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クビキリ(初稿−2)

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「わからーん」

 そう言うと、牧野はそのまま頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体を預ける。おやおや、さっきまでの威勢はどこに、と見つめていると、牧野は「だって俺は警察じゃねえもん。わからねえよ」とノートを引き出しにしまった。もう見せてあげないもんね、と不貞腐れた顔をする。

「まあでも、暗号に気づけたのはすごいと思うよ」と労いとも慰めともつかない言葉をかける。

「いや、暗号に気づいたのは俺だけじゃない。ネットを見たら、実際に店に行って確認する人もたくさんいるみたいだぜ」
「お店は落書きを消してないんだ? 証拠だから?」
「詳しいことはわかんねえけど、そうなのかもな。でも、消さないんじゃないねえかなあ」
「そりゃまたどうして」
「SNSではみんな『行ってみた』ってアップしてる。落書きを見に客が来て繁盛しているみたいだし、複雑な心境だろうけど、店にとってもちょっとは良いんじゃないか。強盗された店が一番欲しいのは、お金だろ?」
「一番は犯人逮捕の報せでしょ」
「でも、金も大事だ」
「そりゃまあ、そうだけど」

 牧野の言う通り、生活だってあるし、老店主が落ち込んで店を畳む、というような展開になっていないだけましか、ともやもやと共に僕は卵焼きを口に運ぶ。そして、なんの気なく教室の中を見回した。

 クラスの半分ほどの生徒が教室に残り、お弁当や買ってきたパンを食べていた。ここにいない生徒は、学生食堂に行ったか、部室にでも行っているのだろう。一人で食事をしている人もいるが、教室は休み時間の開放感でそれなりに賑やかだった。時間が解決したのだろうか、それとも、ごまかしているだけか、と考えを巡らせる。

 担任の柳井先生が逮捕されたことにより、臨時のホームルームや保護者に向け説明会が開かれた。事件発覚直後は当然どよめき、みんながどう反応していいのかわからないと互いの顔を見合わせていた。柳井先生は生徒から慕われていたし、ショックを受けている生徒はたくさんいた。泣き出す女子もいたし、今までにないくらい真剣な表情で説明をする校長を見つめる男子もいた。

 信じていた大人が僕らの信頼を裏切るような形で消え、途方に暮れるムードがしばらく漂っていたが、今は以前のような平和な光景に少しでも戻ったなあと思う。

 みんな何を話しているのかな、と思いながら耳をすましていたら聞き覚えのある音声が聞こえて来た。それが、さっき牧野が再生させていた動画を見ているのだとわかる。いつも寝ている運動部の男子が、黒板に向けたことはない好奇心のある目つきで、数人と談笑しながらスマートフォンを凝視していた。

 視線を彷徨わせると、他にもスマートフォンで強盗ヤギの動画を見ているグループが目に入り、自分の顔が強張るのがわかった。せっかく平和になったクラスに、事件を持ち込まれたような気がして、不安でならない。

「みんなよく、事件の動画なんか見たがるね」
「いやだって、おもしれー事件だから、普通だったら見てみたいだろ。地元の事件だしさ、気になるじゃんか。それに、人質が撃たれるよなグロ要素があるわけじゃなし」
「血は流れなくても、痛ましいじゃないか。他人の不幸を見ているようで」
「平は大袈裟に考えすぎだっつうの。ただのニュース、ただの動画だろ? 目くじら立てるほどのことじゃねえよ」
「別に目くじらを立てちゃいないよ、ただ--」
「平の気持ちもわかるぜ。柳井があんなことになったのにとかってん思ってるんだろ。でもいいじゃんか。これが普通なんだよ。事件があったらニュースを見るし、珍しい動画があったらチェックする、普通だ」

「普通」と僕は小さく復唱する。果たして、どこまでが普通なのだろうか。ニュースを見るのはかろうじて普通な気がするが、事件の動画を見て暗号を書き起こしたり、被害にあった店に行ってみるのは普通なのだろうか。かといって、異常だ! と責めるつもりもない。

 普通ってなんだ? 平和を壊す気か?
 ……考えすぎだ。それこそ、こんなに考えすぎるの僕の方が普通じゃない。僕は目を瞑り、瞼の上を手で押さえる。ぎゅうっと力を入れるとじんわりとほぐれていくような感覚がした。

