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第5話「水柴先生破壊工作冤罪事件はご存知ですか?」

      ジャック2

「近いから、まずは放送室に行こう」

 そう宣言した針ヶ谷さんに続き、本校舎二階にある放送室へと向かった。放送室の扉をノックする。

 返事がないなあ、と私が肩をすくめていたら、針ヶ谷さんはドアノブを回して開けた。

「佐野くん、様子を見てきておくれ」
「私が?」
「他に誰が?」
「針ヶ谷さん」
「君がけしかけたんだから、責任を取っておくれよ」

 仕方がない。私は針ヶ谷さんがどんな風に鮮やかに解決するのかを見たい。その欲求に、私は抗えない。

おそるおそる扉を開けたけど、放送室には誰もいなかった。

 椅子の上には何かのプリントが乱雑に積まれ、小さな穴の空いた防音の壁には早口言葉のたくさん書かれた紙が張ってある。つまみがいくつもついた大きなミキサーと、ガラス張りで中が確認できるブースがあり、中にはマイクがある。

「ほら、奥にも部屋があるようだよ」

 針ヶ谷さんに促されて奥の扉をノックをすると、「はーい」と返事があった。

 扉を開けると、更に広い部屋があった。

 四人の生徒が座っている。針ヶ谷さんは知的だけど、社交的ではないため、大人数に囲まれることや人目に晒されることをひどく嫌っている。でも、これくらいの少人数だったら対応できるだろう。

 大柄の男子生徒と、ツーブロックに髪型をセットした男子生徒と、赤い眼鏡をかけた女子生徒は知らないが、うりざね顔の生徒は知っている。同級生の藤田《ふじた》だ。

「おー、佐野じゃんか。どうしたん?」
「やあ藤田。実は、針ヶ谷さんが文化祭ジャックに興味を持って」

 針ヶ谷さんは、初めてやって来た放送室に興味津々の様子で、忙しなく視線を泳がせていた。室内には編集用と思しきパソコンや、個人用のロッカー、カメラや三脚などの機材が置かれている。

「おいおい、興味を持ってって、部外者が首をつっこまないでくれないか?」

 髪をバッチリセットした、ツーブロックの男子が鹿爪らしい顔で歩み寄ってくる。

「聞いたかい、佐野くん。本校の生徒の自主性に任せて運営されているから文化祭は、生徒のものだ。そうだろ? それなのに、文化祭に参加する資格がないみたいな口ぶりだ」
「さっきまで文化祭になんて興味がないって図書室に引きこもっていたじゃない」
「佐野くんが寝返ってどうするんだよ」

 針ヶ谷さんがむっとした表情になり、「で、さっきの放送のことで訊ねたいことがあるんだけど」と向き直る。

「だから、部外者が関わるなと言っているんだ。部外者っていうのは、放送部員じゃない者だ。俺たちはこれから、今後の警備について会議するから忙しいんだよ」
「警備だって?」
「そうだ、またジャックが現れて放送を乱用されないように、セキュリティを考え直さなきゃならない。だから、出て行ってくれ」

 ツーブロック先輩が声を荒げると、それを聞いて針ヶ谷さんは、ぷっと吹き出した。

「何がおかしいんだ?」
「犯人は文化祭をジャックすると宣言をしたんだろ? ここは唯の放送室で、コクピットって訳じゃない。ここはもう関係ないよ」

 間違った考えを指摘されて恥をかかされた、そう思ったのか、ツーブロック先輩の顔が赤くなっていく。

「仮に、そうだとしても、お前たちには教えない。俺たちで、ジャックは調べてやる!」

 針ヶ谷さんは私に目配せをすると、そっぽを向いてしまった。

 こじれてから、交渉を押し付けてくるのは、どうかと思うなあ。

 心配そうに私たちのやり取りを見ている藤田は右手の親指と人差し指の間に顎を置き、肩をすくめていた。私も同様に右手で顎を撫ぜてから、口を開く。

「でも瀧《たき》部長、二人が協力してくれたらジャックに近づけるかもしれませんよ」

 藤田がそう言うと、ツーブロック先輩改め、瀧さんの表情が少しだけ和らいだ。藤田に心の中で礼を言い、私は説明をする。

「消えたピアノ事件、ブルータス殺し、水柴先生破壊工作冤罪事件はご存知ですか?」

 瀧さんは、「ああ」と短く漏らしてから、「あー!」と驚嘆の声をあげた。

「あれを解決したのは、ここにいる針ヶ谷さんです」

 強い風が吹いたかのように、放送室にいる面々がざわついた。

 針ヶ谷さんは、その反応には関心がなさそうに、ビデオカメラを勝手にいじっている。

「てことは、君が新聞部の佐野か」

 瀧さんが腕を組み、納得するように大きく頷いた。

 私は新聞部に所属していて、公開しても良い事件であれば、針ヶ谷さんの活躍を校内の壁新聞の記事にしている。生徒を退学から救った反響の大きな事件もあり、針ヶ谷さんの知名度も上がっている。

