第24話「いいか友よ、お前は行け。日向に」
文化祭二日目
キング8
嫌が応にも朝は来る。
最悪の目覚めだ。陰々鬱々とした気分で身を起こし、食事と身支度を済ませ、学校へ、忌まわしき文化祭二日目へと向かった。
「よう、ミスター苺原」
学校へと続く坂道の途中で会った太田原に声をかけられた。その呼ばれ方をこれからも色々なところでされるのかと思うと、げんなりする。
「朝の挨拶はおはようございますだって習わなかったか?」
「人を裏切ってはいけない、とは習わなかったのかよ。小南さんは文化祭を繰り返してるんだろ。今日が文化祭最終日だぞ?」
「わかってるよ」
そう言った時、枯葉と枯葉がこすれるような、ひそひそとした声が聞こえてきた。ちらりと確認すると、女子生徒たちが塊になって歩き、ちらちらと俺のことを窺っていた。好奇の眼差しだ。
「見事な口笛だった。心が震えた」
「絶対に悪ノリだ。あの場にいた連中全員の息の根を止めてやりたい」
太田原が愉快そうに口元を歪め、顎をしゃくってきた。
「なああれを見て見ろよ。朝から来て、文化祭の準備をしているな」
「奴らはそれが楽しいんだろうよ」
「おれにはわからんなあ」
「俺にもわからん」
「いいや、わかるはずだ」
急に何を言い出したのだろうか、と眉間に皺が寄る。
「いや、わかるようになれるはずだ、と言った方が正確だな。おれはな、お前ならあっちで生きていけると思ってるんだ」
太田原は遠くを眺めるような、静かな顔をしていた。あっちとは、陽向の人間のことだろう。俺たちは日陰の人間だ。
「なんだよ。おかしな話を聞きすぎて、変になったのか?」
「陽向にいられる人間が日陰にいるのはよくないって言ってるんだ。親のいないお前には、友達が言うしかないだろ」
冷たいしずくが頭に落ち、ぶわっと身体中を電気が駆け回り、全身の毛が逆立つ。立ち止まり、首を曲げ、太田原を睨みつける。
「どういうつもりだ。返事次第では――」
「返事次第では、どうするんだ?」
暴力に訴えるつもりはないし、罵声を浴びせるつもりもない。
「お前を、心の底から軽蔑する」
地面から生えてきたわけでも、コウノトリが運んできたわけでもないから、俺にだって両親はいる。モデルと俳優という、芸能人夫婦だった。だが、二人は俺が幼い頃に離婚をした。結婚がお互いのことを好きだったから、なのだとしたら離婚はその逆と言うことになる。二人がお互いの事を好きではなくなったから離婚した。
二人の間にあった感情は消えたが残ったものがある。
俺だ。
お荷物になった俺は、祖父の家に預けられ、二人で暮らしている。
「お前の生い立ちは知ってる。だから、言ってるんだ。いいか友よ、お前は行け。日向に。今は日陰にいるけど、行けるんだよ。いいか、もし、タイミングが来たら迷わずに行くんだぞ」
「一つ、お前が知らない言葉を教えてやる。余計なお世話だ」
太田原に背を向けて、足早に一年の校舎へ向かう。
今日は朝から気分が悪い。胃がムカムカとしている。これから教室に入れば、同級生たちからの視線を受けるのだろう。馴れ馴れしく話しかけられるのかもしれない。ガムを踏みながら歩くような、不愉快な一日を過ごさなければならない。
廊下に並ぶロッカーの前に立ち、鞄を仕舞おうと肩からおろす。ロッカーには装飾が施され、メニューや値段が書かれたポップが貼り付けられていた。他人の咳によって飛散した風邪ウィルスが、自分のテリトリーに飛んできたような不快感を覚える。
自分のロッカーの上に、紙を重ねた手作りの花がつけられていた。
それをむしり取って床に叩きつける。