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第33話「彼は私の親友です」

        キング11

 放送室の扉をノックする。奥から、のんびりした返事が聞こえ、ショートカットの女子生徒が扉から顔だけ出した。

「野球選手とモデルに会わせてくれ!」
「ああ、あれは録音なんで、今ここにはいないんですよ」
「事情はわかっている。だから嘘をつくな。時間が勿体無い。こっちもな、大変なことになってるんだ」

 女性生徒が、困惑した様子で「嘘じゃないですよ」と食い下がる。

「いいや、嘘だ。録音放送なのに、どっかの馬鹿が屋上でライブを始めたから会話が少し止まった。録音に見せかけた生放送なんだろ?」
「そんなことないですよ」
「有名人が中にいるぞと騒ぎを起こされるか、俺だけ中に通すか選ぶんだ」

 女子生徒は賢明な判断をし、こっそりと俺を中に招き入れた。中は小さな穴の空いた忘恩の壁で囲まれた部屋になっていた。やって来た俺を見て、中にいた面々がぎょっとしている。

「なんで、中に入れた!?」
「瀧先輩、すいません。でも、騒ぎを起こすって」

 女子生徒に不満げなか顔で一瞥され、俺は本題に入ることにした。

「質問したいことがある。質問をしたら帰る。ミスコン候補が話を聞けて、ミスターの俺が聞けないなんてことはないだろ?」

 瀧と呼ばれた男子が、しかめっ面で返答に窮していると、奥の部屋から女子生徒が現れた。濡れ羽色の髪に、対照的な陶器のような白い肌とカチューシャをしている。

「奥にいるのか?」
「いるとしたらなんですか?」
「一つ質問をしたいんだ。それ以外の用はない」
「わかりました。でも、ご迷惑はかけないようにしてくださいね」

 瀧が狼狽した様子で「天宮さん!」と声を荒げる。自分のテリトリー内で好き勝手されるのだから、気分はよくないのだろう。

「瀧さん、すいません。ここで追い返しても、きっと外で待たれるだけですよ」

 部屋に飛びこんできた蠅でも見るかのように、瀧は俺を見て頭をかいた。

「絶対に迷惑をかけるなよ。話は俺が通すから」

 念を押され、俺は奥の部屋へ通された。

 放送室の奥には、倍上広い部屋上がった。パソコンや本棚が置かれ、整理整頓されている。そこに、体格の良い男と、茶髪の女が立っていた。

「どうもー、今年のミスター苺原がお二人に挨拶をしたいとのことで」

 瀧が調子のよい声色で、俺を二人に紹介する。

「はじめまして、森谷と言います。実は、ちょっと一つ確認したいことがあって来ました」
「なになに」
「実は俺の大切な友達が、ハートのキング絡みで困ってるんですよ。彼女を助けたいんです。ハートのキングで呪われたら、どうすればいいのか知りませんか? 二人の時は、何か変なことが起こったりはしませんでしたか? 繰り返すとか」

 野球選手や生徒たちは不思議そうに首を傾げていた。しかし、モデルがそっと俺に近づき、耳元で囁いてきた。

「ハートのキングのおまじないは、成就するしかないよ。あたしたちから始まった伝統、絶やさないようにがんばってね。自分で言うのもなんだけどさ、ご利益あると思うよ」

 そう言って離れると、にっこりと幸せそうな笑顔を浮かべた。

「で、ミスターくんはその子のことが好きなんでしょ? どんな子なの?」

「質問は以上です。ありがとうございました」

 全員に背を向け、放送室を飛び出す。

 劇より詳しい情報があるかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。小南は文化祭を繰り返し、存在が消えかかっている。

 文化祭をループする、そんなことが起こっていたら、ただで済むはずがない。副作用みたいなものが発生していてもおかしくはないのだ。

 小南は俺に声をかけたと言っていたが、全く身に覚えはないし、隣にいたのに消えてしまった。

 劇の内容を思い出す。

「一人でカードに願いをかけた場合、願いが叶うまで試練が待ち受けます」

 小南はきっと、文化祭前にハートのキングに何かをしたのだろう。そこで、呪いがかかったのだ。

小南はあの細切れになったハートのキングに、一人で願いをかけてしまったのかもしれない。だとすると、モデルの言う通り、脱出するためには、ハートのキングで、小南の恋を成就させるしかないのではないか。

 そう考え始めたら、胸騒ぎが止まらなくなった。心臓が自分の意思とは違う速度で動いているのがわかる。浮き足立っているのとも違う、地に足をついていないような妙な座りの悪さを覚えた。

 とにかく、小南を探さなくては。

 心のどこかで、探し始めたらすぐに見つかるのではないかと淡い期待を抱いていた。

 だが、校内には在校生だけではなく来校者でもごった返していて、全然見当たらない。視線を彷徨わせて、蠢く人々の顔を確認していたら、段々具合が悪くなってきた。人の波に酔うというやつだろうか。

