第12話「佐野くんに名誉節穴の称号を与えるよ」
ジャック4
いつもの倍速で歩く針ヶ谷さんの歩調に合わせながら、本校舎三階の文化祭実行委員が使用している教室へと向かった。キングが盗まれた現場だ。
「絶対にチクんじゃねえぞ!」
男子生徒の剣呑な声が、中から聞こえてきた。
そーっと扉の窓から中の様子をのぞく。
男子二名と女子が一名、なにやら揉めているようだ。
いつ潜入したものか、と様子を伺っていたら、いきり立っている短髪の男子生徒がこちらに向かってきた。
針ヶ谷さんと慌てて扉の前から移動する。
彼は教室から出て来ると、こちらを見ることなくずいずいと進んで行った。
離れる背中を見届けてから、針ヶ谷さんと共に教室の中に足を踏み入れる。
「すいません、今大丈夫ですか?」
男子生徒が一人、私たちの前に出てきた。
「なんでしょうか?」
「ところで、今のは? なんだか物騒な感じでしたけど」
文化祭実行委員の二人が目配せをし合って、話すか話すまいか躊躇している。
「私は新聞部の佐野で、こっちの隠れているのは針ヶ谷です」
隠れているという言い方が気に入らなかったのか、背中をつねられる。
「文化祭がジャックされた、という声明が出されたのを知って調査しているんですけど」
「針ヶ谷って、もしかして、ブルータス殺しとか水柴先生冤罪事件の?」
「ご存知なんですね。あれを解決したのは、ここの針ヶ谷さんです」
「まじですか」
ほら、よかったね、と目をやると、針ヶ谷さんは得意そうに私の背後から飛び出した。
男子が、お団子ヘアーの女子に視線を移す。
「話しちゃいませんか?」
女子生徒が、渋々といった様子で頷いた。
「副委員長をしています、一年の奈良です」
「一年生なのに、副委員長なんですね」
私がぽろりとこぼすと、奈良さんは「じゃんけんに負けまして」と肩をすくめた。
「ハートのキングがジャックにすり替えられたって聞いてきたんだけど、詳しく聞かせてもらえるかい?」
「なんで知ってるんですか!?」
「依頼人のことは話せないんだ。秘密にするから安心しておくれ。ところで、さっきのは?」
「――あの、絶対に秘密にするって約束してくれますか?」
「勿論だよ」
すると、奈良さんは机の上に置かれた封筒を手に取り、中身を机の上に取り出した。秘密を吐き出すように、写真がバサバサと現れる。
針ヶ谷さんが写真を一枚手に取り、じーっと観察し始める。覗き込んで確認してみると、それはどうやら飲食店の一室のようだった。席に着く五人の人、机の上には揚げ物やサラダなどが並んでいた。
「カラオケの後に、みんなで夕飯、みたいな感じだね」
なんの気無くそう言うと、針ヶ谷さんが顔をしかめて僕を見上げた。
「佐野くんに名誉節穴の称号を与えるよ」
「そんな汚名はいらないんだけど」
写真を私の顔の前まで持っていき、間違い探しの正解を教えるように、人差し指でぽんぽんと叩く。
「机の上、ジョッキと灰皿」
写真を確認する。「あちゃあ、これはこれは」
ビールとおぼしきものが入っているジョッキに、ピンクともオレンジともつかない色の飲み物が入ったグラスが並び、オマケに灰皿には煙草の吸殻があった。言い訳として、成人男性が混ざっていればよいのかもしれないが、グラスやジョッキの数の問題と赤い顔をした五人の顔は明らかに未成年だ。
「一時間くらい前にこの封筒が扉の隙間にささっているのに気が付いて、ミスターコンテストに出る予定の柳瀬《やなせ》くんじゃないか? って話になりました。それで今、確認をしたら本当だって言うから辞退してもらったんです。もし、ミスター苺原になってから不祥事がわかったら、大変ですから」
奈良さんがそう言って、大袈裟に溜息を吐いた。彼女曰く、呼び出して写真を見せると、最初は「はっ? 意味わかんねーし」を連呼していたが、その後に逆切れをして「チクったら殺すぞ」とまで言わらたらしい。
「度し難いね」
「でも、スカッとしないか?」
朴訥とした文化祭実行委員の男子が、指をパチンと鳴らした。銃のような形の手で、私と針ヶ谷さんを交互に指差す。
「このままだと、飲酒喫煙野郎がミスターになるかもしれなかったんだ。それを阻止するなんて、ジャックってちょっとすごくね?」
「そんなことを言わないでください」
「じゃあ奈良は、あいつがミスターになってもよかったって言うのかよ」
「それは違いますけど」
奈良さんは、困った様子で眉を歪めた。
「そのせいで、こっちはてんてこまいじゃないですか。抜けた穴を埋めないといけないし、代わりに出る人だって、ねぇ、まさかじゃないですか?」
「大丈夫だよ。あいつは黙ってればイケメンなんだから。盛り上がると思うぜ」
ちゃんと文化祭に参加している人たちは、大変なのだろう。それに対して私たちのなんと自由なことか。針ヶ谷さんが「それで」と声を発した。
「この写真以外に、何か残されてなかったかい? タロットカードとかトランプとか」
質問を受け、二人が顔を見合わせ、同時に首を傾げた。
「さぁ、この写真以外特には」と奈良さんが答える。
「あっ廊下の壁に妙なものが」と朴訥男子が答える。
奈良さんが「妙なもの?」と訊ねる。
「ステッカーが貼ってあったんだよ」
ぞろぞろとと、四人で教室を出る。
ミスターコンテストとミスコンテンスとの候補者の選挙ポスターのようなバストアップ写真と一言コメントが貼られている。その隣に、大きなステッカーが貼ってあった。盾のような逆三角形のマークの中にいる鳥と「LIVERPOOL FOOTBALL CLUB」の文字がステッカーには書かれている。
