第19話「俺が嫌いなのは、暴力とタピオカをバカにする奴と、お前だ」
キング7
「小南の言いたいことはわかる。なんで信用してくれないのか。それに上手くいきっこない、そう言いたいんだろ?」
「よくわかってるね。てっきり、信じてくれてないのかと思ってた」
小南を随分不機嫌にさせてしまった。
だとしても、この方法が一番だと自分に言い聞かせる。小南のループ問題の前に、俺のミスターコンテスト出場問題がある。そちらの方が差し迫っているのだから、仕方がない。
偽のハートのキング作成を頼み、テントを離れて校舎に戻ると、小南の予言通り、文化祭実行委員会から声をかけられた。
「ミスコン出場者に空きが生まれてしまったから、出てくれないか?」
ミスコンの打診を受け、小南はその手続きに行くと言って俺と別れた。
「公ちゃん、何があっても知らないから」
嫌な言葉を去り際に残されてしまったものだ。
小南と別れた俺は、古本市で店番をして時間を潰し、梅子の贋作を受け取りに行った。
「か、完璧でしょ」
「素晴らしいね」
再び古本市に戻り、偽ハートのキングを見る。写真の通り、王は剣ではなく花束を持っているし、古ぼけた色合いも綺麗に描かれていた。
手元が陰り、顔を上げる。
目の前に、巨大な岩が突如として現れたようで、思わず顔が強張った。
オールバックの髪型に長身で肩幅が広く、スポーツで鍛えたというよりも喧嘩にあけくれていそうな男が立っている。鷲鼻と細い眼からは、ただ見下ろされているだけなのに、威嚇されているように感じた。
「おっひさー、迎えに来たよ!」
オールバック男の影から兎耳山が現れた。
「この人は?」大男を見上げる。
「あっ、やきもち?」
「ここは餅屋じゃない。古本市だ」
「ホントにつれないね。こっちは百目木」
百目木と呼ばれた男がじっと俺を見据える。迫力がありすぎて、たじろいでしまう。
「俺は目だ。俺たちが目となり耳となり、ジャクソンに報告をする。これから、俺はお前をミスターコンテストに連れて行く」
「さっ、張り切って行こー!」
そんな二人に手のひらを向け、俺は静止するようポーズを取る。
「兎耳山、お前は俺にハートのキングを取り返したらチャラにする、そう言ったよな?」
「言ったのか?」と百目木が兎耳山に視線を移す。
「言ったっけ?」と兎耳山が俺を見る。
「言っただろ?」と俺は言い返す。
百目木が兎耳山の制服の襟を掴み、持ち上げた。小動物が首の後ろを掴まれたときのように制服が伸び、手がだらんとぶら下がる。
「言いましたー。ごめんって。どうせ無理だろうと思って。でも、筋は通るじゃない?」
「筋は通るが、ジャクソンに話は通したんだろな?」
「一応、許可はもらってるよ」
「本当だろうな? 俺が嫌いなのは、暴力とタピオカをバカにする奴と、お前だ」
「あーもう、うるさいな。っていうか、アンタは嫌いなものだらけでしょうが」
「さっきサプライズで告白をしているのを見たが、ああいうのも嫌いだ」
「誰も百目木の嫌いなものなんて聞いてないよ」
兎耳山が顔をしかめているが、大男は無表情のまま話を続けた。
「なあ、お前は自分が騙されていたと分かった時に、騙してくれてありがとうなんて思うか? 思わないだろ? 俺は利用されるのも嫌いなんだ。世の中、嫌いなものだらけで息苦しい」
「俺もサプライズは嫌いだ。相手が嫌がるかもしれないっていう想像力のない奴がやることだ」
すると、百目鬼はわずかに目を細めた。
「俺は友達が多い方じゃないがな」
「少ないでしょ」
「今日だけで気が合う奴に二人も会った。会話っていうのは大事だな」
「暴力が専売特許の人がよく言うね。この前、階段から人を突き落したのは誰だっけ」
俺自身は、楽しい会話が行われていると感じてない。これ以上面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。
