第31話「さっさとギターをよこせっつってんだよ!」
クイーン10
ベースアンプを一人で運んでいた彼は、屋上でライブをするつもりだ。
頭の中のパンフレットを開くまでもない。
「まさか、勝手にやるつもりなのか?」
僕が訊ねると、彼はむっとした表情になる。自分がバンド活動をしてはいけないっていうのか、と怒っているようだった。が、問題はどこでやるか、だ。
屋上の踊り場にある電源から、巻きつけるタイプの長い延長コードが伸び、屋上へと向かっていた。そこには既にギターアンプとマイクが置かれている。そのことに呆れながら、少なくとももう一人はいるはずだ、と推察した。
「おーい」
背後からのんきな声が聞こえた。
振り返ると、そこにはウニ頭の男子が立っていた。なんでお前が、と僕は目を剥く。
彼は赤い、フライングVというギターを抱えている。
「狭間じゃねえか、こんなところで何してんだよ」
「それはこっちの台詞だ。五十嵐、お前はここで何をするつもりなんだ」
「ライブだよ、ライブ。屋上ゲリラライブ」
五十嵐が声をあげるたびに、頭が掴まれてぐらぐらと揺さぶられているようだった。
「お前、よその高校の文化祭で、ゲリラライブをするつもりなのか?」
五十嵐が破顔し、口を開いたのを右手を向けて制する。
「言うな。やっぱり聞きたくない」
痩せている彼に視線を送る。
彼は、「細見《ほそみ》です」と会釈をした。
「俺は細見に手を貸してやることにしたんだよ」
経緯をかっ飛ばして、結論を言う、五十嵐の悪い癖だ。
「はしょらないで、頭からちゃんと説明してくれ」
「相変わらず、細けえな。細見、どこから話せばいいと思う?」
話を振られた細見は、じっと思案するように虚空を見つめてから、口を開いた。
「狭間さんは、文化祭は誰のものだと思いますか?」
「誰のものかって、そりゃあ、学校のイベントだから学校のものだし、生徒の自主性を尊重する、が理念だから、生徒のものだとも言えると思うけど」
突然放り投げられたボールを上手くキャッチできず、慌てて投げ返す。そんな返答をしてしまった。
「違いますよ、全然わかってない」
細見が、本気でガッカリするみたいに、かぶりをふる。
「ただ派手にやらかして、カッコつけて、女にモテたいがためだけにバンドを始める奴がいるなんて、俺にはどうしても信じられない」
突然何を言い出したのかと困惑する。
「カート・コヴァーンの言葉だ。おれは、おれのライブをそういう奴らから取り戻すんだ」
「それとこの、屋上がどう繋がるんだ?」
「おれは友達とバンドを組んで、メインステージでの演奏に応募した。ピースオブケイクスっていうバンドだ。だけど、メインステージの抽選から外れたやつが、勝手にバンド名を『ピッツァおでぶす』に書き換えたんだよ。そのせいで、出られなくなった」
「そんなことができるのか?」
僕が訊ねると、部外者のくせに五十嵐が声を荒げる。
「できるんだよ、それが。いつの時代も悪いやつは、悪いことを平気でやるんだよ」
でも、でもだ。だからと言って、翌日に屋上でゲリラライブをして良いという話にはならない。
「でも、どんな名前になっても胸を張ってライブをすればいいじゃないか。ピザオブデスに聞こえなくもないし」
「するつもりだったさ! でも、メンバーはおれだけじゃないんだ。他のメンバーが出るのを嫌がった」
五十嵐が、「なあ、狭間」と口を開く。
「お前だったら、できるのかよ。みんながびびって動かないっていうときに、お前だけは惑わされずに、強い気持ちで一人で動けんのかよ? お前にはそんな勇気があるのかよ?」
指摘され、僕は言葉に窮した。
僕は、痴漢の被害にあった子を見ても、びびって何もできなかった。
勇気はあるのか?
今になってやっと、風紀委員となり行動できるようになった。勇気を出すことには、準備と訓練が必要だ。
「お前がやれ」
五十嵐が肩にかけていたギターのストラップを外し、ギターごと僕に向ける。
「俺が手伝おうと思ってたけど、お前が一緒にやれよ」
「なんで?」
「そりゃあ、お前が俺が認めたギターボーカルだからに決まってるだろ」
友達に照れ臭さを隠すこともなく言われ、嬉しかった。
だけど、だから、わかったロックンロールしようぜ! とは言えない。
ちらりと、細見を見る。いいのか? 君はそれで。
「おれベースだし、音痴だから」
だからって、と二人の間で視線を彷徨わせる。
「僕は風紀委員なんだ。校内を巡回して、困っている人を助けたり、痴漢撲滅のためにパトロールしないと」
「でも、お前、笑ってるぞ」
指摘され、僕は自分のほほを触れる。
口角が上がっているような気もする。胸が高鳴っているのがわかる。
僕はなにを考えているんだ? 風紀委員じゃないか、と気持ちに蓋をしようとする。
だけど、僕は誰からも必要とされていない存在じゃないか。天宮先輩に拒絶され、人助けも自分のためだと指摘され、言い返すこともできなかった。
「風紀委員も結構だけどよ、お前は、お前にしかできないことがあるんじゃねえのか?」
「屋上でライブをすることが、なんの役に立つって言うんだよ」
「なんの役にも立たねえよ」
「じゃあ、なんでやるんだ」
「こいつと、文化祭で一発ぶちかますため、だよ」
五十嵐が細見の肩を叩くと、細見は大きく頷いてにやりと笑った。
「お前が、こいつに手を貸すんだったら、勝手に解散したことをちゃらにしてやるよ」
「それでも、今は風紀委員なんだ」
そう言いながら、心が揺らいでいるのを自覚していた。細見に同情してしまい、意地の悪い連中を見返してやろうぜと思っているからかもしれないし、五十嵐に許してもらいたいのかもしれない。
いや、正直に白状すると天宮先輩に必要とされず、やけっぱちになっていた。
自分のために人助けしたくて悪いのかよ? 許されたかったんだよ、うるせえ、馬鹿野郎! と言いたくて仕方がなかった。僕たちの間に信頼関係は生まれていなかったのか、と悲しくて泣きたかった。
「お前がやりたいことは、困ってる奴を助けることなんだろ? だったらこいつに手を貸すのと何が違うんだよ」
もう、考えるのが面倒だ。
「五十嵐、お前はさっさと失せろ」
「あ?」
「お前は他所の生徒だから問題になった時に扱いに困るんだよ」
「何が言いてえわけ?」
「さっさとギターをよこせっつってんだよ!」