「昨日はなかったんだよ。気が付いたら貼ってあったんだ」
「え? どうして教えてくれなかったんですか?」
「別にいいかなと思って」
もう! と言いながら、奈良さんがステッカーを剥がす。
「リバプールフットボールクラブ、トートタロットの次は、サッカーチームのステッカーか。針ヶ谷さん、これって関係していると思う?」
そう訊ねたところで、ぶーっとポケットのスマートフォンが震えたので、手に取る。放送部長の瀧さんからメッセージが届いていた。
「針ヶ谷さん、新しい事件!」
針ヶ谷さんが考えるポーズのまま、視線をこちらに向ける。
「二年三組のお化け屋敷の幽霊に、マリリン・モンローのかつらが被せられたって」
針ヶ谷さんの眉間に生まれた皺が、深くなった。
「犯人は魔術師とサッカーとマリリンモンローが好きで、文化祭をジャックしている人物ってことかな?」
針ヶ谷さんは返事をせずに、眉根に皺を寄せた。
「そこで何をしてるんだい?」
背後で声がして、振り返ると、黒縁眼鏡がよく似合う、聡明な顔立ちをした男子生徒が腕を組んで立っていた。怪訝な様子で、私たちのことを見ている。
自己紹介と調査中であることを伝える。
「委員長の氷見です」
責任者と出会えるとはラッキーだ。更に、氷見さんは、私たちの存在を知ってくれているようで、好意的な反応をしてくれた。
「ハートのキングが盗まれたという話を聞いて調べにきたんだけど、それだけじゃなかったみたいだね」
「サッカー部の柳瀬の件か。全く困ったものだよ」
氷見さんが、ふーっと息を吐き出した。疲れが滲み、息になって排出されたように見える。
「俺も自分のクラスに寄って来たんだけど、主演のシンデレラのドレスが、切り裂かれていた」
「そんな!? 本当なんですか?」
私は驚き、自分の頬がひきつるのがわかった。
三年六組のシンデレラは、三年にしては気合が入っており、ドレスも手作りだという話を聞いていた。それだけに、予想外の事件にショックが大きかった。慌てて、手帳を取り出してメモを取る。
「管理はどうなってるんだい」
「脱いでハンガーにかけていたみたいだけど、誰かがずっと見張っていたわけじゃないからね。衣装を探しているふりをすれば誰でも切れただろうし、よそのクラスの生徒が来てささっとやられたのかもしれない」
「犯人の特定は難しいか。そういえば、そこに何か残されていなかったかい? かつらとかステッカーとか」
「何か? 知らないなあ」
「そうかい。ありがとう。おい、どうしたんだい、佐野くん。顔が青いよ」
「いや、ジャックは本当にそんなことをしたのかって驚いちゃって」
「確かに、今までのものに比べると、随分悪質だね」
そう言いながら針ヶ谷さんは文化祭実行委員が使用している教室の窓を全てを開閉し、鍵の状態をチェックし始めた。密室状態で、ハートのキングがジャックとすりかえられた、という話だったから何か痕跡がないか調べているのだろう。
謎がいくら増えても、果敢に立ち向かう針ヶ谷さんは、私の目には格好良く映った。
怯え、怖気づいている場合ではない。
針ヶ谷さんと、今度は扉へ移動する。扉は教室の前後の二つある。そこも、同様に鍵の状態を見たり、取り外しができないかを調べていた。鍵穴の状態を見て、ピッキングした跡があるかどうかや、何か形跡がないか確認しているのだろう。
「どうだった?」
氷見さんが声をかけると、針ヶ谷さんは首を横に振った。
「異常はないね。この教室の鍵も先生に借りて、帰る時に先生に返すっていう流れだよね?」
「そうだね。昨日は三年の森谷が最後に鍵を閉めて、担当の日下部先生に返しに行ったみたいだよ」
「今朝は?」
「今朝は日下部先生が開けてくれました。みんなの前で開けてくれたので、間違い無いですよ」
それがなにか? と奈良さんが視線で訊ねる。
「ありがとう」
針ヶ谷さんはそう言って、さっと踵を返した。
私も慌てて、文化祭実行委員の二人にお礼を言う。
「何か情報が入ったら協力しますよ」
氷見さんがそう言って、ポケットからスマートフォンを取り出した。私も自分のスマートフォンを取り出して、互いのメッセージアプリのアカウントを交換する。
ハートのキングを取り戻さなければ、イベントを行えない。
文化祭を台無しにするわけにはいかない。
廊下で私を待っている針ヶ谷さんに「無駄足だったね」と声をかける。
「ジャックは自由自在に移動する。まるで、学校のマスターキーを持っているみたいだ」
「計画的な犯行だとしたら、準備できなくもないか」
「ぼくの見立てが間違っていなければ、ジャックは学校の鍵の偽造なんてしないと思うんだけどねえ」
ふうむ、と相槌を打ちながら、思案する。
まだ彼女には、全貌や事件の裏は見えていないらしい。
私は、自分で謎を解くことはできない。興味を持ったとしても、能力がない。いくらミステリー小説が好きでも、いくら情報を集めても、ひらめく力がない。
だけど、針ヶ谷さんは凄い。普段は人見知りで引きこもっており、専門分野に詳しくなくても、苦手を克服するように人と関わり、最終的に真相を明らかにする。
私は、彼女と出会ってからそんな彼女を羨ましく思いつつ、いつもすぐそばで見てきた。
事件を解決した後、記事にするために針ヶ谷さんの推理する様子を、私は観察する。
針ヶ谷さん、君にこの文化祭が解けるかい?
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