「瀧部長、彼女に協力してもらうっていうのはどうですか?」

 藤田が声をかけると、瀧部長は思案するような間を置きながら針ヶ谷さんと私を交互に見た。

 けど、首を横に振った。

「尚更、ダメだ。事件を追って解決したら、記事にするつもりだろ? 放送部は放送部で事件を追って、ドキュメンタリーを撮る。だから手は組まねえよ」

 ジャーナリズムで対抗意識を燃やされるとは思っていなかった。

「君たちだけで、ジャックを追えるとは思えないけどね」

 針ヶ谷さんがビデオカメラを構えて、瀧さんに向けてから、赤い眼鏡の女子生徒に移した。

「彼氏を説得するのを手伝ってくれないかな?」

 放送部員たちの中で、ピンと糸が張り巡らされ、緊張が生まれたのがわかった。

「ぼくが何かを言うたびに、瀧さんはまず彼女に視線を向けるし、彼女のしているブレスレットと瀧のしているものは、色が違うけど実はペアのものだ。プレゼントされたから着けてるんじゃない? でも趣味じゃないからしたくないと思っている。だから、袖の内側に隠すみたいにしているね。嫌なら断るのも、長続きする秘訣だと思うよ」

 赤眼鏡女子がさっとブレスレットを隠すような仕草をする。

「ぼくには観察眼があるし、実績もある。君たちが見落とすことを、ちゃんと情報としてキャッチして、整理して、真実を導き出すことができる」

 瀧さんは動揺したまま、視線を泳がせている。プレゼントが気に入られてなかったことがショックだったのかもしれない。

「あの、私も記事にはしたいと思ってますけど、情報を提供してくれるならそちらが先に発表をしても構わないですよ。それに、コラボレーションって考えればお互いの宣伝にもなりますし、悪い話ではないと思うんですよね」

 固唾を飲んで見守っていると、みんなの視線を集めたことに気づいた瀧さんは、ばつが悪そうに「わかった、わかったよ」と頷いた。

 針ヶ谷さんがビデオカメラを机に置き、「じゃあ早速」と勝手に椅子に腰掛けた。

「勝手にアニメソングを流された、という事件のあらましを教えてもらえるかな?」
「知っての通り、文化祭がスタートしたのは十時だ。体育館で校長のながーい話を聞いて、それから各自が持ち場に向かった。ここに向かっている途中で、あのアニソンが流れ始めたんだよ」

「放送室に鍵はかかってなかったのかい?」
「かかってたさ。でも、中には誰もいなかった」

「本当に? 例えば、放送ブースの中に隠れていたとか、ロッカーに隠れていたとか」
「確認した。でも人はいなかった。部室に窓はないから外に逃げることはできない」

「音楽の再生をタイマーか何かで設定することはできないのかい?」
「いや、時限操作や遠隔操作はうちの放送環境だと無理だ」

「っていうことは、犯人は放送室に入って音楽を流して逃げたってことか。密室事件が一日に二件も起きると、なんだかレア感が下がるね」

 でも、いいよ、これはいい、と針ヶ谷さんが笑みをこぼす。

「瀧さん、ちなみに曲を放送するのって、誰でもできるもんなんですか?」

 私が訊ねると、瀧さんではなく針ヶ谷さんが「佐野くんの目は節穴かい?」と口を開いた。

「ミキサーのそばに、懇切丁寧な手順を書いた紙が貼ってあったじゃないか」

 そうだっけ? と首を傾げて、放送部の面々を見ると、うんうん頷いていた。

「英語の先生たちがリスニングで使ったりするから、手順メモが貼ってあるんだ」

 なら、泥棒に対して、金庫のダイヤルの回し方を教えているようなものか。もし、校内放送をする手順が複雑であれば、容疑者の特定は可能だったかもしれないけど、こうなると話は別になってくる。

「このジャックの件は誰かに話したかい?」
「文化祭を止められたら困るから、先生たちには機材トラブルって説明をしたけど、念のため、生徒会と文化祭実行委員と風紀委員の三役には秘密厳守で話をした」
「賢明だね。それで、犯行声明っていうのは?」

 針ヶ谷さんが訊ねると、瀧さんが顎でしゃくって藤田を促した。藤田がロッカーを開けて、中から紙を取り出した。兎耳山さんが見せてくれた脅迫状の原本だった。現物を改めて見ると、制作者の熱意を感じた。スポーツ新聞や週刊誌など、数冊買い込んで準備をしたのだろう。

「あと、このカードが脅迫状の上に置かれてた」

 それは、カードだった。トランプではなく、タロットカードだ。

 天秤の中央に剣を持った女神が描かれている。

『Adjustment』、調整という意味だ。

「これはまた、奇怪だね」

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如月新一
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