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100万円ゾンビ(初稿−3)

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 駅前広場に並ぶベンチの一つに座り、呆然とする。が、すぐに、ぼうっとしている場合ではないよな、と我に帰る。僕は駅前で弾き語りをしただけだ。やましいことをしたわけではないが、非常に居心地が悪い。さりとて、どこに行くべきかわからない。

 そっと膝の上のボディバックを開く。中には、財布とハンカチ、そして膨らんだ茶封筒が入っている。そっと手を入れ、触れて見る。やっぱり、あるよなあ、と自分の眉が情けなく歪むのがわかる。

「たーいらくん!」

 声に驚き、慌てて姿勢を正す。狼狽ながら視線を移すと、紺色のワンピースにオフホワイトのサマーカーディガンを羽織った小此木さんが立っていた。私服姿を初めて見たけど、ずいぶん大人っぽく見える。頼れる援軍来たれり、という気持ちになり、緊張がほどけていく。

「小此木さぁん!」
「どうしたの? そんな泣きそうな顔して。でもさ、最初のライブだったんだから、仕方がないと思うよ」

 小此木さんが、柔らかい笑みを浮かべ、僕の隣に腰掛けた。ふわっと良い香りがし、少し緊張がほぐれ、僕はやっと重い荷物を下ろせるような気持ちになる。

「ごめんね、遅れちゃって」

 僕が日曜日に弾き語りをすると伝えると、小此木さんも「絶対に行くよ!」と言ってくれていた。けど、小此木さんも現れなかった。が、遅れることとその理由は、どっかの誰かと違って、ちゃんとスマートフォンに連絡をくれていた。

「信号のトラブルですよね? 駅からアナウンスも聞こえてましたよ」
「そうなのよ。想定外のことって起こるのよねぇ。もっと早めに出ればよかったんだけど、同級生から悩み相談を受けちゃって」
「いいんですよ、そんなことよりも」
「そうよね。それで、弾き語りだけど、落ち込まなくてもいいと思うわよ。だって、初めてなんだもの。素通りされたり、野次を言われたり、何か投げられたかもしれないけど、そういうことをする人なんて、早く忘れた方がいいよ」
「いや別に何も投げられてませんよ。野次もなかったですし。確かに、みんな素通りするし、僕もミスをたくさんしたのでちょっと落ち込みましたけど、予定通り三時から三十分演奏しました」広場の時計をちらりと見ると、十五時四十五分を指している。口にしながら、確かによくやりきったものだ、と少し自分が誇らしくなった。

「三十分やり通したんだ? 偉いよ!」
「ありがとうございます。まあ、森巣といることが増えたので、タフになったのかもしれないですね」
「そういえば、良ちゃんは?」
「来てないですよ。連絡しましたけど、『俺に構わず時間になったら演奏しててくれ』ってだけ返信が来ました。薄情者ですよ」
「まあ、でも、一人でやって、すごいじゃない。立派だと思う。失敗は、次に活かせばいいし」
「あ、でも完全に失敗ってわけじゃないんですよ。自分の曲を演奏し始めたら、女の子が五円入れてくれましたし」
「すごいじゃない! 初めての演奏でお金をもらうなんて、なかなかないことだと思う」

 小此木さんが、大げさに拍手をし、喜びを表現する。この界隈には、大道芸人と同じように思ったのだろう。小さな女の子が小銭を入れてくれたのは、なんだか微笑ましさがあった。
 だが、問題はこの後だ。

「いや、それだけじゃないんですよ。っていうか、誰かに相談したいことがあって、だから小此木さんが来てくれて本当に助かりました」
「なになに? どうしたの?」
「三十分、予定通り演奏をし終わって、終わりの挨拶をしたら、離れたところでじっと僕のことを見ていた男の人が来て、封筒をギターケースの中に入れたんです」

 うんうん、それで? と小此木さんが相槌を打つ。僕は生唾を飲み込んでから、口を開いた。

「終わってから封筒の中を見たら、札束でした。多分百万円です」
「百万円かぁ、すごいねぇ」

 小此木さんが困惑しつつも、慰めてあげようという優しさから笑みを浮かべている。それで、その話のオチは? と促すようにじっと見つめてくる。僕は、オチはないですよ、とかぶりを振り、真剣に困った顔になる。

「冗談でしょ?」

 見てもらった方が早そうだ、とボディバッグのファスナーを開け、茶封筒を取り出す。周囲を確認してから、そっと小此木さんに差し出した。怪訝な表情を浮かべつつ、小此木さんが茶封筒の中を覗き込む。

 そして、すぐに顔を上げた。
 ぱっちり二重をしている小此木さんの目がかっと見開かれる。大きな瞳は揺れ、頬を引きつらせていた。

「……え、まさか、そんなわけないよね?」
「ジョークグッズかも、と思って何枚か抜き出して確認してみたんですけど、すかしも入ってましたし、ホログラムもちゃんとあります。だから、多分」
「本物?」

 頷き、「これ、どうすればいいと思います? ずっと一人で悩んでたんですよ」と訊ねる。
 小此木さんが茶封筒をしげしげと見つめてから、僕の手を取り、強く握った。どきりとしつつ視線を移すと、小此木さんがなんだか熱のこもった表情で僕を見つめていた。

「ねえ、もう一回演奏してもう百万稼がない?」
「いやいや」
「マネージャーをやってあげるよ」
「いやいや」
「取り分は半々でいいからさ」
「いやいや」

 半々は、小此木さん持って行きすぎでは?

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如月新一
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