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クビキリ(2稿-4)

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「見て見ぬ振りができなかったんですよ」
「先生もだ」
「じゃあ先生も助けてくれるんですね」

 僕は、困っている瀬川さんのことを、見て見ぬ振りができなかった。力になりたいと思った。先生もそう思いませんか? と見つめる。そうだ、わかるぞ、と力強く頷いてもらいたかった。

 柳井先生が手にしているチラシを見つめている。若く、くだけた口調で話をするし、世間話や冗談も言う。先生だけど親近感を覚えるから、生徒からの人気も高い。優しくて気さくな人だなあ、というのが僕の柳井先生に対する印象だ。

「助けてあげると言ってあげたいけどさあ、平ちょっと、まずいなあ」

 柳井先生が頭をかきながら、顔を上げる。チラシを見たぞ、先生も協力をしよう、という熱意のようなものはなく、眉と唇を歪め、難色を示しているが明らかだった。

「学校でこういうのはちょっと、なあ」
「ダメなんですか?」
「ダメなんだよ」
「どうしてもですか?」

 聞き分けのない僕に、弱ったなあと柳井先生が顔をしかめる。眉根に皺が寄る音が聞こえてくるようだった。

 僕は瀬川さんの犬を探すためのチラシを校内の掲示板に貼って回った。それがまずいことだったようで、「誰がこれを貼ったんだ?」「平が貼ってるのを見ましたよ」という流れで呼び出しをされるに至った。

 職員室に名指しで呼び出されるのは初めてのことだ。周囲を見ると、先生たちはみんなそれぞれ机に向かって何かをしているので僕のことを気にしていないようだ。僕の他にお説教をされている生徒はいないし、なんだか自分がとんでもないことをしてしまったような気がしてきた。居心地が悪く、なんとなく息苦しい。「平」と名前を呼ばれ、はっとして柳井先生に視線を戻す。

「はい、なんでしょう?」
「なんでしょうって、このチラシのことだけどさ」
「ですよね、はい」  
「学校は勉強する場所だからさ。学校の掲示板にこういう関係のないものを貼られるのを、見て見ぬふりをできないんだよ」
「でも、ボランティア募集のポスターもあるじゃないですか」
「あれは、高校の課外活動の一環だから」
「でも、瀬川さんが困ってるんですよ」
「先生だって、意地悪で言ってるんじゃないんだ。ご近所だから瀬川が犬の散歩してるのに会ったこともあるし」
「だったら、なんとかなりませんか?」

 同級生の瀬川さんはクラスの委員長を務めていて、困ったらいつでも話しかけてねと言わんばかりの優しい笑顔と雰囲気をいつも身にまとっている。リーダーシップがあり、クラスを盛り上げるタイプではないけれど、彼女が委員長なら穏やかなクラスになるぞ、とみんなが感じているのではないかと思う。

 そんな瀬川さんは、二日前の月曜日から元気がなかった。顔色も悪く、どこか思いつめたような表情をし、同級生と談笑をしていてもどこか上の空に見えた。それがどうにも気になった。

 これは僕の性分だと思うのだけれど、困っている人を見たら放っておくことができない。見て見ぬ振りができない。

 別に、自分の力を誇示したいとか、感謝をされたいというわけではない。むしろ、力不足だった、と自分の無力さに落胆することの方が多い。妹から「困っている人のせいで、お兄ちゃんが一番困っているよね」としみじみ言われている。その通りかもしれない。それでも、後から「あのとき、声をかけておけば、些細なことでも何かできたのではないか?」という後悔に飲まれるよりはましだ。

 この社会は厳しい。弱い人の為にできていない。だから、苦しんでいるのならば、僕にできることがあるならば手を貸したいと考えてしまい、つい体が動いてしまう。

 というわけで、弱っている様子の瀬川さんのことを見て見ぬ振りができず、「何かあったの?」と声をかけた。

 そうしたら、飼っている犬が散歩中にいなくなってしまったのだと教えてくれた。
 いつもクラスの為に働いてくれている瀬川さんに、恩返しをする番だという気持ちで何かできないかと考え、「チラシを作ろう」と提案し、掲示することにしたのだ。
 それで、どうですか? なんとかなりませんか? と柳井先生を見つめる。

「お前たち二人は優等生というか、問題を起こさないと思ってたんだけどなあ」
「期待を裏切ってすいません」
「いや、失言だった。問題を起こしてもいいんだよ、別に。教育するのが学校だからさ」
 そう言って、柳井先生が椅子の背もたれから身を起こす。「で、瀬川は?」
「町の掲示板に貼る許可を取りに行ってます」
「学校での許可も、事前に必要だったな」
「すいません、僕の判断が間違えてました。それで、掲示の許可ってもらえないですかね?」
「だめだなぁ。他の先生に見つかってたら反省文だぞ。見つけたのが俺だっただけでも、ラッキーだと思って諦めてくれ。でも、平がこういう目立つことをするのは珍しいな」

