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第15話「テレビも無ェ、ラジオも無ェ」

       ジャック5

 針ヶ谷さんは迷いのない足取りで真っ直ぐ進んでいく。普段は図書室に引きこもっている癖に、事件が起こるとフットワーク軽く動き回る。いつも、まさしく針のように真っ直ぐで、点を貫き縫い合わせ、事件の全貌を明らかにしてくれる。

 次に彼女が向かった先は、校庭に設置された野外ステージだ。

 前日に業者さんが来てステージを設置していた。ミスターコン、ミスコン、ハートのキングなんかの目玉イベントや、有志による発表や演奏、その他部活動によるイベントが行われる。

 テージでは六人の男女が立ち、歌を歌っていた。楽器はなく、全員がマイクを握り締めて声を出している。アカペラのようだ。

 ステージの前には既に人だかりができている。歌っているのは有名なポップスだからとっつきやすいのか、心地よさそうに身体を揺らし、口ずさみながら聴き入っていた。音楽に熱狂するというよりも、ピクニックに来ているような牧歌的な印象を受ける。

 私はうきうきとしたけど、隣の針ヶ谷さんは顔をしかめていた。

 歌声やメロディが嫌いという訳ではなく、みんなで仲良くという雰囲気が苦手なのだろう。

 やはり針ヶ谷さんこそが、文化祭ジャックを追うのに相応しい。私はそんなことを思った。

 歌が終わり、六人が声をハモらせてお辞儀をした。アカペラをやっているだけはあり、全員のタイミングがピッタリだ。

 盛大な拍手を受けながらはけて行くアカペラ六人衆と入れ替わりに、大仰な蝶ネクタイに着け鼻付きの大きな眼鏡をかけた男子生徒が現れた。

「いやー見事な歌声とチームワークでしたね。実は僕も彼らの一員なんですよ。彼らが歌担当で、僕は拍手喝采を受ける担当です。というわけで僕にも盛大な拍手を!」

 ノリのよいお客たちが、司会の彼に拍手を送る。どうやら彼は既に客たちの心を掴んでいるらしい。

 司会の男子と入れ替わりに、跳ねるようなビート音がスピーカーから流れ、ステージに男女数名が登場した。全員が真っ直ぐ伸びたつば付きのキャップを被り、ストリート系のゆったりとしたTシャツとパンツを履いている。

 ここは文化祭の中心だ。多くの人で賑わい、楽しい雰囲気で満たされている。

 ステージの裏には、スポーティな格好をした男子生徒や制服を少しお洒落にしたアイドルじみた恰好の女子生徒が集まっている。十人以上はいるから針ヶ谷さんは人見知りモードになっていた。ぴったり私の後ろに隠れている。私の出番のようだ。

「すいません、ここの責任者の方は誰ですか?」

 近くにいた女子生徒に声をかけると、彼女は振り返り、奥にいる男子生徒に視線を移した。髪を後ろで結った眉毛の細い男子生徒がいる。

「しょーじさーん」「なに?」「責任者の方はって」

 庄司と呼ばれた先ほどの司会の男子が、こちらにやって来る。

「はいはい、なんすか?」

 針ヶ谷さんが私に、「中止にするように言っておくれ」と囁く。

 これまた単刀直入だなあ、と思いながら、私はその旨を司会の彼に伝えた。

「ジャック? なんだそれ」
「既に被害にあったクラスもあるんです。なにか起こる前に、一度中止にして、点検することをおすすめします。犯人の意図はわからないけど、おそらく目立つイベントの邪魔をしに来るはずですから」

 司会者の反応は芳しくなかった。

「無理無理。結構カツカツで進行してるんだ。ダンスの次はのど自慢があるし、延長することができないって」
「たったの五分でも?」

 針ヶ谷さんがぼそっと呟く。

「無理だな。タイムスケジュールには学校側がうるさいんだ」

 文化祭は生徒の自主性を尊重する、と言っているが代わりにルールを守ることを徹底させている。時間を無視してアンコール曲をやり、そのせいで翌年の軽音部がライブをできなくなったという有名な話がある。

 視線を移す。針ヶ谷さんは黙り込み、右手の人差し指で頭をコツコツとつつき始めた。頭に対して、動け動け、回転させて答えを導けと命令を出しているように見える、彼女の癖だ。視線をせわしなく泳がせて、観察している。何かヒントを探しているのだろうか。

 そうこうしている内に、歓声と拍手がステージの向こう側から聞こえてきた。一組目のダンスが終了したらしい。彼らと入れ違いで、フリフリ女子集団がステージへ向かう。

「変な奴が来ても、何もできないぜ。俺たちがいるんだから安心してくれよ」

 そんなことよりもダンスを見逃してしまう、と彼は私たちの問題は解決したと言わんばかりにそそくさとステージ脇まで移動してしまった。

 女子生徒たちの自己紹介と共に、賑やかなシンセサイザーの音で、ポップなメロディが流れだす。テントに放送室にあったものよりももっとシンプルな、それでもつまみのかなり多いミキサー卓が置かれ、その前に座る女子生徒が調整をしていた。

