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天国エレベーター(初稿−4)

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 パグに似たおじさんは、「私です、八木橋(やぎはし)です。覚えてますか?」と言いながら、僕らのいるテーブルの脇に立った。パグではなくヤギ、と頭の中で修正しながら、ヤギのマスクを被って強盗をするという事件に関係していたことが紐づけられる。

「ああ、覚えてる」

 森巣が猫を被っていないので、おや、と感じたが、八木橋さん相手に推理を披露したことがあり、あの時もこのモードだったなと思い出す。

「二人とも、久しぶりだね。強盗ヤギの時は、人質にしてしまってごめんね。ずっと謝りたかったんですよ。あと、あれ、推理してる動画も見ましたよ。店が、実はその、グルだってことを黙っていてくれて助かりました。借金があって、脅されていたので」
「秘密にするのは、そういう約束だったからな。座るか?」

 座らせるの? と森巣の顔を見て、椅子引く柳橋さんを見て、座るんですか? 驚く。森巣が少しずれ、隣の席に柳橋さんが腰掛けた。

 座った柳橋さんは俯いたまま、テーブルの上のコーヒーを飲もうとせず、黙り込み、そして疲れを伝染させるみたいな、大きな溜息を吐き出した。思わず、「どうしたんですか?」と声をかけてしまう。

「悪いことをするもんじゃないですね」

 タバコで肺を悪くしたという検査結果でも出たのだろうかと思ったのだが、違った。

「滑川って覚えてますか?」

 共通の知人として、軽く話す相手ではなかった。が、彼は滑川との共犯者でもある。警戒しろ、と身体が強張った。

「ちょうど平と、今頃殺されてるんじゃないかって話をしてたところだ」
「もう殺されてるでしょうね。でも、滑川じゃない」
「どういうことだ?」
「三人組が家に侵入して来て襲ってきたらしいんだけど、そのときに滑川は仕入れたテーザー銃を検品してたみたいで、あっテーザー銃ってのはアメリカの警官が持ってる、針を打ち込んで強力な電気を流すあれなんですけど」

 テーザー銃、という名前は知らなかったけど、ニュース映像で見たことはあった。頷き、話を促す。

「襲って来たのは四人、机の上にはテーザー銃が二丁。二人はそれを撃ち込んで倒したらしいんですけど、もう一人とは揉み合いになったみたいで、殴る蹴るくんずほぐれつしたみたいです。で、最終的に滑川は男の持っていた警棒を奪って、やっつけた。そいつはその場で死んだみたいですよ。それで今は––」

 八木橋さんが、ゆっくりと天を見上げる。釣られて目をやると、蛍光灯が眩しかった。死んで、天に召された、と思い馳せているのだろうか。

「いるんですよ、この病院に」
「いるって誰がですか?」
「滑川ですよ。あばらと足を折られて、入院してるんです」

 滑川がこの病院に、いる? 思わず、周囲に視線を向けてしまう。食堂の中は割と混雑していたが、僕は滑川の姿も知らないことを思い出した。が、八木橋さんもさすがにこの場に滑川がいたらこの話題をしないだろう。

「僕も骨を折られて入院してるんですよ。整形外科の病床だったら同じ階なんですけど」
「滑川は平君と同じ階にはいないですよ。あいつは特別な個室にいますからね。VIP専用、私の住むマンションよりも広くて綺麗な部屋ですよ。でっかいテレビでサブスクも見放題の」
「で、あんたはこの病院で何をしてたんだ?」
「さっきの話に戻りますけど、私、まだ滑川に脅されてるんですよ。強盗事件でグルだったことをバラされたくなかったら、言うことを聞けって。自分はベッドでテレビ見て、私が使いっ走りをさせられてるんです」

 高校生の僕ら相手にも敬語で話すのは、物腰が柔らかいからという訳ではなく臆病だからかもしれない。滑川の話をする彼の目は、怒りだけではなく怯えも見え隠れしていた。

 しかし、噂をすれば、なのだろうか。森巣と滑川の話をしていたらぐっと身近な存在になってしまった。が、個室で引き籠っているのなら僕らと鉢会うこともないだろうなと安堵する。

