。ここから先は大丈夫です」

 男子生徒はそう言うと、深々と頭を下げた。

「お疲れ様です」

 僕も疲労していたので階段を降りる。ありがとう、と言われると、自分がいていいのだと言われたみたいで、ちょっとほっとした。

 だけど、終わってしまうと再び波に襲われた。

 来た道を引き返していたら、ふと彼はどこへアンプを運ぶのだろうかと気になった。四階にあるのは、理系の実験室だけだ。

 踵を返して階段を上がると、四階に彼の姿はなかった。しかし、上の方から気配がする。見上げ、階段を更に上がってみる。

 四階の上は屋上だ。

 屋上の扉を開くと、ベースアンプを運んでいる彼がいた。

「何をしてるんですか」

 彼がびっくりした顔で僕を見る。

 彼は、悪戯を見つかった子供のようなばつの悪さと、卑猥な本を読んでいるのを見つかったような恥ずかしさの滲んだ顔をして、僕とアンプをちらちらと見た。

「運んでました」
「見ればわかりますけど、屋上に運んでたんですか?」
「はい」
「なんでまた」

 風が吹き抜け、彼が口を動かしていたけど、聞き取れなかった。なんですか? もう一度お願いします、と頼む。

「ライブをするんです」

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如月新一
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