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第35話「反省はするけど、後悔はないよ」

       クイーン11

 僕と細見は教員たちに捕まり、そのまま生徒指導室で謹慎することになった。文化祭が終わるまで、ここで反省をしていろ、というわけだ。

 校庭の特設ステージから声が聞こえる。ミスコンが始まった。ミスコンでやることは、ミスターコンテスト同様に、自己紹介と一芸の披露だ。

 てのひらにじんわりと汗をかいていることに気づき、苦笑する。

 子供がピアノの演奏会に挑む親のような気持ちだ。天宮先輩がどうかミスをしませんように、化けの皮が剥がれませんように、と祈る。 

 やきもきしながら、じっと手を見つめていたら、「なあ」と声をかけられた。

「俺たち良いライブしたよな」

 体育の水柴先生がトイレに行くために退室したと思ったら第一声がそれかよ。

「悪くはなかった」

 演奏自体は悪くなかった。むしろ僕は、久々に生きていると実感した。

「だよな。反省はするけど、後悔はないよな」
「そう反省文に書いたら怒られるから気をつけろよ」

 僕らは原稿用紙三十枚の反省文を書くように、と命じられた。この学校では基本的に反省文がペナルティとして課せられるのだが、そんなに書くことがない。

 でも今回のペナルティは、絶対に反省文だけではないはずだ。訓告か停学は覚悟しなくてはいけないなぁ、と両親に申し訳なく思う。

『エントリーナンバー二番、山根小夜子《やまねさよこ》さんでした。盛大な拍手をお願いします。それでは、エントリーナンバー三番、木下咲《きのしたさき》さん、よろしくお願いします』

 司会者の流暢な紹介を聞き流しながら、ペンを走らせる。まずは、風紀委員の職務について書けば、文字数は稼げるだろう。

 ちらりと見ると、細見は開き直った様子で、ペンを握ってすらいない。

「おれはさぁ、反省することないんだよなぁ。汚い手を使われたから、正々堂々一人で一泡吹かせてやるって行動したわけだからな」

 じっと睨む。

「二人、だったな。なあ、狭間は五十嵐とはどういう仲なんだよ?」
「中学のとき、一緒にバンドを組んでたんだ。で、一方的に抜けるって話をした」
「なんで抜けたんだよ」

 意外とずけずけ聞いてくるなぁと思いながら、僕は答えようか答えまいか躊躇する。

 耳を済ませていると、『歌を歌いたいと思います』という声と共に、映画の主題歌になったポップスが流れてきて、僕は黙って聞いているよりはましか、と口を開いた。

「痴漢されてる子を見た。けど、怖くて止めることができなかった。威勢がいいのは演奏中だけか? と思って、やめたんだ。本当は文化祭中は風紀委員として活動に集中するはずだった」
「そんなときに、おれと五十嵐が誘っちまったわけか」

 細見はそりゃあ、悪いことをしたなあ、と言わんばかりに眉を歪めた。

「でも、さっきのライブで、痴漢をしようと思っていたやつが、思わずやめたかもしれないぞ」

 それ以上安い慰めはないな、と苦笑する。

「でもよ、真面目な話、無駄じゃないとおれは思うんだよ。音楽は、見えないものを変える力があるものだろ? 何かが変わったかもしれないぞ」

 お前のその前向きさはどこからきたんだよ、と言いかけたところで、水柴先生が戻って来た。

「お前ら、無駄口を叩いてなかっただろうな」

 慌てて、顔を伏せて反省文を書く作業に戻る。

『ありがとうございました。それでは、エントリーナンバー四番、天宮静香さん』

 天宮先輩の番だ、と耳をそばたて、視線を宙に止める。

『三年六組の天宮静香です』
『天宮さんは、さきほどモモモさんたちとお話をされていましたよね。男子女子ともに人気が高く、クラスではシンデレラ役をやっているようですが』
『人気だなんて、恐縮ですけど、ありがとうございます』
『それでは、自己ピーアールをお願いします!』

 天宮先輩は何をするのだろうか? 彼女の歌なら聞きたいし、才色兼備をアピールするために、英語でスピーチをするかもしれないな、なんて予想をする。

『私は最近、ある人に、自分らしく生きればいいと話をしました。ですが、自分らしさとはなんでしょうか。自分の理想を追うことだけでしょうか』

 天宮先輩はなにを話しているのだろうか、と首をかしげる。彼女は一拍置き、再びスピーチを始めた。

『みなさんに、お詫びをしなければなりません。私はクラスの劇のキャスティングでずるをしました。くじ引きに仕込みをして、シンデレラ役を手に入れました。私は欲に負けた狡い人間です。この場を借りて、謝罪いたします。六組のみんな、本当にごめんなさい』

 心臓がバクンバクンと騒いでいた。

 彼女が何を言っているのか、わからなかった。わかっているけど、理解が追いつかなかった。これも例の脅迫犯のせいなのだろうか。脅され、言わされているのだろうか?

 だが、声色から察するに、そうではない気がした。

 騒がしい声がスピーカーから聞こえてくる。罪を認めて賞賛するようなものではなく、非難や暴言に近いものだと、なんとなくわかった。

 今すぐ、ここから抜け出して天宮先輩と話がしたい。

 思わず、椅子から立ち上がった。

「どうした」

 水柴先生が僕を睨みつける。

「いえ」と返事をし、不審な視線を受けながら、着席する。

 どうにか、彼女と話がしたい。どうにかする方法はないだろうか?

 そうだ、と僕は思い出す。

「トイレに行きたいんですけど」

 水柴先生が立ち上がる。監視をするつもりらしい。

 出てすぐのところにある教員用のトイレに入る。個室が一つ使用中だったので、もう一つの個室に飛び込むと、すぐにスマートフォンを取り出した。

 通話ボタンを押す。

 呼び出し音が続く。じれったい。早く出てくれ、ここから僕を出してくれ、と念じていたら、音が変わった。

「困ったら、助けてくれると言いましたよね」
「落ち着けよ、誰だよ、お前は」
「一年の狭間です。迷子の妹を案内した」

 そう告げると、スマートフォンの向こうで、あぁはいはい、と納得する声が聞こえた。

「悪いが俺は今、忙しくてなぁ」
「そんな」
「でも、助っ人を送り込む。まあ、任せておけよ」

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