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百万円ゾンビ(2稿−4)

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 強盗事件があり、逃走中に証拠を隠す為なくなく金を僕に押しつけた、というようなことはないだろうか、と想像してしまう。

 スマートフォンを操作し、ニュースサイトを表示する。見出しをチェックしてみたが、「銀行強盗事件が発生。犯人は桜木町方面へ逃走中」というものはない。隣を見ると、同じくチェックをしている小此木さんが、神妙な顔をしている。

「何かありました?」
「良いニュースと悪いニュースが」
「良いニュースは?」
「虎のマスクって名乗ってる人が、児童養護施設にランドセルや勉強机を寄付したって」
「世の中捨てたもんじゃないですね」
「くたばればいいと思うニュースは、女子大生に借金を背負わせて風俗店へ斡旋していた男が逮捕されたって」

「それは……」と口にして、言葉を失う。世の中は全然良くならないとげんなりしつつ、世の中には僕の想像を超える酷い奴がいるのだ、ということが恐ろしくもある。

「電車の信号トラブルもニュースになってるね。そういえば、平くんは遅延に巻き込まれなかったんだ?」
「始める二時間前からここに来てたんで大丈夫でした」
「え、二時間?」
「家にいても、そわそわしちゃうんですよ。そろそろかなって時計を何度も見てるなら、出掛けちゃおうかなと」
「でもまあこの辺は、ショッピングモールもたくさんあるから、早めに着いても時間を潰せるかあ」
「いえ、ずっとベンチに座ってました」
「え、二時間も?」

 小此木さんが信じられない、という顔でまじまじ僕を見つめてくる。

「うろうろしながら、広場に戻る時間を考えて腕時計を何度も見るのが嫌なんですよ」と弁解する。
「でもまあ、大道芸人さんもいるし、駅前でも楽しめるか」

 窓ガラス越しに駅前広場に視線を向けると、人だかりを前にして青いオーバーオールに白黒ボーダーのシャツを着た、ピエロメイクの男がパントマイムをしていた。機械仕掛けの人形のような規則正しい滑らかな動きで、壁を作ったり動かな鞄に悪戦苦闘したり、とコミカルな動きをしていた。奇妙とも愉快とも取れる不思議な光景に目を奪われる。

「あの人は、僕の弾き語りと入れ替わりだったんでいなかったですね」
「じゃあ何してたの?」
「ぼーっと駅前の風車とか見てました」
「風車を?」
「はい」
「え、二時間?」
「はい」
「わたし、平くんのことがわからなくなってきたかm」
「時間が気になる小心者ってだけですよ」

 来たけどいなかったじゃないか、と言われないように気にしていたのが今思えば馬鹿らしい。

「もしかしてさ、その二時間で何か変なものを見ちゃったんじゃない? で、その口止めにお金を渡されたんだよ」そう言って、小此木さんがベーグルをちぎって僕のトレーに置く。

「何かの口止めですか?」「おすそ分け」

 いただきます、と口に放る。もちもちとしたベーグルの中には、ごろごろしたチーズの塊が入っていて食感が楽しい。美味しいです、と伝えると小此木さんは得意そうに笑った。

「で、何か見なかった?」
「カップルの痴話喧嘩と、子供がアイスを落として泣いてるのと、女子高生三人組が自撮りしながら踊ってるのは見ました」
「あんまり関係なさそうだね……ところでさ、良ちゃんには相談しないの?」

 小此木さんがパンをむしゃむしゃ食べながら、なんの気ない様子で訊ねてきた。もっともな疑問だけど、思わず眉がぴくりと痙攣する。確かに、森巣に相談をすれば「その百万はこういうことだろ」とあっさり解決してくれるかもしれない。

 だけど、今は素直に頼る気になれなかった。
 森巣、お前、来ないのかよ! という憤りがまだ消えていない。何度も一方的に連絡をするのは僕だけ話をしたがっているみたいでなんだか癪だし、僕は目が良いだけではない、と思い知らせたい。

「君がいない人生は耐えられない、これから俺はどうすればいいんだ?」
「どうしたの急に?」
「って痴話喧嘩してる男が喚いていて、本当にこういうことを言う人がいるんだって驚いたんですけど」
「情熱的だねえ」と小此木さんが茶化すように言う。
「傍迷惑ですよ」と僕は苦笑した。
「それで、恋人はなんて?」
「自分でどうにかしろ! って一括して颯爽と歩いていきました」
「それは、力強い」

 恋人に去られた男は、しばらくその場で呆然としていたが、自分でどうにかしなければと思ったのか、肩を落としつつも恋人と反対側へ歩いて行った。

「僕だってね、森巣が来なくても弾き語りができたんです。この問題も、自分でどうにかしますよ」
「平くんって」
「なんですか?」
「意外とムキになるんだね」
「別にムキになんてなってないですよ」

 全然なってませんね、とかぶりを振る。

「連絡なしですっぽかす奴は、仲間に入れてあげません」
「そして根に持つタイプなのね。だんだん平くんのことがわかってきた」と小此木さんが苦笑する。「でもさ、わたしは頼ってもいいんだ?」

 うっと返答に窮する。「自分でどうにかしろ!」という男の一括が頭にこだまするようだった。

「よく考えたら、すいません、小此木さんは困りますよね。予定もあるんじゃないですか?」

 この百万円にまつわるトラブルに小此木さんは無関係だ。これから何か予定があるかもしれないし、巻き込んでしまうのは申し訳ない。

「お金払ってもらってるから、五時からの予備校には絶対に行く。それまでだったらいいよ。わたしも、弾き語りを聴きに行って、平くんと仲良くなっちゃったって良ちゃん悔しがらせたいしね」
「別に悔しがらないと思いますけど」
「悔しがるって。良ちゃんは友達がいないんだから。取られたと思うんじゃない?」
「そんな子供みたいな」
「子供っぽいわよ。怒りっぽいし理屈っぽいし偉そうだし」

 森巣は、気にくわない事件が起こると腹を立て、自分が関わる理由を見つけ、介入していく。誰かに任せておけばいい、と思わないのは、他者に手を差し伸べようという優しさなのか、それとも世の中を割り切れていない幼さなのか。格好いいなと素直に感心することもあれば、その生き方は大変そうだなと思うこともある。偉そうなのは、その通りだ。

「でもやっぱり、小此木さんに迷惑をかけるわけには」

 気が引けて、言い淀んでしまう。

「平くんも、良ちゃんの悔しがる顔見たいでしょ?」
「見たいです」

 即答だった。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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