第42話「ロンリーハーツを持つ者たち」
ジャック13
さて、と針ヶ谷さんが私に向き直る。
「佐野くんが、あんな物騒な連中と知り合いだったとは知らなかったよ」
「事前に彼らがやっていることを知る機会があったから。トラブルを回避するために、昨日の放課後に話をして仲良くなっておいたの」
「で、何か言いたいことがあるんじゃないかい?」
「私から言っていいの? 針ヶ谷さんは探偵でしょ?」
「わかったよ」
針ヶ谷さんはそう言って、右手の親指を人差し指だけ立てて、こちらに向けた。
Jの形に見える。
「ジャックのJだね」
やっぱりバレていたか、と私は笑う。
「ジャックは一人じゃないんだね」
「その通り」
「この文化祭で、この手を作っている人を何人も見た。顎に手をやったり、銃のポーズをしたり、彼ら全員がジャックだったんだね。だから、犯人像が見えてこなかったんだ。アリバイだってかばいあえる」
「正解。じゃあ、我々ジャックの目的はなんだと思う?」
針ヶ谷さんさんは、少し渋い顔をした。
「実は、ぼくもズルをしたのさ」
「ズル?」
「ジャックが残して言ったものを、検索したんだよ」
それは、このゲームが成立するための、大きな前提の一つだった。
「検索は主義に反するんじゃなかったの?」
「主義には反するけど、佐野くんがジャックだってわかったから、これにはなにか事情があるのかもしれないと思って。それくらい、真剣だったんだよ」
そう言われたら弱いなあ、と頭をかく。
「どうして私がジャックだって思ったの」
「佐野くん、君は向いてないよ。反応が露骨に違いすぎる。偽ジャックの件に関してだけ、君は異様に怯えて腹を立てていた。ジャックの悪戯にはリアクションが薄すぎる。ジャック事件に関しては、一度もメモを取ってなかった」
思い返し、そんなところからバレていたとは、と反省する。
「検索してわかったことは、残されていたものがみんなビートルズの『サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・バンドクラブ』のジャケットに関連するものだってことだった。ジャックの正体は、ロンリーハーツ・バンドクラブってことかい?」
サージェント・ペッパーズ・ロンリーハーツ・バンドクラブは、ビートルズのアルバムの一枚だ。ジャケットにはメンバーだけではなく、有名人や小物がたくさん配置された賑やかなものになっている。ビートルズを聴かない、針ヶ谷さんにはわからないだろうと思って、発案させてもらった。
私にとってのジャックは彼女を楽しませるためのゲームだ。
「そうだよ。文化祭を素直に楽しめない、孤独な心を持っている生徒さ。教室の隅っこにいて、いいように扱われるだけの存在、彼らが結託をして文化祭をジャックしたんだ」
私たちも根っこは氷見と同じだ。私たちの遊びも褒められたものではない、ということはわかっている。だけど、私たちにはそれぞれ理由があった。
ある者は、不遇な扱いへの反逆であり、ある者は文化祭への嫌悪からであり、ある者は遊び心である。
氷見と違って、私たちが幸運だったのは、一人ではなかったということだろう。
ロンリーハーツを持つ者同士が集まり、バンドになれた。
「リーダーは?」
「我々にリーダーはいないよ。実話を元にした物語の逆を、物語を作って現実でやろうと企んだ演劇部の田淵さんかもしれないし、小南さんと森谷さんの恋愛を応援したいと思っている人たちかもしれないし、森谷さんに告白させたい小南さんかもしれないし、この私かもしれない」
「佐野くんの目的はなんだったんだい?」
「わからないの?」
針ヶ谷さんが首をかしげる。
「ぼくを危険に晒してまで、なにをしたかったんだよ?」
どうやら、私の気持ちは、彼女には推理してもらえないようだ。
「私は針ヶ谷さんに憧れて、隣で行動するようになった。そんな中で、自分の中である気持ちが芽生えていた。事件を起こした人たちが、針ヶ谷さんと向き合ってることが、羨ましかった。だから、私も針ヶ谷さんの隣じゃなくて正面に出てみたの」
この気持ちを、言葉にすると何なのかはわからない。友愛、恋愛、興味、執着、どの色なのか、どの音なのか、全てが未確定だ。
常に前を向き、進む彼女と正面から向き合いたかった。
これが、私の動機だ。
「そんなことかい。愚か者だね、君は」
針ヶ谷さんが、やれやれとかぶりをふる。
「で、満足できたのかい?」
「少しだけ、わかったかな。思っていたより、楽しかった」
「そうかい。じゃあ、そろそろ帰るとしようか。たこ焼きでも食べに行こう」
「許してもらえるの?」
「佐野くんが転んだせいで、食べ損ねたままだからね。マヨ明太チーズたこ焼きにしてもらうよ。とりあえず、それで手打ちにしよう。ぼくは心が広いねえ」
お財布に優しい解決ですみそうでなにより、と私は肩をすくめてみせた。
「ところで針ヶ谷さん、一つわからないことがあるんだけど、ハートのキングとジャックをすり替えたのは誰なの?」
「そんなこともまだわかっていなかったのかい? それについて答えるのは、誰が適任なんだろうね。ぼくもいらない恨みは買いたくないから、黙っていようと思っているんだけど。佐野くんが知らないってことは、ジャックとすり替えたのは多分偶然なんだろうね」
もう犯人がわかっているの? 誰なの? と視線で訊ねる。
「誰か、ぼくを騙そうとした責任感を覚えている人が、彼女に真相を聞いてくれたりしないかなぁ」
え? 私?