 昔の僕だったら、別に事件のニュースを見るのも牧野から話を聞くことにも、何の抵抗も不安も感じなかった。だけど今は、自分が責められているような気持ちになる。

 僕は、困っている人を放っておけない性分をしている自覚がある。それは町や学校で困っている人に道案内をしたり、迷子のペットを探すのを手伝う程度だった。でも僕はその人助けをした結果、クラスのみんなは知らないけど、僕は柳井先生の起こした事件、クビキリと呼ばれる動物殺害の調査をし、先生の逮捕に関わってしまった。犯罪に立ち向かってしまった。

 だからだろうか、今は事件の情報を見ると、「困っているんだ! 助けてくれ!」と無言のメッセージを発せられているような気になり、僕に何ができるだろうか、と途方に暮れてしまう。だから、色々なことから目をそらして生活を送っている。

「あー、なんだか蕎麦を食べたくなってきたなぁ」

 牧野が気の抜けたことを言うので、「なにそれ」と思わず吹き出す。

「結構美味そうだったじゃん。あー、汁に浸かった、ぐずぐずになりかけのかき揚げと一緒に、蕎麦を食いたいなぁ」

 そう言いながら牧野はご飯をかっこんだ。不気味な事件に対するその気の抜けた感想は、僕の気持ちをふわりと軽くしてくれた。牧野のこういうところが嫌いじゃない。食べたいね、蕎麦、と笑って返事をする。

「平くーん」

 声のした方に視線を移すと、教室の後ろのドアのそばに委員長の瀬川さんが立っていて、こっちを見ていた。クビキリ事件のとき、瀬川さんは飼っている犬を拐われたせいで失意のどん底にいたが、今はすっかり元気を取り戻しているようでほっとする。

 瀬川さんがはにかむような笑顔を浮かべて、こっちこっちと手招きをしていた。

「どうしたの?」と返事をしながら箸を置いて席を立ち、瀬川さんの方に向かう。
 先生に頼まれた配布物の手伝いとかかな、と考えていたら、瀬川さんがちらちらと廊下を見ていることに気がついた。

 廊下に誰かが来ている。
 そう察したときに、さっと一人の男子生徒が現れた。心臓を、冷たい手で握られたような気持ちになる。

 彼は、爽やかな笑みを浮かべ、「やあ」と右手をあげた。
 白い肌とそれとは対照的な濡れ羽色の髪、やや切れ長の目が印象的な美青年だ。

「平、ちょっといいかな?」

 森巣良、二年六組の生徒で、おそらく学年一人気がある生徒だ。容姿が優れているが鼻にかける様子もなく、分け隔てなく人と接し、ユーモアと行動力がある人、とみんなは思っている。

 だけど僕は違う。

 森巣が好青年の仮面をつけていることを知っている。頭が切れ、度胸があり、自信家だ。そこまではいいけど、森巣は僕の理解の追いつかない思想を持って生きている。氷のように冷たい問答無用の暴力的な一面も垣間見た。

 森巣が学校では人に慕われるように振舞っていることを僕は知っている。だけど、知っているのはそれだけだ。本当の森巣のことがわからず、恐ろしくもあった。

 不思議な魅力を持つ森巣のことを知りたい。でも、知ることがいけないことのような気がして、僕はクビキリ事件で修羅場を切り抜けた、なんなら命の恩人でもある森巣に一度も会おうとしていなかった。

 僕の返事を待たずに、森巣が廊下に引っ込む。ついて行くべきか席に戻るべきか、と固まって悩んでいたら、「平くん?」と瀬川さんが、不思議そうな顔をして僕を見つめていた。
 反射的に「なんでもないよ」と答えてしまい、答えてしまったのだから仕方がないかと歩を進める。
 廊下に出ると、森巣は僕の煩悶なんて知らぬ涼しい顔をして僕を待っていた。

「平、お昼はもう食べた?」
「まだ途中だけど」
「そうか、じゃあ、美術室に行こう」

 じゃあ、の意味がわからなかったけど、森巣は有無を言わせぬ様子で歩き出したので、僕はこれまた反射的に彼の隣に慌てて並んでしまった。歩きながら、「なんで美術室?」と訊ねる。

「あそこは人がいないからね。同級生に話しかけられることもないし」

 人に聞かれたくない話をするということなのだろう。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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