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百万円ゾンビ(2稿−8)

      8

 僕は口が固い。秘密は守る。念押しで百万円をもらうような秘密はない……はずだ。

「内密にしてほしいみたいですよ」
「何を?」

 首を傾げる。

 百万円だけではなく、誰かの秘密を握っている、そう考えたらとても居心地が悪くなってきた。
 はっとし、今この瞬間も僕が何か秘密を漏らさないか監視している人がいるのではないか、と不安になって背後を確認する。飲食スペースは比較的空いてて、テーブル席に五人しかいない。親子三人と、カップル二人だ。

 彼らは窓際から離れたテーブル席に座っており、外で起こった騒動をあまり気にしている様子はなかった。母親が子供の口についたパンくずを取ってあげているのが微笑ましい。カップルの方は彼氏の口元にパンくずがついていたが、彼女は何も言わなかった。だけど美味しそうに頬張る彼氏を嬉しそうに眺めている。これはこれで微笑ましい。

 平和な光景に安堵する。この前のアップルパイの店のように、物騒な人間が紛れているのではないか? と警戒したけど今日はそういうことはなさそうだ。

「平くんは、あのゾンビとは面識はなかったんだよね?」
「あんな変な知り合いはいないですよ」

 変な知り合い、でぱっと思い浮かんだのは森巣だった。ゾンビでさえ来たのに、森巣は何故来なかったのか、と思い出してむっとする、のを顔に出さないように堪える。

「じゃあ、平くんが二時間ベンチに座っている間に、何かを見ちゃったんじゃない? それで、ヤバイぞ見られたぞって焦って、口止料をギターケースに入れたとか」

「百万円の価値がある何かをですか」と言いながら、記憶を呼び覚ます。思い浮かぶのは、日曜日を楽しむ人たちと、日曜日なのに働く人々だ。例えば、置き引きや誘拐、カバンを無言で交換するような怪しげな取引なんてものは目撃していない。

「何か記憶に残っていることはないの?」
「いやあ、ただぼーっとしてただけなんで。それこそ、足元を歩く鳩を見て、首のところが綺麗な緑だなーとか考えてました」

「……鳩って」と小此木さんが不憫そうな顔をするので、「なんか、すいません」と謝りながら、「だけど」と疑問を口にする。
「何か秘密を抱えた人間が、あんな注目を集めることしますかね」
「案外目立ちがたりなのかもよ」

 そう言って小此木さんがスマートフォンを操作する。ゾンビ、真相、とかで検索して理由がわかったりしないだろうか、と空想する。

「あった」
「あったんですか!?」

 ほら、とスマートフォンを向けられる。身を乗り出して確認すると、鳥のマークで有名なSNSが表示されており、僕に百万円を渡したゾンビの動画や写真がいくつも投稿されていた。ゾンビの奇行や拉致した三人組を不気味がっている人もいれば、パフォーマンスを楽しむようにコメントしている人もおり、賑わっている。

「ゾンビパンデミックだって面白おかしく書かれてるねえ」
「抱きつかれた人からしたら、少しもおかしくないでしょうけどね」

 そう言いながら、僕もしばらくインターネットの海に潜り、ゾンビと百万円に関するものがないかを調べてみるが、見当たらない。こんなに人がいるのに、自分と同じ悩みを抱えている人がいないというのは寂しいものがあった。

「いいか、大事なのは結果だ。意味のない妄想をしないで、結果から原因を考えろ」

 小此木さんが声を低くし、芝居めいた口調で言った。

「森巣の真似ですか?」
「そう、わかる?」
「尊大な感じが似てますよ」
「結果から鑑みると、やっぱりゾンビは目立ちたかったんじゃないかな」
「捕まるかもしれないのにですか?」
「捕まらないと思ったのよ」

 どういうことか? と首を傾げて、説明を促す。

「理由はわからないけど、ゾンビは百万円を持ってあの三人組から逃げていた。このままだと捕まって酷い目に遭わされる。けど、さすがに衆人環視の元だったら三人組も自分に手を出さないと思った」
「拉致されましたけどね」
「読みが甘かったね」

 やれやれ、と小此木さんが溜め息を漏らす。

「でも、一時的に人の注目を集めても、いつかみんないなくなりますよね。そうしたら三人組が、そろそろかなって現れて捕まえに来るってわかるんじゃないですか?」
「逃げ切れるとは思ってなかったんだよ。目的は撮影してもらうことだからね」
「顔が映ってるから誰か特定されちゃうと思いますけど、それが目的ですか?」
「違う違う。自分が捕まる瞬間も、撮影してもらいたかったんだよ。あの三人組も映れば、わかる人が見たら誰に捕まったのか、どこに運ばれていくのかもわかるんじゃない?」

 その考えはあながち的外れではない気がする。だけど、納得はできない。いくつかの気になることを掴み、投げかける。

「ゾンビと三人組とで、一体何が起こってるんですか?」
「それはわからない」
「なんで、ゾンビなんですか?」
「それもわからない」

 推理として全てが浮き彫りになるわけではなく、あくまで推測の域を出ていない気がする。そうだったのか、と膝を打つ答えではない。

「何か他に気になることある?」
「通行人に抱きつくっていうのは、やり過ぎだと思うんですよね」
「まあ、女子供にはしていないみたいだけど、アウトだよね」

 自分が見知らぬ半裸の男に抱きつかれたらと想像したらぞっとし、怖気がした。アウトもアウト、退場ですよ、と口を尖らせる。
 退場、と思ったら自分もちょっと中座したくなった。トイレだ。

「ちょっとお手洗いに行って来ます」と小此木さんに告げ、席を立つ。トイレは店内にはなく、ショッピングモールの隅あるので、一度店を出て、トイレを探しながら廊下を移動する。移動しながらぼんやりと考える。

 小此木さんの考え元にすると、ゾンビを追うあの三人組が何者なのかが大事な鍵になる。

「ねえ」

 物騒なことをしているのは間違いないと思うけど、パン屋の二階からそれを調べることはできるのだろうか。できることが、引き続きネットで新たな情報が出てくるのを待つことしか思い浮かばない。

「ねえってば」

 強い口調の声が聞こえたので振り返ると、そこには黒いパーカーにジーンズ姿で、顔にマスクをした女性が立っていた。金髪に染められた髪は後ろで結われている。ちょっとコンビニに行くような格好だった。
 知り合い、ではない。

「あんたよね? あたし、見てたんだけど」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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