『モリス』(講談社リデビュー小説賞受賞作:改稿中)

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100万円ゾンビ(初稿−10)

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 マスク越しのくぐもった声で、見ず知らずの女性から睨まれながら、「見てた」と言われた。頭脳が猛スピードで回転し、何を? と考えを巡らせる。

 手紙に書かれた「内密にお願い致します」という文面を思い出す。このマスクの女性が、僕が何かを秘密にできるかの見張りなのだろうか?

 警戒しながら立ち止まっていると、女性はマスクを下にずらして笑顔を見せながら、近づいてきた。まだ二十代前半くらいだろう

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100万円ゾンビ(初稿−9)



 僕は口が固い。秘密は守る。だけど念押しで百万円をもらうような秘密はない……はずだ。

「内密にしてほしいみたいですよ」と僕は少し小さな声を発する。
「何を?」
「さあ」それしか言葉がない。

 はっとし、それとなく背後を伺う。僕が何かを秘密を漏らさないか監視している人がいるのではないか、と確認する。飲食スペースは比較的空いてて、テーブル席に五人しかいない。親子三人と、カップル二人だ。

 

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100万円ゾンビ(初稿−8)



 膝の上のボディバッグに入っているのは百万円だが、それが爆弾に思えてきた。ドカンと爆発するのではないか、と気が気ではない。僕はただ、事件に巻き込まれているだけだ。一市民、一高校生の僕が、爆弾をいつまでも抱え、怯えている必要はない。

「警察に行きましょう」

 それが手持ちの駒で唯一指せる手である、というか手持ちに駒なんてないのだから、それしかない。そう思ったのだが、小此木さんは露骨に顔をし

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100万円ゾンビ(初稿−7)



 百万円をくれるだけではパンチが足りないと思ったのか、男はゾンビになって戻って来た。頭の中が、「何故」で埋め尽くされていく。

「何故百万円をくれたの?」「何故戻って来たの?」「何故ゾンビの真似をしているの?」「何故人を襲っているの」「何故襲い続けているの?」

 僕の疑問におかまいなしに、ゾンビは動き回り、通りかかったカップルの男に抱きついた。
 二人の世界に闖入してきたことに腹を立てたの

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100万円ゾンビ(初稿−5)



 うそうそ、と再び小此木さんが冗談っぽく笑い、そして「そーねー」と腕を組んだ。

「貯金する」
「堅実ですね」
「つまらないって思ったでしょ?」
「店中のパンを買い占めるって言うかと思いましたよ」
「さすがに、そんなに食べきれないよ。五個だけで満足」

 トレイの上に並ぶパンを眺めながら、五個だけで満足、と言っていいのかと苦笑する。五個もあれば満足、の言い間違いではないか。

「貯金はするけ

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100万円ゾンビ(初稿−4)



「腹が減っては戦ができぬだしさ、ご飯食べない? 実はお昼を食べ損ねてて」
「戦はしませんけど、僕もお昼食べてないんで、そうしましょうか」

 二人で駅前にあるパン屋へ入る。小麦とバターの香りがする店内で、トングを持ってうろうろ歩きながらパンを選ぶときは、ウキウキしてしまう。

「それだけでいいの? 百万円あるんだから、たくさん買えばいいのに」
「いや、これは僕のじゃないですし」
「良ちゃんだ

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100万円ゾンビ(初稿−3)


 
 駅前広場に並ぶベンチの一つに座り、呆然とする。が、すぐに、ぼうっとしている場合ではないよな、と我に帰る。僕は駅前で弾き語りをしただけだ。やましいことをしたわけではないが、非常に居心地が悪い。さりとて、どこに行くべきかわからない。

 そっと膝の上のボディバックを開く。中には、財布とハンカチ、そして膨らんだ茶封筒が入っている。そっと手を入れ、触れて見る。やっぱり、あるよなあ、と自分の眉が情

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100万円ゾンビ(初稿−6)



 小此木さんがしゃっしゃと鉛筆を走らせながら、「二重の垂れ目ってこんな感じ?」と質問してきたので、「そうですね、で、もう少し眠そうな感じなんですけど」と伝える。了解了解、と小此木さんが小さく頷き、再び鉛筆の爽快な音が鳴る。テーブルの上に置かれたクロッキー帳に、デフォルメされたイラストチックではない、写実的なタッチで男の顔が描かれていく。

「わたし、その男の似顔絵を描くよ」と小此木さんが言い

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100万円ゾンビ(初稿−2)



 ギターを構え、目を閉じる。ピックで弦を弾き、メロディに言葉を乗せる。伝えたいことを、丁寧に歌い上げれば、音楽は響く。

 ビートルズのルーフトップコンサートじゃなくたって、駅前の弾き語りでも、人の心に届くはずだ。

 ……そんな風に思っていたのだが、理想と現実は違った。

 桜木町駅の東口は、タクシー乗り場やバスターミナルのある大きな広場になっている。ランドマークタワーや赤レンガ倉庫のよう

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100万円ゾンビ(初稿-1)



 趣味は何? と聞かれるときがある。

 当たり障りのない質問だし、本当に知りたいのか疑問に思う。それはただの場をつなぐ為の言葉で、料理を食べて、「美味しいです」だけでは感想として味気がないから「隠し味とか入れてますか?」と訊くようなものだ。

 そんな無味乾燥な質問に対して、どう答えるか少し悩む。素直に答えるべきか? 当たり障りのないことを言うか? でも、僕の趣味は別に恥ずかしいことではな

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