 なんだか自分が一人で舟をこいでいるような気持ちになった。前に進み、目的地を目指そうとしても、波のせいで思い通りに進まない。波に対してイライラしても仕方がない。俺は波止場を求めるように、並木道の外れにあるベンチに腰かけた。

「よお、こんなところで何をしてるんだ」

 舌を打つ。百目木だった。

 こいつを見ると、昨日のことを思い出して殴られた腹が痛くなりそうだった。

「疲れたから座ってるんだよ」
「悠長だな」
「やられっぱなしは趣味じゃない。もう少ししたら、立ち上がる」

 百目木はじっと俺を見下ろし、少ししてから隣に腰かけた。

「悠長だな」と言い返す。
「どうしてお前に人気があるのかわからなかったが、なんとなくわかってきた気がする」
「俺が? ミスターに選ばれたのは悪ノリだ」
「お前と話すまで、お前の情報だけは知っていた。正直鼻白んだ。だけど、会ってみたら、あぁお前も人間臭い奴だなと思った」

 勝手にイメージを持たれ、勝手に解決され、むっとする。その反応すらも、百目木は楽しんでいるようだった。昨日、俺はこいつに脅され、暴力を振るわれ、ミスターコンテストに出場させられた。ハッキリ言ってこいつのことは好かない。

「お前たちは、裏で何かをやっているよな。目的はなんなんだ?」

 百目木は、含みのあるような笑い方をしてから、口を開いた。

「文化祭なんて高校の一つの行事だ。それはどうでもいい。俺は俺の役割を果たすだけだ」
「それが何かを知りたいんだ」
「俺は、ジャクソンの目になり、報告をする。それだけだ」
「他人の為かよ」

 その答えには少しだけ失望した。

 他人の為とはすなわち、自分で考えて行動することを放棄した結果ではないか。そんな俺の考えを察したのか、百目木は語り始めた。

「俺は昔、問題児扱いを受けていた。実際、問題児だった。中学二年には百八十あったし、外見がこんなだから喧嘩を売られるわけだ。センスがあるから俺は強かった。ルールを覚えたばかりなのに、将棋が強い奴っていただろ。それを喧嘩に置き換えてくれ。相手がこう動いたら、俺はこう対処すればいいというのが、感覚的に掴めていた」
「力自慢は格好が悪いぞ」
「俺は暴力が嫌いだ。だけど、巻き込まれる。巻き込まれたら応じないといけない。でも、そんな生き方は長くは続かない。なんでだかわかるか?」
「強すぎて敵がいなくなったとか、少年漫画みたいなことを言わないでくれよ」
「もっとシビアなことだ。この社会は暴力を許容しない。学校や地域社会や警察から、俺は締め出しをくらうことになった。問題児とラベルを張られ、社会から淘汰されそうになったわけだ」
「群れを守るためか」
「俺は将来に希望を持っていなかったし、社会から淘汰されるときが来たらちゃんと受け入れて消えようと思っていた。そこに現れたのが、ジャクソンだった。彼は、俺の前にしつこく現れて説得してきた。鬱陶しかったし、前にも俺を利用する奴らに声をかけられたことがあったからまたか、と思った。遊びに誘われ、出て行ったら喧嘩の頭数にされていたこともある。ジャクソンも、そいつらと同じで俺を利用するつもりでいる。俺の腕を買っているのも事実だ」
「なんでそんな奴のために?」
「ジャクソンは気味の悪い奴だった。煙たがる俺に、何故人間が暴力に夢中になるのかを説明してきた」
「鬱陶しそうだな」
「ああ、鬱陶しいことこの上なかったな。だが、ジャクソンが言いたいことは、俺が頭でわかっていながら身体を上手く抑制できないなら、自分が頭になるから自分の身体にならないかという提案だった」
「それで、それはいい考えだ。俺の身体を使ってくれ、と返事をしたのか?」
「俺はロボットじゃない。だけど、こいつと一緒にいてやってもいいかと思うことがあった」

 そう言って、百目木は遠くを見つめた。その視線の先に、その日を見ているような穏やかな顔だ。

「俺とジャクソンが歩いているのを見て、警察がカツアゲをしてるんじゃないかと思って声をかけてきたことがあったんだ。そのとき、ジャクソンは言ったんだ」

 一拍置き、百目木が俺を見る。

「彼は私の親友です」

 百目木は、その言葉や思い出を味わうような顔で、しみじみと続けた。

「そう紹介されたときの気持ちは、お前にはまだわからないだろうな」

 わからないな、と首を横に振る。

「ハートのキングっつうイベントも、きっと同じようなもんだろうな。みんなの前で、お互いが恋している相手ですって紹介されるのは、いいもんなのかもしれねえってことだよ」

「さりげなく、ハートのキングに出るよう誘導しに来てないか?」
「さりげなかっただろ?」

 百目木が愉快そうにそう言って、足を組んだ。

「出るよ、出ないといけなくなったからな。俺のことを、待っている奴がいる」

 俺がそう言うと、百目木が満足そうにうなずいた。

「俺は交渉術もなかなかのものだな」

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如月新一
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