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第25話「君は迷ってもどうせ謎を解く」

       ジャッ7

 文化祭二日目、私は針ヶ谷さんが来ると信じていた。

 もちろん、一方的に糾弾され、人間に失望していたあの横顔だって忘れたわけじゃない。それでも、彼女は来る。

 針ヶ谷さんは誰よりも手強い。

 探偵ではない私がわかる、数少ない真実だ。

「どうしたんだい。そんなところにぼさっと立って」

 昨日と同じように、いや、いつもと同じように図書室のカウンターに針ヶ谷さんは座っていた。

「おはよう。昨夜はよく眠れた?」
「寝つきがいいのがぼくの取り柄でね」
「今日は、これからどうするの?」
「『二十日鼠と人間』を読むよ。恥ずかしながら、未読だったからね」
「調査は?」
「やめたよ」
「やめた?」
「そうだよ。聞こえただろう。間違いだったよ。元来、ぼくは現場主義じゃなかった」

 弱々しくそうこぼし、針ヶ谷さんは文庫本の頁を捲った。だが、本当に読んでいるのか疑わしい。虚ろでどこか遠くを見ているような目をしている。

「針ヶ谷さん、調査は続けるべきだよ」

 針ヶ谷さんに文化祭の謎を解いてもらいたい。それで、楽しんでもらいたいというのが個人的な願いだ。ここで失意に沈むのは、針谷さんらしくない。図書室のカウンターで一人本を読むよりも、フットワーク軽く調べ回る方がいきいきとしていたことを私は知っている。

「勘弁してもらえないかなぁ」

 出来の悪い生徒に呆れるように、針ヶ谷さんは呟いた。

「他の人にどう思われようが気にしない。食事をするみたいに謎を解く。それが君じゃないか。誰も完成させられないパズルを横から出てきて、ちゃちゃっと完成させてきたでしょ」
「本当に、もうやめてくれないかな」

「針ヶ谷さん、君は謎を解かないといけない」
「いいかげんにしてよ!」

 張り裂けるような声にはっとし、我に返る。

 針ヶ谷さんの表情が急に歪み、みたこともないほどくしゃくしゃになって、瞳にぼろぼろと大粒の涙が浮かび上がってきた。蛙のように唇を横一文字に結び、じっと私を睨んでいる。

 自分の中で膨らんでいた風船が一気にしぼんでいくのがわかる。ただ慌てて「ごめん」と謝罪の言葉を口にした。

「謎解きをすることもあったけど、ぼくは探偵小説に出てくる完全無欠の名探偵じゃない。本の真似して変な喋り方をするただの高校生なんだよ。もう嫌なんだ。誰の顔も見たくないし、謎なんてもう解きたくない。ばか! 佐野くんのばか!」

 呂律の回らない舌で、針ヶ谷さんが涙をぼとぼと落としながら言葉をぶつけてくる。私はただ、黙ってそれを受け取りながら、彼女とは対照的に自分が冷静になっていくのを感じていた。

「針ヶ谷さん」

 むっとし、黙っている針ヶ谷さんに説明を重ねる。

「探偵小説を読んで、こんな風になりたいと思い憧れる人はたくさんいる。けど、みんななれないんだよ。でも、君には謎を解く能力と、抗えない好奇心がある。それに、君は迷ってもどうせ謎を解くんだ」

 私の話したことを咀嚼するように、針ヶ谷さんはじっと目を伏せていた。

「大勢が敵になっても、私はいるよ」
「――本当だろうね?」

 本当だとも、と頷いてみせる。

「ぼくが、一番許せないのは、君が傷つけられているのに、大勢の人が怖くて何もできなかったぼく自身なんだ。本当に自分が情けない。合わせる顔もないと思った。佐野くんは、それでもぼくを、頼ってくれるのかい?」
「針ヶ谷さんの強さを、私はよく知ってるからね」

 針ヶ谷さんは泣き腫らした目をごしごしと袖で拭くと、「ティッシュ!」と言って右手を伸ばしてきた。ブレザーのポケットから、ポケットティッシュを取り出して彼女に渡す。

 一枚抜き取り、盛大に鼻をかんでから、針ヶ谷さんはいつもの不機嫌そうな顔に戻った。

「じろじろ見ないでよ」
「ごめんごめん」

 謎を解くことで、彼女自身が苦しむこともあるだろう。だけど、それ以上に針ヶ谷さんは喜びを得るはずだ。私はそう願っている。それに、決して一人ぼっちにはならないだろう。それは私がいる、というだけの理由ではない。

「ほら、針ヶ谷さん、依頼人だ」

 図書室の入り口の方を顎でしゃくる。針ヶ谷さんも不思議そうな顔で入り口に視線を送った。そこには、二人の生徒が立っていた。一人は白いカチューシャの良く似合う美人で、もう一人は優しそうな男子生徒だった。腕には風紀委員の腕章がついている。

「すいません、針ヶ谷さんはいますか? 相談があるんですけど」

 私は自分の胸の中に、ぽっと小さな灯りが生まれるのを感じた。

針ヶ谷さんの能力は、闇に困る人々に灯りを分け与えられることだ。

「そんな所に立ってないで、中にどうぞ」

 針ヶ谷さんの文化祭二日目が始まる。

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