手にしていた梅子作の贋作カードを机の上に置く。人差し指で机を二度叩くと、二人が同時にカードを注視した。
百目木が俺をじろりと見てから、贋作に手を伸ばす。
顔の前まで持っていき、細い眼を更に細めている。
「本物?」と兎耳山が訊ねる。
「本物だ」と百目木が頷いた。
「見つけたんだ。経路はどうでもいいだろ」
兎耳山が少し不機嫌そうに、ふうんと唇を結び、思案するように黙り込んだ。
兎耳山は、俺に責任を取らせ、ミスターコンテストに出場させようと考えていた。だが、それがふいになったのだ。新しい手を考えなければならないだろう。だが、俺にとってはどうでもいいことだ。既に自分は浪打際ではなく海岸を見下ろして座っているような穏やかな気持ちになってくる。
「ちぇー、適任だと思ったのになぁ。ほら、飛んで火にいる感じで丁度よかったのに」
「お前は、さっさと代打の代打を探せ。残り時間が三十分もないぞ」
俺を一瞥することなく、百目木は背を向けて歩き出した。
下唇を突き出し、兎耳山もそれに続く。一言も謝罪することなく、去って行こうとする彼らに苛立ちはしたものの、黙ってそれを見送る。
自分の中に溜まっていた毒を抜くように、細く長い息を吐き出し、椅子に深く腰をかける。自分の額にじんわりと冷や汗が浮かんでいるのに気づいて拭う。これで一安心だ。
小南には悪いが、俺は俺の問題をまず解決しなければならなかった。ミスターコンテストに出るなんて、冗談じゃない。誰が好んで注目を集めなければならないのか。
俺が何よりも嫌いなのは、自分が好奇の目に晒されることだ。
だが、ふと、今頃小南は何をしているだろうかと気になった。文化祭から抜け出せずに、一人で彷徨い続けていると言っていた。俺が手を引いたせいで、迷路に一人で残され、呆然自失としているのではないか、俺を恨むのではないか。
俺は、人付き合いが苦手だ。
今の選択は、大きな分かれ道だったのではないだろうか。
久々に幼馴染に頼られ、手を貸してもよかったのではないだろうか。
今からでも遅くないんじゃないか?
そう思いかけたそのとき、何か引っかかりを覚えて体が固まった。引いた波が、こちらに戻ってきている。百目木が右耳に手を添え、立ち止まっていた。
行き交う生徒の中、微動だにすることなく、俺を見据えている。頭の中で、雷雲の不穏なゴロゴロとした音が聞こえる。やばいぞ、でかい波が来る、と教えてくる。
後ずさりをし、頭の中で計算を試みる。何が起こっているのかは、わかった。だが、何故バレたのだろう。小南がリークした? いや、そんなことをする奴ではない。
背中が何かにぶつかった、と思った直後、両腕を後ろから掴まれた。
「ねーねーどこ行くの?」
首を曲げると、そこに唇の両端を吊り上げ、にたにたと笑う兎耳山が立っていた。
「お花を摘みに」「トイレはこっちじゃないよ」
「道草を食べに」「お腹を壊すよ」
頭の中に浮かぶ言葉を拾っては投げつけ、来るな来るなとあがく。そうだ、振りほどいて逃げればいいのだ。そう思った頃には目の前に百目木が立っていた。肩を怒らせ、憤然とした面持ちで、俺を見下ろしている。
「お前にはまんまと騙された。人を簡単に信じてはいけないな。お前がどうやって用意したか知らないが、これは偽物だ」
「これ、シールになってるんだね。すごい。ご丁寧に汚れまで再現してくれているけどさ、違うんだよね」
「何が?」
「裏面」
あっ、と声が漏れる。いくら梅子が精巧に作ったとしても、それは表、ハートのキングが描かれている側の話だ。何故裏面のことを考えなかったのか。自分の浅はかさに舌を打つ。
「本物は赤い格子柄だが、これは青い。一つ質問がある。どうして俺にこんな嘘をついたんだ?」
「ドッキリだ」