「八階か」森巣が低く、険のある声を出す。
「ええ、そうです。よく知ってますね」
「八階?」と訊ねながら僕は二人の顔を交互に見る。
「八階にはVIP専用の個室病室があるんだよ」
「どうして入院患者の僕より詳しいんだ」と言ったが無視された。
「その個室にいます。けど、病室に乗りこめませんよ。部屋の前にボディガードが二人も付いてるんで。さっき話した、テーザー銃を腰につけて立ってます」
「じゃあ、どうしようもないね」と目つきが険しくなる森巣に声をかける。
「でも、三人ならできるかもしれません。二日後、一緒に滑川をやっつけませんか?」

 八木橋さんの口から出て来た「やっつける」と言い方が幼稚だなと思ったのと同時に、僕も頭数に入れられていることに驚く。車に押し込まれ、急に発車されられたみたいで混乱する。

「二日後、何があるんだ?」
「あいつ、女を病室に呼んでるんですよ。借金があったり弱みを握られている女を、何人も言いなりにさせてるんです。信じられますか?」
「骨が折れてるのに、タフな奴だな」

「いやいや、ここは病院だろ?」と指摘しつつ、高校生にする話じゃないだろ、と八木橋さんを睨む。彼は悪巧みをする中学生のように、興奮した様子で鼻の穴を膨らませていた。

「私が女を連れて行ってるんですけど、八階の個室に森巣くんを連れて行く、という段取りはどうでしょう?」
「どうでしょうって、どうするんですか」
「例えば、森巣くんに女装してもらえば、護衛は騙せると思うんですよ。平くんは、もし我々が失敗したら病院の人を呼んで騒ぎにしてくれませんか?」

 確かに、森巣の顔には女性的な美しさがある。それは騙せるかも、と一瞬思ってしまったが、「無茶苦茶ですよ」と首を振る。森巣も「話にならん」とかなんとか言って追い返してくれよ、と視線を向けると、なるほどと言わんばかりに頷いていた。

「まさか、やる気じゃないだろうね?」
「馬鹿が仕留め損ねた馬鹿をやらない手はないな」
「やらない選択肢はある。警察に任せるんだ。今、ここで通報すればいいだけじゃないか」

 そう言うと、八木橋さんが「それは困ります!」と唇を尖らせた。

「滑川が何かをしたっていう証拠はないですし、警察に通報しても無駄ですよ」
「じゃあ、やっつけるって、どうするつもりなんですか?」
「一人、滑川を襲った奴が逃げたんですよ。彼が滑川のことを探してると思うんです。滑川を隠れ家に戻して縛っておけば、きっと回収してくれますよ」

 他力本願じゃないか、計画にもなっていない。

「車を用意しておけよ。手伝ってやる」
「おい!」

 自分の口から出た大声に驚く。が、森巣は動じた様子がなく、顔をこちらに向けただけだった。

「滑川なんてもういいじゃないか」
「いいや、生きているなら放っておけない。滑川は町を汚す悪だ。誰かがなんとかするだろう、なんて期待はしちゃいない。滑川を倒す、俺は自分が正しいと思うことをする。納得のために妥協はない」
「君は周りと足並みを揃えよう、とは思わないのか?」

 森巣は僕を見て喋ってはいるが、僕に向かって語ってはいない。自分自身に言い聞かせているようだった。

 彼は、彼の人生で誰も信用していないのだ。
 が、一人でこのまま暗闇に進ませるわけにはいかない。なんと言って止めたらいいか、と考えを巡らせ、「でも」と口を開いた。

「僕を襲った奴を殴るって約束したじゃないか。その約束を破るのか?」

 少なくとも、滑川を襲撃することよりも森巣にとっては安全なのではないか、という苦肉の提案だ。

「それは、まあ、そうだが」

 そのとき、スマートフォンが振動する音がして、八木橋さんが確認し、顔をしかめた。

「呼び出されちゃったんで、私は行きますね。これ、後で電話下さい」

 そう言ってテーブルの上に名刺を一枚置くと、いそいそと立ち上がった。テーブルの上には、一口も飲まれなかったカップが置かれたままで、すっかり湯気もなくなっている。

「なあ、一つ質問をいいか? 滑川が襲われたのはいつのことだ?」
「先週の金曜日、六時頃だったと思います」
「平、そういうことだ」
「どういうこと?」
「平と滑川を襲ったのは、同一グループだ」

 頭の中で、時系列を組み立てる。僕が襲われたのは、五時過ぎだった。キノコ男は僕に暴行を働いてから、滑川のいる隠れ家を襲撃した、ということか。だけど、そのことについてどう反応していいかわからない。

「あと、さっきの質問への答えは、思わない、だ」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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