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第23話「二度逃げることが恥」

「悪いけど、私はみんなのことを、自分に従う都合の良い人間としか思ってないの。劇の配役だってくじで決めたんだけど、本当は仕込んだの。自分がシンデレラ役をやりたかったから、細工をしたの」

 そこまでしてシンデレラをやりたかったのか。でも、そのことにどう反応していいのかわからない。

「シンデレラ、好きなんですか?」
「そういうことを言ってるんじゃない!」

 女の人は何を考えているのかわからないなと思うことはあるけど、今日ほどそれを痛感したことはない。

「でも、なるほど。それで脅迫をされていたってことですか」

 資格がない、と言っていたのはそういうことか、と納得する。それが誰かにばれていたのだろう。

「先輩、本当はそういう性格なんですか?」
「どういう性格?」
「高飛車というか」
「悪い?」
「別に悪かないですけど」
「ですけど?」
「大変そうだな、と思って」

 天宮先輩が、なんだか露悪的に頬を歪めた。

「自分たちで考えないで、なんでもかんでも私に頼ってくるし、何かを決めるときはわたしに決めさせるし、その癖こっちの一挙手一投足に注目をして揚げ足を取ろうとしたり、美人だって鼻にかけてるとか下らない僻みを言っているような人もいる」

 ひとしきりまくしたてると、「だけどね」と僕を見据えた。

「私はこうやって生き抜いてきた」

 生きるために、強くなろうとしてきた。でも、それが強がり、ではないのか。悪いことだとは思わないけど、しんどそうだなと思ってしまう。

「先輩、家でも猫被ってるんですか?」
「家族に嘘をついてることに罪悪感はないか、とか言いたいわけ?」
「いえ、誰にも素を見せないのって、ずっと心が休まらなさそうだなと思って」
「何が言いたいのよ?」
「僕は何が言いたいんでしょうか?」
「知らんわ!」

 先輩がぶすっとした様子で僕を睨む。

「私はあんたと違って、理想を押し付けられてるの。友達の理想、親の理想、そういうもんを背負ってるの。頭も良くないといけない。人当りよく振る舞いをしなきゃいけない。期待とプレッシャーに応え続けてきてんのよ。あんたみたいに、人助けにやっきになれるようなお人好しで真っ直ぐな人間じゃないわけ。悪かったね」

 でもそれってゴールはどこにあるんですか? いつ、先輩は解放されるんですか? その疑問は喉まで出かかったが飲み込んだ。その代わり、訂正しなければいかないことがあるので、それを告げることにした。

「僕はお人好しという訳じゃないですよ」

 天宮先輩が黙っているので、説明を重ねる。

「僕は格好いい人間になりたかったですよ。だけど格好いいって言うのは、外見じゃないんだと思い直すようになって。格好いいっていうのは、恐怖に負けずに自分の信じた行動を取る人のことなんだと思うんです」

 天宮先輩が壁に背を預け、僕を見据えている。表情は硬いけど、真剣に聞いてくれているのだと思う。

「中学生の頃、僕はまぁ年相応に背伸びをしてました。かっこつけたかったし、女の子にもモテたかった。人より秀でた才能が欲しかったし、他人と違う自分になりたかった。ギターとか弾いてバンドも組んでいたんですよ。だけど、忘れもしません。中学校三年の時の文化祭で、僕は最低のことをしました」

 今ならとても冷静な気持ちで振り返ることができる。いや、冷たく自分自身を省みることができるようになった、という方が適切なのかもしれない。

僕は僕を許さないでいられるようになったということだ。

「文化祭に他校からの生徒もたくさん来ていました。そんな中で、大人しそうな眼鏡をかけた女子生徒と目が合ったんです。彼女の前には、高校生くらいの男子生徒が二人いました。ただのナンパだろうと思って放置したんです。だけど、その後に僕は用事で入った教員室で彼女を見かけました。先生たちの話だと、男二人組の痴漢がその子のお尻を触って逃げたそうでした。泣いている彼女を見て、僕は思ったんです。最低だ。痴漢に怯えていた女子生徒を見捨てたクズです」

「でも、それは、そのときは痴漢だってわからなかったんでしょ?」

「いえ、多分僕はどこかで恐怖を感じていたんですよ。男二人に詰め寄って、返り討ちに遭うのが怖かったんだと思います。暴力を受けたり、恥ずかしい思いをするのが嫌で、逃げたんですよ」

 言葉を区切り、一拍置いてから「でも」と続ける。

「一番恥ずかしいことは、二度逃げることだ。そう思うんです」
「二度逃げることが恥、ね」
「道場に通い始めたとき、朝倉先輩に言われました」
「あんたにとっては先輩でも、私の能天気な同級生じゃない。良い言葉だなって思ったじのに、なんか複雑だわ」

 やっと天宮先輩が笑顔を見せてくれた。

 なんだ、子供みたいに笑うんじゃないか、と僕は少しほっとする。

「うちはね、お姉ちゃんばっかり、構われてるから、どうしてもこの文化祭で目立ちたかったのよ。父親に認められたかったの」
「それで、シンデレラ役を仕組んだり、ミスコンに出るんですね?」
「ミスコンは、わたし以外ありえないでしょ?」

 自信満々な様に思わず吹き出す。なんだか腹を割って話せていることが、心地良くて嬉しい。猫を被っていない天宮先輩との会話の方が、僕はリラックスできている。

「僕は今の先輩の方が結構人間臭くていいと思いますよ」
「隙間のくせに生意気だよ」

 天宮先輩が僕の肩をぱしっと叩く。

「狭間ですってば」

 そう言い返しながら、伝えなければならい言葉を慎重に組み立てる。

「劇のくじ引きでズルをしたってことを、みんなに言いましょう。そうすれば、相手は脅迫材料はなくなります」

 天宮先輩が、僕をじっと睨むように見つめる。

 お願いですから、どうか、と僕は願う。

「話を聞いてた? 絶対に嫌だからね。私は認めてもらいたいの」
「それでもズルは良くないですよ。自分に恥じる行いは、絶対に後悔しますよ。僕みたいにならないでください」
「私は、あんたが思ってるような人間じゃない。理想を押し付けないでよ」
「いいえ、そんなことはありません」
「あんたに私の何がわかるわけ」

「先輩はいい人ですよ」

 天宮先輩は何も言わずに、僕に背を向けてごろんと横になった。僕も壁に背をつける。聞こえないようにそっとため息を吐き、目を閉じる。

 天宮先輩の顔は冷ややかだった。僕の言葉は足らず、彼女の心に届かなかった。

 僕は先輩に何を伝えられるのだろうか。苦しそうな顔を晴らしたい。一秒でも多く心から笑える時間を過ごしてもらいたい。そのために、何を伝えられる。何ができる。

 横になりながら思い浮かぶのは、近くて遠い先輩のことだけだった。

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