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第13話「参戦だ参戦だ」

      クイーン4

 何を持って劇は成功だったと言えるのかはわからない。

 ただ笑えるだけとも、ただ悲しいだけとも違う。面白いと感動の絶妙なバランスが折り重なり、最高のボルテージに高まったところで劇は終了した。

 教室を揺らすほどの拍手喝采と、それに応える、美しいドレス姿の天宮先輩を見ていると、この劇は大成功だった、と強く思った。

 公演が終わり、数人を残してお客さんが帰っていく。残った数人は僕を含めて、出演者やクラスに友人知人がいる人らしく、数人が集まって話を始めている。

「どうだった?」

 ドレス姿の雨宮先輩に話しかけられる。お姫様の相手をしているような気持ちになり、そわそわしてしまう。

「とにかくチームワークが良いなと思いました。照明と音楽の息が合ってましたし。脚本も、あらすじは聞いてましたけど、まさかガラスの靴のすり替えミステリになるなんて思いませんでした」
「素敵な感想をありがとう」

 天宮先輩が笑顔になり、朝倉先輩がにやにやと小突いてくる。

「狭間、お前ずっと天宮に見惚れていた訳じゃないだろうな」
「ちゃんと警備もしていましたよ。天宮先輩も気にしていたようですし」
「天宮もリラックスした方がいいぞ。今日もまだまだ公演があるんだからな」

 朝倉先輩が豪快に笑ったが、僕はこれからが心配で仕方がない。

「いや、むしろ気を引き締めた方がいいですよ。犯人の脅迫を無視したわけですから、何か報復を仕掛けて来るかもしれません」

 天宮先輩を見ると、その辺の覚悟をしているようで力強く頷いた。

「嫌がらせがあるかもしれません。僕がそばにいるときは、何もさせませんから」
「よろしく頼むわ」

 朝倉先輩が、僕の肩を叩いた。重く、責任感がのしかかる。

「でも、腹が減っては戦ができぬだから、お昼を食べに行こうか。狭間くん、ちょっと待っててね」

 天宮先輩が舞台袖に向かい、着替えに行った。さすがに、ドレス姿では動きにくいだろう。見送っていると、「やあ、君が狭間君か」と声をかけられた。

 右手を挙げながら、眼鏡がよく似合う知的な感じの先輩が歩み寄ってきた。腕には文化祭実行委員の腕章がつけられている。僕はこの人のことを知っている。

「氷見先輩、お疲れ様です」

 文化祭のパンフレットにもちゃんと名前が乗っているし、風紀委員に挨拶にも来た。文化祭実行委員長の氷見先輩だ。

「朝倉から話を聞いたよ。一年生の君に任せてしまって申し訳ないね」
「いえ、それは全然」
「本当は一組だし、俺がサポートをできればよかったんだけど、実は文化祭実行委員でも問題が起こっちゃってね」
「問題? 大丈夫ですか?」

 訊ねると、氷見先輩は「あぁ、こっちはこっちでなんとかするから」と困ったように笑った。朝倉先輩が僕らを見ながら、「なぁ、なんで脅迫文が送られて来たんだと思う?」と訊てきた。

「うちの劇が人気になりすぎないように、他のクラスの奴らが脅迫してきた、とか?」
「僕は天宮先輩に個人的な恨みを持ってるっていう線が強い気がします。クラスではどんな感じなんですか?」
「お嬢様という感じだけど、気さくだから近寄りがたい感じはないな。美人だから逆恨みをされるっていうことはあるかもしれないから、なんとも言えんがな」

