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100万円ゾンビ(初稿−2)

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 ギターを構え、目を閉じる。ピックで弦を弾き、メロディに言葉を乗せる。伝えたいことを、丁寧に歌い上げれば、音楽は響く。

 ビートルズのルーフトップコンサートじゃなくたって、駅前の弾き語りでも、人の心に届くはずだ。

 ……そんな風に思っていたのだが、理想と現実は違った。

 桜木町駅の東口は、タクシー乗り場やバスターミナルのある大きな広場になっている。ランドマークタワーや赤レンガ倉庫のような観光名所もあるし、ショッピング施設が幾つもあり、「横浜」に観光に来た人が集まる場所だ。

 休日に出かけたとき、行き交う人々の中、路上ライブをしている人を見かけたことは一度や二度ではない。彼らは強靭な精神の持ち主だったんだなあ、と思い知った。

 ギターを構えて演奏をしていると、公衆の面前で、自分の心臓だけを晒されているような、そんな心細さを感じた。膝が笑い、口の中が乾き、声が上擦る。ピッキングのテンポが早くなる。コード進行も間違え、自分が何をしているのか、だんだんよくわからなくなってくる。

 人は大勢いるのに、孤独だった。弾き語りを始め十分以上が経ち、ずっと思っていた。
 森巣! お前、来ないのかよ! と。

 日曜日の桜木町は、ひっきりなしに人が行き交っている。遊びにく中高生たち、デートをする若いカップル、スマホで写真を撮っている女性グループに、ベビーカーを押す家族、彼らには行きたい場所があり、そこに向かって移動している。

 目的地はこの駅前広場ではない。つまり、別に立ち止まって聞いてはくれない。誰も何も反応をしてくれない。まるで透明人間にでもなったようだった。

 それなのに緊張し、ミスをして、恥をかく。いや、人はみんな通り過ぎていくだけで、僕のミスを気づいてすらいない。音楽が誰かに届く気配もない。ギターをケースにしまって、もう帰ってしまおうかとも思った。だけど、森巣が「おいおい、途中で投げ出すのか? その程度なのかよ」と笑うのが目に浮かぶ。

 なんでこの場に来ていない奴のことを考えなければいけないのか、とかぶりを振り、イメージを追い払う。

 そして誰も気にしていないなら、いっそ、思いっきりやってやろうか、と腹を括った。
 耳障りの良い軽やかなポップスのカバー曲の方が、みんな足を止めて聞いてくれるのではないか? と浅知恵を持っていたが、もうやめだ。

 どうせやるなら、本気で自分の曲をやってやろう、と深く息を吐く。

 空気を音で攪拌するよに六本の弦をかき鳴らし、腹の底から声をあげる。僕の家でしか流れていなかった音楽が、駅前広場に流れ出す。来ていない奴に向かって、僕はむきになって歌を歌った。

 すると不思議なことに、人がぽつりぽつりと立ち止まるようになった。遠巻きに見る人や、近くで立ち止まってくれる人もいる。四、五人ではあったが、僕の演奏を聴いてくれる人がいた。

 買い物の途中、あるいは帰り道かもしれないが、見ず知らずの人たちが僕の演奏に耳を傾けてくれた。足踏みでリズムを取ったり、体をわずかに揺らしたりしているのが見えた。音楽で、人と繋がった瞬間、得もしれぬ安堵感に包まれる。

 開いて置きっぱなしにしていたギターケースにお金を入れてくれる人まで現れた。

 三十分間の弾き語りをし、その結果、僕は百万飛んで五円を手に入れた。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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