毎日小説_1106

11月6日は「お見合い記念日」(365日小説)

 中学校の頃から十三年間付き合っていた恋人に振られ、傷心した自分がお見合いをするなんて思ってもいなかった。

「ごめんね悠くん、他に好きな人ができちゃった」と言われたとき、思わず「ちゃった」と反復した記憶を鮮明に覚えている。

「ちゃった」

 デパートのレストランで、コーヒーを眺めながらそう呟くと、「だっちゃ?」と隣に座る藤田が尋ねてきた。

「おい悠、いいか? 見合い相手を紹介してやるけど、ラムちゃんは来ないからな。相手に、自分の理想を押し付けるなよ。これは基本だ」
「押し付けないよ。それより、お前が会社のノルマのためにどうしてもと言うから来たんじゃないか。俺は別に乗り気じゃないんだぞ」

「そう言いつつも来たんだから、ちゃんと切り替えろよな」

 恋人に振られたらまずすべきことは、男友達に教えて飲むのに付き合ってもらうことだと思い、大学時代からの友人である藤田に連絡を入れた。商社の営業マンをしていたと思ったのだが、転職をして今は結婚相談所で働いているのだと言う。

 赤ワインを一人で一本飲み干して酔っ払っていた頃、藤田から「お見合いをセッティングしてやるよ」と提案され、乗ってしまった。

 そんな訳でこうして、仕事終わりに藤田を仲介人とし、お見合いをすることになっている。

「お見合い」と聞くと、なんとなく庭園のあるような店で互いの両親と仲介人がいて『あとは若いお二人で』と言われて一日デートをする、という光景を想像していたのだが、今はそうでもないらしい。仕事後、夕食を一緒に食べるだけのお見合いや、映画を一緒に観るお見合いなんていうものもあるらしい。

 人との出会い方は色々あるのだなあ、と思う。
 でも、だ。

「好きな人とは自然に出会って、恋をして、結婚をするのが理想だと思うんだよ」

「俺もそう思う」
「なんで結婚相談所で働いてるんだよ」
「生活のために決まってるだろ。前の職場より金が良いんだよ」

 当たり前のことを何故訊くのだ? という顔を藤田がするので、俺は文句を言う気にもなれなくなってしまった。

「不満そうな顔してるけど、自分を好きになってくれる人と出会えたら嬉しいだろ? 見合いってのはそれの機会が増えるだけだぞ」
「お見合いっていうのはさ、なんかこう運命に対して強引な気がするんだよ」
「運命感じちゃった、みたいな相手と自然に出会いたいわけだ」
「ちゃったっていう言葉は嫌いだ」
「会社の人間以外に、どうやって新しい人と知り合うんだよ。あれか? 坂から林檎が転がってきて、それを拾ってあげて、お礼にお茶でもどうですか? なんて出会いがないかと想像してるのか?」

 そこまで子供じゃないっつうの、と否定しながらも、そんな出会いがあったらいいなと思ってしまう自分もいた。

「ところで藤田、どんな人が来るんだよ?」
「二十七歳だから一個下だな。会社員でキャンプが趣味。真面目な性格で、子供好きらしい」

 健康そうな人だな、というイメージしかわかない。

「俺はインドアだから趣味が合わないんじゃないかなぁ」
「お前キャンプしたことないだろ? 一緒にキャンプをしたら楽しいかもしれないぞ。それに、久美子ちゃんとは同じ趣味だったけど別れたじゃんか」

 二人で並んでテレビゲームをしていた日々を思い出す。あぁもうコントローラーは一個でいいのか、と思うのが辛い日々を過ごしている。

「悠は好きなタイプとかってあったっけか?」
「中学から同じ人とずっと付き合ってたんだぞ。好きなタイプもなにもないよ」

 そう言ってから、「あっでも」と思い出す。

「ここに来る途中、電車の中でさ、お年寄りが目の前に立ったからそっと席を立った女の人を見たんだよ。ああいうさりげない優しさを持ってる人は素敵だなと思った」
「目的駅が近くなったから立っただけじゃないのか?」
「いや、着ている赤いカーディガンが印象的でさ、じーっと視線で追ってたらホームに降りてから隣の車両に移動していたんだよ。『席、譲りますよ』ってやり取りは言われた方がその後気まずいかなと思ったんじゃないかな」
「悠、そういう子には絶対恋人がいる」
「お前は俺をいじめたいのか?」

 藤田が「そうかもしらん」とけらけら笑い、俺は溜息を吐く。

「腐れ縁の友達に、仕事上の都合で女性を紹介してもらう……どうにも乗らないなぁ」

 俺がそうぼやくと、藤田がニヤリと笑った。 

「悠、今日って何の日か知ってるか?」
「十一月六日が?」

 文化の日は三日だし、今日は平日だ。知らん、と首を振る。

「お見合い記念日、だよ」

 お見合い記念日? と首をかしげる。

「戦後最初の大々的なお見合いパーティがあった日なんだと。ほら、どうだ?」
「どうだって、なにが?」
「運命論信者のお前の気持ちは補強されないか? お見合い記念日にお見合いをするんだぞ」

 不思議なもので、そう言われるとこれからのお見合いが神聖な儀式のように感じて、気持ちが傾きかける。が、それでいいのか? と腕を組む。

「それでわざわざ、今日のお見合いをセッティングしてくれたのか?」
「いや、偶然」
「偶然なのかよ」
「俺も今朝のテレビで知ったんだよ。けど、面白くないか?」
「人をおちょくるのが?」
「違う違う。なんでもない日、と思っても毎日なにかの記念日なんだなってことがだよ」

 毎日なにかの記念日、というフレーズはなんだか心地が良く、すっと胸に染み込んだ。なんの気なく過ごしているけど、そうか、誰かにとっては今日も特別な日なのか、と思うと少しだけ優しい気持ちになれそうな気がした。

「なんでもない日と思っていた日でも、素敵な出会いがあれば特別な一日になるのでございます。どうか今日がそんな実りある、お二人の記念日になりますように」
「お前、そのセリフは客全員に言っているだろ」
「キラーフレーズでございます」と藤田が笑う。

 ぶぶぶっとスマートフォンが震える音がして、藤田が「おっ来たみたいだ」と口にした。

「案内してくるから、お前はここに座って、イメトレをしておけよ」

 藤田が席を立ち、入り口へ迎えに行った。

 イメトレって言われても、「ご趣味は?」という質問の答えも知ってしまっているしなぁと頭をかく。聞き役に徹して、キャンプの魅力について教えてもらおうか。話が弾めば、日帰りのキャンプ体験デートをしませんか? と提案できるかもしれない。

「お待たせいたしました、こちらになります」

 藤田の声がして、振り返る。

 そこには、見覚えのある赤いカーディガンを着た女性が立っていた。

「はじめまして」と立ち上がる。

 運命、感じちゃった。


(つづく)

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如月新一
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