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『あくまでも探偵は』シリーズのおはなし

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2021年1月15日『あくまでも探偵は」発売 2021年1月24日重版&シリーズ化決定 しかし、あれから一年が過ぎてもまだ、続刊は発売されていない。 チームは今や半分以下。彼らに… もっと読む
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2020年10月の記事一覧

百万円ゾンビ(2稿−14)

百万円ゾンビ(2稿−14)

     14   

 駅前広場のベンチに戻り、ぼーっと人の往来を眺める。知らない人たちで溢れている。この町には、たくさんの人がいる。大人も子供も、良い奴も悪い奴もいる。ぶつかり合いも起こるけど、僕はできれば、誰も傷つかない町であって欲しいと祈る。

「よお」と森巣が手をあげてやって来た。
「やあ」と僕は返事をする。

 休日の森巣は白いシャツに細身の黒ジーンズというシンプルな格好だった。着飾っ

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百万円ゾンビ(2稿−13)

百万円ゾンビ(2稿−13)

       13

 男はこの世の悲しみに打ちひしがれるように、がっくりと肩を落として固まっていた。かれこれ、十分以上ぴくりとも動かずに地面を見つめており、通行人は心配する声をかけることもなく、集まって期待の眼差しを向けている。それは彼が道化の格好をしているからだ。

 若いカップルが立ち止まり、男の方が「前にも見たんだけど、すげーんだよ」と恋人の女に自慢げに話す。女は早く買い物に行きたかったが

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百万円ゾンビ(2稿−12)

百万円ゾンビ(2稿−12)

    12

「お金を脅し取るっていうのは、感心できませんよ」

 友達が被害者になり、仕返しがてら金儲けをするのは正しい道ではない。口実が欲しかっただけではないか。

「やられたことをやり返してやりたかったんだよね。逆らえない相手に法外な値段を請求される気持ちを味わってもらいたかたんだ」
「で、あなたは百万円で何を買うんですか?」

 僕が軽蔑していることに察してか、ピエロが「あー」と納得する

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百万円ゾンビ(2稿−11)

百万円ゾンビ(2稿−11)

       11

 僕と彼の間には、見えない壁がある。彼は、透明の壁の存在に気づくと首を傾げ、不思議そうに空中を叩いた。この見えない壁を回り込めるのではないか、と手のひらで壁を触れながら少しずつ横にずれていくが、終わりが見えてこない。

 どこまでもどこまでも、永遠に見えない壁が続く。

 遠くからではわからなたかってけど、目の前に立つと瞼の上から縦に引かれた線や、頬に描かれた涙のマークが見え

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百万円ゾンビ(2稿−10)

百万円ゾンビ(2稿−10)

       10

 自分の失態を報告するのは辛いものだ。

「逃げられちゃったのは平くんのせいじゃないよ」

 自分の失態を優しく慰められるはとても沁みる。面目ないとはまさにこのことで、恥ずかしくて小此木さんの顔を見られなかった。小此木さんは俯く僕に、「しょうがないって」としきりに声をかけてくれる。

「相手の足が速かったんだから」
「足が遅くてごめんなさい」
「ドンマイ、切り替えていこう!」

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百万円ゾンビ(2稿−9)

百万円ゾンビ(2稿−9)

      9

 マスクをした見ず知らずの女性から「見てた」と言われた。

 何を? 慌てて頭の中で、記憶の蓋を引っくり返して回る。「内密にお願い致します」というゾンビからの手紙を思い出す。もしかしてこの人は僕が何かの秘密を漏らさないでいるか監視しているのではないだろうか。

 警戒しながら立ち止まっていると、金髪女性はマスクを下にずらして笑顔を見せ、軽快な足取りで近づいてきた。まだ二十代前半く

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百万円ゾンビ(2稿−8)

百万円ゾンビ(2稿−8)

      8

 僕は口が固い。秘密は守る。念押しで百万円をもらうような秘密はない……はずだ。

「内密にしてほしいみたいですよ」
「何を?」

 首を傾げる。

 百万円だけではなく、誰かの秘密を握っている、そう考えたらとても居心地が悪くなってきた。
 はっとし、今この瞬間も僕が何か秘密を漏らさないか監視している人がいるのではないか、と不安になって背後を確認する。飲食スペースは比較的空いてて、

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百万円ゾンビ(2稿−7)

百万円ゾンビ(2稿−7)

       7

 膝の上のボディバッグに入っているものが、お金ではなく爆弾に思えてきた。今にもドカンと爆発するのではないか、と気が気ではない。一市民、一高校生の僕ができることは何か?

