ケーキは食べたらなくなる

ケーキは食べたらなくなる

 閑古鳥が鳴いていると思っていたら、店に鶴がやってきた。

 ドアが開き、若い男の子が現れる。すらっとしていて、綺麗な顔をしていた。モデルや俳優のような、気品や風格を纏っている。

「ひらっしゃいませ」思わず、声が裏返ってしまった。

 鶴はにこりと自然な笑みを浮かべて、ショーケースの前まで移動する。腕を組む姿が様になっていた。ここが町のケーキ屋じゃなくて、映画のセットなんじゃないかと感じ、背筋が伸びる。

「ここにお店があるなんて知らなかったなあ」

 声がしたので目をやると、いつの間にか松葉杖をついた男の子が入店していた。声も顔つきも若い。高校生だろう。鶴の隣に立ち、親しげに話をしている。慌てて入店の挨拶をしたら、きちんと笑顔で会釈を返された。

「君っていつも、どうやってお店を調べてるわけ?」

 松葉杖の子が質問をする。私も、それは気になった。掃き溜めに鶴、というのは自虐が過ぎるし、シェフに申し訳ないけど、どうしてここに? 答えを待ってみたけど、返事がない。

 鶴は鋭い視線でショーケースを見つめている。昨夜見たドラマの探偵を彷彿とした。事件現場で証拠を見逃すまいと挑むような、真剣さがある。

「どれがオススメなの?」
「俺も来るのは二度目だからな。わからん」

 記憶にない。一度見たら忘れられない外見をしているのに。

「前はどれを買ったわけ」
「子供の時、十年以上前に来たんだが、あの日は何も買えなくて帰った」

 そのとき、私はここでバイトしてないわ、と納得する。

「パンがなければケーキを食べればいいじゃない、ってあるだろ。その言葉を真に受けて、小銭を握りしめてケーキ屋に来たんだ。そうしたら、パンより高くて驚いた」
「悲しい話だね」同感だ。
「笑い話だ。だから、今、俺は本気なんだ」鶴は話しかけるな、と煙たそうな顔をしたけど、松葉杖の子は気付いていない。

「ショートケーキって、なんでショートって言うのかな。別に短くないよね」と首を傾げている。
「短いじゃなくて、もろい、の意味のショートだ」
「へえ」私も内心で「へえ」とつぶやく。恥ずかしながら知らなかった。

「そう言えば、ケーキって意外とことわざが多いよね。ピースオブケイクで楽勝、とか。テイクザケイクで飛びぬけてすごい、とか」
「英語で、『ケーキは食べたらなくなる』っていうのもあるな」
「初めて聞いた。どういう意味なの?」私も初耳だ。
「そのままだ。ケーキが皿にある間は幸せだが、食べたらその幸せはなくなる。幸せはどちらか一つしか選べない、そんなニュアンスだな」

 ふうん、と相槌を打つも、腑に落ちていない様子だった。

「深いような、大袈裟なような」同感だ。
「ことわざなんてそんなもんだろ」
「ちなみに、モンブランってやっぱり山のモンブランなの?」

 松葉杖の子が訊ねると、鶴が「おい」と険のある声を発した。

「さっきから、一体なんなんだ。お前は真面目に選ぶ気があるのか?」
「実は、ないんだ」

 瞬間、背筋が凍った。鶴の纏っている雰囲気が変わる。絶対零度の、見た者を凍らせるような、恐ろしい顔つきをしていた。見間違いかと思って、目をこする。さすがに、そんなことはなかったけど、怪訝な顔をしていた。

「実は一目見て決めたんだ。君の分もね」
「勝手に決めるな」
「いいじゃないか。今日はこっち持ちなんだから。ちなみに、僕は好きなんだけど、君が全然食べてなさそうなものだよ」
「言っておくが、俺はお前よりも色々と食べてきたし、一人でもかなり食べてるぞ」

