天国エレベーター(初稿−11)
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天国エレベーター(初稿−11)

       11

 もしもし、と警戒する声が聞こえる。森巣の声だ。

「森巣、僕だ」
「平か、どうした」
「僕が渡した菓子を食べたか?」
「いや、まだだ。お前からもらったものだから、大事にとってある」
「食べてないんだな!」
「食ってない。なんだよ、怒るな。冗談だ」
「それには毒が入ってる、だから絶対に食べるなよ」
「毒? なんの話だ」
「よく聞いてくれ。僕は今、図書室に滑川といる」
「図書室? 三階のか?」
「ああ。僕が入院中に会っていた奴が、実は滑川だったんだ。滑川は、君を狙ってる。だから、君は」

 なんて言うべきか、と逡巡する。
 逃げろ、そう伝えたかったが、口がまた勝手に動いていた。

「勝てよ」
「平?」

 なんと言うべきか、と逡巡する。意識が朦朧として来た。ポピーン、と何か電子音が聞こえてはっとして言葉をがむしゃらに投げつけた。

「君のやってることを正しいとは思ってない。だけど、君が負けていいとも思ってないんだ。だから、君は、勝てよ。覚悟があるんだろ? 覚悟があるなら、何年かかってでも、探し出して追い詰めて、それで、絶対に勝てよ」

 朦朧とし始めている意識の中で、言葉を投げつける。これは遺言なのだろうか、こっちは必死に伝えてんだからキャッチしてくれよ、そう念じていたが、返事がない。

 おかしいと思って画面を見ると、通話が切れていた。いつからだよ、と舌を打つ。

「終わったかい? 返してもらうよ」

 滑川がそう言って、僕からスマートフォンを取り上げる。

「ところで、君にとっての幸福はなんだい?」
「僕にとっての幸福は、友達とか家族が平和に暮らすことだよ」
「ああそう、つまんない答えだね」

 立ち上がろうと思ったが、足にうまく力が入らなかった。が、もうどこにも行く必要がない。背もたれに預け、滑川を睨みつける。

「そう怖い顔をするな。すぐに地獄で友達にも会わせてやるよ」
「地獄に落ちるのはお前だよ。僕の友達は誰にも負けないからね」

 ずいぶん怯えさせられたんだ。最期くらい不敵に笑ってやろう、と僕は精一杯頬を上げてみせる。

 その直後だった。勢いよく図書室の扉が開く音が響いた。滑川の仲間が僕を連れ去りにきたのか、そう思ったのだが、現れたのは森巣だった。

 入院着を着た森巣は息を切らせ、殺気を放ちながら鬼のような形相でこっちを見ると、迷いのない足取りでやって来た。

 どうしてここに? どうして入院着を? どうして、と頭の中が疑問符で埋まっていく。まさか滑川が呼んでいたのか? と確認すると、森巣の登場は想定してなかったようで目を剥いていた。

「お前が滑川か」
「やあ、森巣君。はじめまして、だね」

 滑川が余裕を取り戻し、足を組んで顎に手をやった。相手を苛つかせるのが得意な奴だな、と一瞥する。

「森巣、さっき話しただろ。僕は毒を食べた。わかるんだ、もうすぐ死ぬ。だから、君は今すぐそいつを倒せ」
「そうとも限らないと言ったらどうする?」滑川はそう言って、僕を指差した。「そいつを助ける方法はあるって言ったら、どうする?」
「どういうことだ?」
「上の病室に解毒剤がある。そうだね、三十分以内に飲めば助かるよ」
「気前良くくれるのか?」
「勝負に勝ったらあげよう」
「勝負?」

 ああ、と滑川が頷き、コンビニ袋から菓子を取り出して、また二つテーブルの上に並べた。プレーン味とチョコレート味のものだ。忌々しい、毒入りの菓子。

「どちらかには毒が入っている。毒が入ってない方を君が食べたら、解毒剤をやるよ。片方は毒入りじゃないと証明する為に、私も食べる。」
「運試しか?」
「二度説明するのは面倒だからしないよ。まあ、君が友達を見殺しにするってなら、それでもいいけどさ。お友達は君に電話をかけるために私と勝負をしたぞ」

 助かりたい、という気持ちはもちろんある。だけど、君が命を賭けることはない、そう伝えたいのにもう上手く声にできなかった。

「ほら、そいつも苦しんでるぞ」と滑川が危機感を煽る。
「やろう。お前をたっぷり苦しませてやるよ」

 滑川が目を妖しく輝かせ、片頬を引きつらせるように笑い、菓子を差し出した。その顔にはどこか余裕がある。やはり、見分け方があるのだ。そして、見分けられる方法は一つしかない。だとすると、だ。

「チョコだ!」と力を振り絞って叫ぶ。森巣が心配そうな顔で僕を見る。
「チョコ味を食えってことか?」

 そうだ、と大きく頷いて見せる。考えられる見分け方はそれしかない。滑川を見ると、水を差されたことに怒っている様子で、顔をしかめていた。

「滑川、俺からも一つ提案がある」

 森巣はそう言うと、僕のそばにやって来て、「借りるぞ」と耳元で囁くと、僕のブレスレットを外し、力任せに千切って結んである五円玉を外した。

「先に選ぶ方をコイントスで決めるってのはどうだ?」

 滑川が虚を突かれたような顔をしてから、笑い始めた。目を爛々とさせ、不穏な笑い声をあげながら肩を震わせている。

「素晴らしいじゃないか」

 森巣、どうしてそんなことを、と視線を向けるが、もう僕のことは見ておらず、険しい顔をして滑川を見据えていた。

「私は裏だ」
「じゃあ、俺は表だな」

 そう言って、森巣が右手の親指で五円玉を弾く。五円玉は、この場にふさわしくない、凛としたささやかな音を鳴らしながら上昇した。

 滑川が宙に飛ぶ五円玉を見上げる。

 そこに、拳が叩き込まれた。

 何が起きたかわからず、呆気に取られる。

 僕から見えていたのは、接近して滑川の顎を打ち抜く森巣の姿だった。

 殴られた滑川の頭が大きく揺れ、そして操る糸が切れた人形の様に床に倒れた。

「神に助けてもらったことなんてないからな。そんな奴を頼るわけがないだろ」

 森巣の声が聞こえ、君らしいねと思いつつ僕は意識を失った。

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如月新一

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作家です。著作『あくまでも探偵は』『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。