「警察に行きましょう」

 それが手持ちの駒で唯一指せる手である、というか手持ちに駒なんてないのだから、それしかない。そう思ったのだけれど、小此木さんは静かに首を横に振った。

「まだ早いよ。考えてから決めよう

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百万円ゾンビ(2稿−6)

百万円ゾンビ(2稿−6)

       6

 百万円だけではパンチが足りないと思ったのか、男はゾンビになって戻って来た。頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。

 僕の混乱におかまいなしに、ゾンビが通りかかったカップルの男に抱きついた。

 二人の世界に闖入してきたことに腹を立てたのか、男がゾンビをどんっと突き出し、文句を言っている。が、ゾンビにコミュニケーションをする気はないようで、再び両腕を伸ばして接近を開始した。

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百万円ゾンビ(2稿−5)

百万円ゾンビ(2稿−5)

       5

 小此木さんがしゃっしゃと鉛筆を走らせる。爽快な音と共に、テーブルの上のノートに写実的なタッチで男の顔が描かれていく。

「わたし、その人の似顔絵を描くよ」と小此木さんが言い出したとき、「どうしてまた」と首を傾げた。意味があるのだろうかと困惑していると、小此木さんが「来ると思うんだよね」と予言めいたことを口にした。

「気が変わったから、やっぱり百万円返せってこともありうる」

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百万円ゾンビ(2稿−4)

百万円ゾンビ(2稿−4)

       4

 強盗事件があり、逃走中に証拠を隠す為なくなく金を僕に押しつけた、というようなことはないだろうか、と想像してしまう。

 スマートフォンを操作し、ニュースサイトを表示する。見出しをチェックしてみたが、「銀行強盗事件が発生。犯人は桜木町方面へ逃走中」というものはない。隣を見ると、同じくチェックをしている小此木さんが、神妙な顔をしている。

「何かありました?」
「良いニュースと悪

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百万円ゾンビ(2稿−3)

百万円ゾンビ(2稿−3)

       3

 初めてのライブ……みんな百万円のことばっかり言うけど、僕は自分の曲で誰かと繋がったことと、演奏を立ち止まって聴いてくれていたことの存在が重要だったかな。

 と、将来の自分が足を組んで感慨深そうに語っている姿は想像できないので、妄想を仕舞い、どうして僕は百万円を渡されたのだろうか? という謎に目を向ける。

「百万円は、やっぱり額が大きすぎるよねえ」

 隣に座る小此木さんは

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百万円ゾンビ(2稿−2)

百万円ゾンビ(2稿−2)

       2

 駅前広場に並ぶベンチの一つに座り、呆然とする。

 が、すぐに、ぼうっとしている場合ではないよな、と我に帰る。僕は駅前で三十分弾き語りをしただけだ。やましいことをしたわけではないけど非常に居心地が悪い。さりとて、どこに行くべきかわからない。

 そっと膝の上のボディバックを開く。中には、財布とハンカチ、そして膨らんだ茶封筒が入っている。そっと手を入れてみると、独特な紙のざらつ

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百万円ゾンビ(2稿−1)

百万円ゾンビ(2稿−1)

 森巣! お前、来ないのかよ!

 そう叫び出したいけど、勿論叫んだりしない。歌詞にそんな言葉はないからだ。が、歌詞を変えて心の叫びを歌ったところで、誰も気にしてくれないだろう。

 僕は今、観光客の行き交う桜木町駅の駅前広場で、弾き語りをしている。
 何故か?

「平はギターを弾くんだよな。上手いのか?」
「家族以外の前で弾いたことないけど、一応は特技だと思ってるよ」
「ライブはしないのか? 弾

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