 氷見先輩も朝倉先輩と同意のようで、うんうん頷いていた。すると、「おまたせー」と制服姿で天宮先輩が戻って来た。

「じゃあ狭間君、よろしく頼むよ」

 先輩たちに見送られ、天宮先輩と二人で教室を後にする。

「たこ焼きだったら、水泳部が『海坊主』っていう屋台を出しているはずです」
「微妙に食欲がなくなるネーミングね」

 事実、校舎を出て校門から三年校舎まで伸びる屋台ストリートに着くと、色々な匂いに鼻をくすぐられ、口の中にじんわりと涎が湧いてきた。

 天宮先輩が水泳部のたこ焼き屋台に並ぶのを眺め、僕はなにを食べようかなあと考えていたら、肩に手を置かれた。

 反射的に、置かれた手首をねじり上げながら、振り返る。

「いててててててて」

 と相手が声をあげ、周囲がざわつき、我に帰る。

「狭間? お前、狭間だよな」

 ぞわっと毛が逆立つような気持ちになった。

 見ると、毛が逆立っているのは彼の方で、ワックスで髪をツンツンに尖らせている。革ジャンにジーンズにその髪型の人間は、シド・ヴィシャスか、かつての同級生しか知らない。

「五十嵐《いがらし》か?」
「そうだよ。お前の知ってる五十嵐だ」
「えっと、中学の卒業以来かな」
「遊びに誘ってもお前は出てこないからな。それより、そろそろお前の顔を見て話をしたいんだけど、いつ離してくれるんだ?」

 そうだったと手を離す。五十嵐は、「いててて」と言いながら、体をこっちに向けて顔を見せた。「お前はゴルゴ13かよ」と言いながら、僕の頭から爪先までを眺め、「と思ったけど、随分とまあ、大人しくなったもんだな」と苦笑した。

「そっちは相変わらずじゃないか。重いだろ、それ」

 太い鎖のウォレットチェーンや鋲のついたベルトを指差す。

「お前は、変わっちまったままだな」

 五十嵐が苦笑する。僕も苦笑いを浮かべるしかない。

「何しに来たんだ?」
「友達がライブをするっつうから見に来たんだ」
「ステージの時間割り、パンフレットの後ろに載ってるよ。なんてバンド?」
「ピースオブケイクス」

「知らないなぁ」一応パンフレットに目を通しているから、出演バンドも覚えているはずなのだが、記憶にない。

「お前は文化祭で何すんだよ?」
「僕は、委員会だよ」

 風紀委員の腕章を見せると、五十嵐は腰に手をやり、かぶりを振った。

「狭間くん、その方は?」

 名前を呼ばれ、振り返る。たこ焼きの入ったパックを持った天宮先輩が、五十嵐と僕を交互に見ていた。警戒の含んだ目つきをしている。

「中学時代の同級生です」
「そっけない紹介じゃねえの。一緒に暴れまわったのに」

 五十嵐が不機嫌な口調になり、「随分軟弱になっちまってまあ」と唇を尖らせた。女子の先輩といるだけで軟弱と言われるのには、少しむっとする。

「さっき五十嵐には勝っただろ?」
「そういう話をしてるんじゃねえよ。なんの説明もないままお前が抜けて、納得した訳じゃねえんだぞ」
「わかってるよ。悪かった。全部僕が悪い」
「俺はそういうことを言わせてえんじゃねえんだよ、なぁ」

 五十嵐に詰め寄られ、棘の生えた罪悪感が胸の中で転げ回り、ちくりちくりと痛む。

「二人とも、長くなる話なら、場所を移しましょう」
「白けた。俺はもう行くわ」

 そう言って、五十嵐は肩を怒らせながら去って行った。人混みの中に消えていくのを見送りながら、ふっと息を吐き出す。

「大丈夫?」

 天宮先輩に促され、屋台ストリートのそばにあるベンチに並んで腰掛けた。

「食べる?」

 天宮先輩が爪楊枝の刺さったたこ焼きを僕に向けてくれた。どうしようかと思ったが、素直に頭を下げて一ついただいた。香ばしい風味が広がり、ソースの旨味が口に広がる。美味しかったけど、笑顔を作ることはできなかった。