「ジャックは何をするつもりだろう。レーザーポインターで目を狙うとか?」
「それは悪質すぎる気がするけど、わからない。ジャックが何者か見えてこないんだ」

 ステージの前の人だかり、少し離れたところでちらほら立ち止まる人々、校舎の窓から見下ろしている生徒たちは、ジャックがこれから起こす悪戯の目撃者になるのだろうか。

 ステージの上では、アイドルの曲を歌いながら、女子生徒五人がダンスを踊っている。右手にマイクを持ち、左手を振りながらステップを踏む。

 パチンと音が鳴り、我に返る。針ヶ谷さんが指を鳴らしていた。

「曲の差し替えだ」

 針ヶ谷さんに促され、ミキサー卓のそばに移動する。

「音楽を止めてください!」

 私が声をかけると、スタッフジャンパーを着た女子生徒が狼狽した様子で振り返り、眉を歪た。

「なんですかなんですか」
「悪戯されているかもしれないんです! だから、音楽を止めてください」

 頼んでみたが、女子生徒は困った顔をするだけで、ボリュームのつまみに手を伸ばそうとはしない。

「庄司せんぱーい、変な人たちが!」

 司会者が溜め息を吐きながら、近付いてくる。

 顔をしかめ、蠅でも見るような目で私たちを見てきた。針ヶ谷さんが珍しく前に出る。

「いいかい? ステージにいる彼女たちに恥をかかせたくなかったら、中断させるんだ」
「は? だから、何度も言ってるだろ。無理だっつうの」
「とりあえず、彼女たちを一度引っ込めるのはどうだろうか?」
「バカなこと言うなよ。んなことできるわけないだろ。始まってるんぞ。ショーマストゴーオンだ」

「今ならまだ間に合うんだぞ!」

 小さな体のどこからそんな声を出したのか、と驚かされるような大きな声だった。

 小柄でも、引っ込み思案でも、人目が苦手でも、それでも針ヶ谷さんは立ち向かう。私はそんな彼女を尊敬しているし、ないものねだりで羨ましく思うし、そしてやっぱり、いつか隣ではなく、正面から向き合ってみたいな、と思った。

 奮闘も空しく、庄司は困惑した様子を見せたものの、すげなくかぶりを振った。

 その直後だった。

 日が傾いていくように、アイドルソングのテンポに合わせて、「はあよいしょ」という掛け声が聞こえた。今のは空耳じゃなかったよね、と耳をそば立てる。

 曲のリズムやメロディに合わせて、津軽弁の男の声が混ざり始めている。

「テレビも無ェ、ラジオも無ェ 自動車もそれほど走って無ェ」

 という歌詞がはっきりと聞こえ、観客たちがどっと笑う。

 ミキサー卓の前に座っている女子生徒が狼狽した様子で両手をあげて、「何もしてないですよ」アピールをしている。

 陽気な津軽弁おじさんは、あろうことか観客の興奮をさらってしまった。ステージ上の彼女たちはダンスをやめておろおろしているが、ステージの前の客はまごうことなき大爆笑を響かせている。

 どうやら、大元のCDが編集されていたようだ。

「針ヶ谷さんはビートルズも知らなかったから教えてあげるけど、これは吉幾三の『俺ら東京行ぐだ』だよ」

 隣の針ヶ谷さんは、力なく肩をすくめていた。あと一歩のところまできたが、阻止できなかったことに、気落ちしている。

『ダンス大会は一時中断とさせて頂きます』

 マイクでアナウンスが掛かり、騒然としたままステージの上の女子生徒たちが戻ってくる。黒髪ロングが目を吊り上げて司会者に詰め寄った。今にも首を絞めかねない勢いだ。

「なんなの、一体!」
「いや、俺にもわからなくて」
「わからないって何よ、あんた責任者でしょ!」
「そう言えば、こいつらが悪戯がどうのこうのって騒いでたぞ!」

 司会者がそう言って、私たちを指さした。

 指の向きに合わせて黒髪ロングの女子がこちらに詰め寄ってくる。針ヶ谷さんは気圧され、口をぱくぱくとさせていた。まずいぞ、と思って間に割って入る。

「あんたたちがやったわけ?」
「私たちは止めに来たんですよ。私は新聞部の佐野で、文化祭で起きてる事件を追ってるんです」
「ってことは、そっちのがあの針ヶ谷ってわけ? どーせあんたたちが仕込んで、それを止めて、目立ちたかったんじゃないの?」
「そんなことあるわけないでしょ! 針ヶ谷さんはそんなことしない!」

 反論し、無実を訴えても、多勢に無勢だ。

「佐野、わかってると思うけど、あんたも目立ってるからね」

 そう言って、彼女は私の全身に視線を這わせた。

 彼女の視線の意味は、ちゃんとわかっている。私も割と有名人で、その理由は女子だけど男子のネクタイを締めてブレザーを羽織り、スカートではなくズボンを履いているからだ。男子生徒と同じ格好をしている。

「それとこれとは関係がないだろ」

 自分の声が、思っているよりも、弱々しくてそのことに驚いた。

 黒髪ロングはもはや、苛立ちをぶつけるのにもってこいと言わんばかりに、針ヶ谷さんも攻め立て始めた。

「最低なんだけど」「なんとか言いなよ」

 彼女の従者たちが喚く。

 針ヶ谷さんは泡を食い、私の袖を掴んだまま、俯いている。

「確かに、止める気が合ったら、もっとちゃんと止めようとしたよな」

 司会者の言葉から、べったりと罪をなすりつけられるような不快感を覚える。

「どの口が」

 反論しかけたが、袖をぐいっと引っ張られ、思い留まる。小さな身体の割に、強い力だった。針ヶ谷さんは俯いたまま、身を翻した。

 針ヶ谷さんの手を取り、歩き出す。

「逃げるわけ?」

 背後から声が聞こえたけど、私は無力だった。

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如月新一
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