 確かに、そうだと思う。なるべく迷惑のかからないようにとか邪魔にならないように、期待を裏切らないように、と生きている。今も、駄々をこねて先生を困らせているような気がして申し訳なさがあるけれど、まだ引き下がれなかった。

「先生、クビキリって知ってますか?」

 思い切って、そう口にする。

「クビキリ?」

 クビキリ、首切り。僕の口から物騒な言葉が出て来たので、柳井先生が怪訝な顔をした。
 最近、犬や猫などの動物の首が切られて、その頭が町中に置かれる事件が起こっている。この事件がクビキリと呼ばれ、話題になっていた。

「あの動物のやつのことか?」

 柳井先生は知っていたようで、渋い顔をする。残酷なことだし、話を聞くのも嫌だろう。僕もそうだ。でも、伝えなければと話を続ける。

「実は僕、野毛にある図書館でクビキリを見つけたんです」
「それは本当か!? クビキリを見たのか?」
「はい、僕が第一発見者で、多分、犯人も見ました」

 柳井先生が面食らった様子で口を開け、まじまじと僕を見る。困惑によって先生の顔色が塗り替えられていく。

「クビキリが起きてるの、この辺じゃないですか? クビキリ事件に巻き込まれるかもしれないと思ったら、それで不安で仕方がなくて」

 だから、どうしてもチラシを貼るの、ダメですか? と目で訴える。柳井先生は、じっと僕を見つめ、ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けながら腕を組み、考えこむようなポーズを取った。事態の深刻さをわかってもらえたようだ。

「なるほどなぁ、そんなことがあったのか。悩ましいな」

 同情するように、柳井先生が目を細める。

「ちなみに、クビキリのことは警察には言ったのか?」
「はい。通報しました」

 そうかそうか、と柳井先生は頷きながら、少し厳しい表情になった。

「そういうことは、学校とか俺にも報告してくれよあ」
「気を遣わせてしまったら申し訳ないので、黙ってました。すいません」

 人を困らせることはなるべく避けたいと思って黙っていた。母親も心配はしていたが、僕の性格を知っているから「優一が言いたくないなら、言わなくてもいいんじゃないかな」と言っていた。

 手持ちのカードを切った。どうだろうか、と柳井先生の反応を見ていると、先生は頭に両手を起き、ふーっと大きく息を吐き出した。吐き出された息によって、さっきまでのやり取りが彼方へと吹き飛ばされて行くようだった。

「……わかった。多分、ダメだと思うけど、チラシの件は俺から許可を取れないか聞いてみるよ」
「本当ですか?」
「でも、期待はしないでくれよ、偉い先生は頭が固いから」
「ありがとうございます!」

 柳井先生ならば、わかってくれるんじゃないかと期待していた。ありがとうございますと深々と頭を下げる。

「それで、平はどう思った?」
「どうって?」
「クビキリを見たんだろ? 平はクビキリを見て、何を感じた?」

 柳井先生に尋ねられ、意識がふわりと体を抜け出すような感覚を覚えた。
 ベンチの上に乗っている猫の頭と向かい合った、あの日の夜を思い出す。口の中が乾き、額にじわっと汗が浮かぶ。冷たい風に晒されたような怖気を感じ、鳥肌が立った。

 かっと見開かれていた白猫の目は、虚空を見つめていた。何かの置物かと思ったが、死骸だ、とわかったときに頭と体が固まった。気持ち悪い、と感じるよりも、戦慄した。

 僕はしばらくの間、呆然と、クビキリと見つめ合ってしまった。自分がとてもいけないことをしているような気持ちになった。死との対面、悪意を見せつけられ、心をどす黒いペンキでぐちゃぐちゃに汚されていくような感覚を味わった。

「とても、とても怖かったです」
「怖かった、か。どんな風に?」
「どうしてこんなことを、って意識がぐるぐるしましたし、こんな風に理不尽に殺されることもあるんだって思ったら、僕は……」

 僕は? どう思った? 言葉が出てこない。息が苦しい、自分の呼吸が乱れている、そう気付いた時に「深呼吸を」と柳井先生に優しい声で促された。頷き返し、息を大きく吐き出し、吸い込み直す。自分が呼吸をできているのは生きているからだ、と実感する。

「平も大変だったな。もし、何かを思い出したり、辛いと思ったら、遠慮しないでいつでも俺に相談するだぞ。力になる」
「ありがとうございます。辛くなったら、そうさせてもらいます」

 一人で抱え込むなよ、と柳井先生に言われ、恐縮しながら職員室の出口に向かう。チラシを見つけたのが柳井先生で本当に良かった。これで掲示板に貼らせてくれるかもしれない。

「失礼しました」

 一礼して職員室の外に出ると、廊下に背をつけていた男子生徒と目が合った。
 どうして? とどきりとする。

「やっ」

 森巣が柔和な笑みを浮かべ、短くそう言いながら右手を挙げた。どうして森巣が? さっきのみんなは? と逡巡しながら、「やあ」と挨拶を返す。

「どうしたの?」
「待ってたんだよ」
「待ってた? 僕を?」
「手伝うよ、犬探し」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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