「少し意外だったな」
「何がですか?」
「別に見かけで人を判断したいわけじゃないけど、狭間くんのお友達のタイプには見えなかったから」
「あぁ、五十嵐は確かに、こう、尖ってますからね」

 髪をつまんで、逆立てると、天宮先輩がそうね、と頬を緩めた。少し笑ってもらえたので、ほっとする。

「あいつは、見かけ通りのやつですね」
「誤解されやすい、とかじゃないんだ」
「基本的に口調が荒っぽくてすぐにかっとなって、参戦だ参戦だって言う、うるさい奴です。でも、中学生の頃は、僕も多分あんな感じでしたよ」
「あんな感じ?」

 天宮先輩も、自分の髪の毛をつまんで尖らせる。なんだかおかしくて、僕もやっと頬が緩んだ。

 自分の中に沈殿していたものがゆっくりと浮上し、苦々しい気持ちになる。天宮先輩はそれ以上追求してくることはなく、「食べる?」とたこ焼きを更に勧めてくれた。

「それにしても、こういう食べ物って、イベントならではだよね」]
「でも、たこ焼きだったらたまにしませんか?」
「たこ焼きを? 家で? 家族、仲良いのね」
「悪くはないと思いますけど」

 親の言動にいちいちむっとしていた時期もあったが、反抗期は終わってしまった。そのこと自体に特に意味を持てなかったし、大人とは何か、という摺合せを子どもなりにしていた時期なのだと今だったら思える。

「天宮先輩は親が見に来たりしないんですか?」
「どうかな、忙しいみたいだから」

 高校生だし、僕だったら同級生に親と一緒にいるところを見られるのはどうにも気恥ずかしい。だけど、声色から察するに来てほしいようで、ちょっと意外だった。

「ドレス姿も綺麗ですもんね」
「君はさらりと、たらしなことを言うのね」

 自分の言ったことを反芻し、耳が熱を持つ。

 高校生活、一年目の文化祭で僕は三年の先輩と仲良く昼食を共にしている。楽しい時間であることは間違いない。他愛ない話をし、ご飯を分け合って食べ、感想を口にしている。

 だけど、脳裏にかすめる。僕は笑っていてはいけない。楽しんでいてはいけない。五十嵐が言っていたように、僕はどこまでも自分勝手だ。

 空になった容器を近くのゴミ箱に入れ、教室へ戻る。

 三年二組の教室に戻ると、廊下に人だかりができていた。

 また、開演前の列かと思ったが、やって来た僕らに、正確には天宮先輩を見る人の目には輝きがなかった。視線に籠っているのは、歓迎や羨望ではなく、憐憫と同情の色がにじんでいる。不審に思っていると、「二人とも、来てくれ!」と僕らに気づいた朝倉先輩の声が飛んできた。

 朝倉先輩が作ってくれた道を天宮先輩が駆けて行く。後方を注意しながら、教室に続くと、入り口に立ち止まっていた天宮先輩にぶつかってしまった。

「すいません」

 返事はない。目を大きく見開き、口に手をやり、何かを見ている。

 何かある、と悟りながら視線を移す。

 そこには、ビリビリに破かれたドレスがあった。凄惨な出来事を物語るように、生地には穴が開き、ほつれた糸がだらしなく数本垂れている。女子生徒がそのドレスを抱きしめて嗚咽をもらしていた。

 すっと前に進み、天宮先輩が女子生徒の肩に手を添えながらしゃがみこんだ。

「このみちゃん、辛いね」

 このみ、と呼ばれた女子生徒が、真っ赤にした目で天宮先輩を見つめ、子どもが母親に泣きつくように、天宮先輩に抱きついた。天宮先輩が、「辛かったね、許せないね」と声をかけながらそれに応じる。

 悪意が蠢いている。生きていれば、嫌でも目に付く人間の悪意だ。

 それが、よりにもよってこんな時に、こんな形で侵食してくるとは。いつの間にか、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握りしめていた。

「ふざけた野郎だ。ぶっ殺してやる」

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