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百万円ゾンビ(2稿−2)

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 駅前広場に並ぶベンチの一つに座り、呆然とする。

 が、すぐに、ぼうっとしている場合ではないよな、と我に帰る。僕は駅前で三十分弾き語りをしただけだ。やましいことをしたわけではないけど非常に居心地が悪い。さりとて、どこに行くべきかわからない。

 そっと膝の上のボディバックを開く。中には、財布とハンカチ、そして膨らんだ茶封筒が入っている。そっと手を入れてみると、独特な紙のざらつきを感じる。やっぱり、あるよなあ、と自分の眉が情けなく歪むのがわかった。

 まいったなあ、と目を揉んでいると、とんとんっと肩を叩かれた。
 驚いてびくんと体が飛び跳ねる。

「ちょっとびっくりしないでよ、びっくりするから」

 視線を向けると、大人っぽい紺色のシャツワンピースを着て、黒のトートバッグを肩にかけた姿小此木さんが怪訝な顔で立っていた。

「小此木さぁん」と我ながらとても情けない声が漏れる。
「あー、まあ最初のライブだったんだから、仕方ないんじゃないかな」

 小此木さんが柔らかい笑みを浮かべ、僕の隣に腰掛けた。何から説明をしたものか、と考えあぐねながら茶封筒を握りしめる。

「二時五十分にはちゃんと着く予定だったんだけど、想定外のことって起こるものね。ごめんね、約束したのに来れなくて」
「ああ、いえ」

 日曜に弾き語りをすると伝えると、小此木さんは「応援に行くよ」と言ってくれていた。三時になっても現れなかったけど、その理由はちゃんと連絡をしてくれたし、駅からアナウンスも聞こえたので知っている。信号機の故障があったらしい。

「来てもらえて助かりました」
「間に合わなかったのに?」
「実は聞いてもらいたいことがあるんですよ。僕も想定外のことがありまして」
「そうだよね。最初は思った通りにいかないよね。野次を言われたり、何か投げられたりしたかもしれないけど、そういうのは早く忘れた方がいいよ」
「いや別に何も投げられてませんよ」
「そうなの?」
「野次もなかったですし」
「暗い顔してるから、てっきり」とほっとした様子で、小此木さんが表情を緩めた。

 ご心配をおかけしてすいません、と思いつつ、これからもっとご心配をおかけすることになることへ心苦しさを覚える。

「成功したなら、もっと嬉しそうにしてればいいのに」
「成功、うーん。じわじわ、人も立ち止まってくれるようになって、小さい女の子が五円玉をギターケースに入れてくれたりして嬉しかったんですけど」
「すごいじゃない。初めての演奏でお金をもらうなんて、なかなかないことだと思うよ」

 確かにその通り、投げ銭をしてもらえたのはとても嬉しかった。この界隈には大道芸人の多いので、あの子もきっとその文化を知っていて、応援してくれたのだおる。五円くれるのはささやかで可愛らしいし、小さい子が応援してくれるのはとても心強かった。

 だけど、問題はこの後だ。

「でも、それだけじゃないんですよ。終わりの挨拶をしたら、離れたところでじっと僕のことを見ていた男の人が近づいてきて、封筒をギターケースの中に入れたんです」
「おお、今度はファンレター?」
「終わってから封筒の中を見たら、札束でした。多分百万円です」
「百万円かぁ、ほー、それはすごいねぇ」

 つまらない冗談だと思ったのだろう。小此木さんが困惑しつつも、僕を慰めよう思ってか優しい笑みを浮かべている。じっと見つめていると、それで、その話のオチは? と促すように小首を傾げた。僕は、オチはないですよ、とかぶりを振り、真剣に困った顔になる。

 ボディバッグのファスナーを開け、茶封筒を取り出す。周囲を確認してから、そっと小此木さんに差し出した。怪訝な表情を浮かべつつ、小此木さんが茶封筒の中を覗き込む。

 そして、すぐに顔を上げた。
 ぱっちり二重の目が、かっと見開かれている。大きな瞳は揺れ、頬を引きつらせていた。

「冗談でしょ?」
「ジョークグッズかも、と思って何枚か抜き出して確認してみたんですけど、すかしも入ってましたし、ホログラムもありました。だから、多分」
「本物?」

 うなずき、「来てくれて本当に助かりました。これ、どうすればいいと思います? ずっと一人で悩んでたんですよ」と訊ねる。
 小此木さんが茶封筒をしげしげと見つめてから、僕の手を取り、強く握った。どきりとしつつ顔を見ると、小此木さんがなんだか熱のこもった表情を浮かべていた。

「ねえ、もう一回演奏してあと百万稼がない?」
「いやいや」
「マネージャーをやってあげるよ」
「いやいや」
「取り分は半々でいいからさ」
「いやいや」

 半々は持って行きすぎでは?

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