 なのにどうして太ってないわけ? とまじまじ観察してしまう。

「あ、じゃあ当ててみてよ。はずれたら、僕の言うことを一つ聞くってのはどう? 君が当てたら、僕も言うこと聞く」

 鶴が鼻で笑う。いいだろう、と応じて屈む。再び、すさまじい顔つきになる。わかるよ、ケーキを選ぶのって迷うよね、というレベルの顔じゃない。無意識なのか、とんとん、とんとん、とケースを指で叩きながら考え込んでいる。

私も推理してみる。

 話題に出たショートケーキやモンブランじゃないはず。ベリー系は人気だし、全然食べてないってことは、抹茶のケーキとかが思い浮かぶけど、取り扱ってない。

 全然食べてない、食べる機会が少ない、じゃあ季節のメニューはどうか。白桃のタルトは先週から店に並び始めたばかりだ。私はこれだと思う。

「平が選んだのは、白桃のタルトだ」
「どうして」
「俺が七月はケーキを食べないから、期間限定のものを選んだんだろ」

 鶴が自信満々に口にしたので、当たった! と私は小さくガッツポーズを取る。

「残念。正解は苺のショートケーキだよ」
「え?」思わず声がこぼれおち、二人が私を見る。さっと口を手で塞いだ。
 松葉杖の子が、「ほら、これ」と言ってショーケースの隅へ移動する。そこにあるのは、紛れもなくショートケーキだ。

 だけど、ショートというほど、もろそうではない。だってそれは――

「正解は、ホールのデコレーションケーキでした」

 まあ、そりゃ一年に数回、誕生日に家族みんなで食べるくらいしかないしね。でも、ちょっととんちが過ぎる意地悪な問題じゃないか。ねえ、君もそう思わない? と鶴の顔を窺う。

 その時、彼は不思議な顔をしていた。

 はっとした様子で固まり、少し口角を上げ、喜びで言葉を失っている、ように見えた。けど、また見間違いだったのか、これでもかと言わんばかりに顔をしかめている。

「ホールケーキなんて、多すぎる。俺はそういう、浮かれたケーキは食べない」

 ケーキ屋でそんなことを言うお客を、私は初めて見た。

「大丈夫だよ。僕と君と、僕の家族と、あと小此木さんも呼んである」
「霞も来るのか?」
「みんなで、手拍子して歌を歌うし、君にはろうそくの火を吹き消してもらう」
「俺はそんなこと、絶対にしないからな。絶対にだ」
「あ、約束を破るわけ?」

 はずれたら言うことを聞く、というあれだ。

「してない」「してたって」「してましたよ」
「そもそも、謎の提示がフェアじゃない」

 反論する鶴を無視して、松葉杖の子は私に「いいですか?」と柔和な笑みを浮かべた。苺のショートケーキ、ホールサイズの注文を受ける。

「ろうそくもお付けしますね」
「十七本お願いします」
「ケーキが燃えたらどうするんだ」
「メッセージプレートもお付けしますか?」
「それに、森巣良くんって書いてください」

 了承し、私はてきぱき動き回る。プレートを用意し、ケーキを箱に移し、保冷剤と共に袋に入れ、会計をし、カウンターを出てお客様に手渡す。

 松葉杖をついている彼に渡すわけにはいかないので、森巣くんに預けた。渋々といった様子だった。けど、重さに対して少し頬を緩めたのを、私は見逃さなかった。

 ケーキを食べたらなくなる。でも、ホールケーキだったら、その幸せはちょっと続くんじゃないのかな、なんて思う。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ」 

           (おわり)

『あくまでも探偵は』(講談社タイガ)の後日談掌編になります。
お楽しみいただけましたでしょうか。
2巻の初稿も書けましたので、もう少々お待ちいただけましたら幸いです…!


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如月新一

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とっても嬉しいです…!
作家です。著作『あくまでも探偵は』『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。