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クビキリ(2稿-19)

      19

「二人とも、自分の呂律が回っていないことに気づいていないだろ。部屋の外でたっぷり待ったからな」

 ぞくりとする。そう言えば、ずっと目眩のような感覚を覚えているし、瞼が重い。立ち上がろうと試みるが、上手くいかない。コントローラーの抜けたゲームを操作しているみたいだった。自分自身を動かすことができない。

「通りで、身体の調子が……」と森巣がおっとりとした口調で言う。

 カモミールティーに薬を盛られていたのかと気づく。柳井先生のことを微塵も疑っていなかったから、僕はすっかり飲み干してしまっていた。森巣との対話で極度に緊張し、体が縮こまってしまっていると思っていたが、そうじゃなかったのかと思い至る。

 どうして薬を盛られた? の疑問が浮かんだ瞬間に、はっとする。「クビキリの犯人がわかった」と柳井先生に、犯人に直接言ってしまっていた。迂闊だった。家に招き入れ、どこまでわかっているのか様子を見ていたのだろう。

 そして、場合によっては……
 ぶわっと全身から冷や汗が溢れる。
 僕はこのまま、殺されてしまうのか?
 妹の顔、静海の顔が思い浮かぶ。静海を残して、僕は一人で死ぬのか?
 死にたくない。殺されたくない。今からでも、なんとかして逃げられないだろうか。

「さぁ、さっさと眠ってくれ。地下のガレージの準備はできているんだ」

 柳井先生が腕時計を確認しながら、のんびりとした口調で言った。隣にいる森巣を見る。彼もぼーっとした表情で虚空を眺めていた。

 僕たちはもうすぐ殺される。ひゅーひゅーと、自分の呼吸する弱々しい音が聞こえる。胸が上下しているのがわかるが、そのペースが落ちて行くのもわかる。

 どうしてこんなことになったのだろう。僕は瀬川さんの犬探しを手伝おうと思っていただけなのに。危ない橋を渡るつもりはなかったのに。
 ……僕は、バカだ。

 ここにきて、自分の考えの未熟さに思い至った。クビキリを見ておいて、犯人を見ておいて、僕はまだ平和ボケしていた。きっと平和な町なんて存在しないんだ。見えない悪意の影を踏みながら歩いていて、気がつかないだけなのだ。いつもその影に引き摺り込まれないか、注意をしていなければいけなかったのだ。

「今日、自分が死ぬかもしれないと思うんだ」

 そう考えながら生きていなければいけなかった。あれ、こう言ったのは誰だっけ。意識が混濁としてくる。

「二人とも静かになってきたな、そろそろか」

 僕はこれから殺されるのだろう。
 死にたくないけど、僕は死ぬ。
 十六年しか生きていない。思い残すことは山ほどある。

 そんな中、真っ先に思ったのは、悪を見逃せない、という意志だった。

 自分の欲望の為に、弱い者を利用する悪を許せない。きっと柳井先生はこれからも、町にどす黒い染みを落とし続けていくのだろう。僕は、静海や母親や友達を、この町を守りたい。

 放っておけない。僕のいなくなった後の町を放っておけない。
 大人しく殺されるわけにはいかない。臆病者にも意地はある。
 口の中の傷口を強く噛み締める。痛みと血の味が意識と現実を繫ぎ止めてくれる。
 僕は手遅れかもしれないけど、森巣は後から来た分、睡眠薬の効果も弱いはずだ。
 ちっぽけな勇気よ、僕の体を奮い立たせてくれ。

 渾身の力で床を思いっきり蹴り、立ち上がる。柳井先生が目を丸くするのが見えた。
 この町の悪を知ってしまった以上、仕方がない。性分なのだ。

「見て見ぬ振りはできないんですよ」

 そう言って、僕はそのままテーブルの反対側へ駆け出した。
 柳井先生にタックルをするつもりだった。だが、途中で足がもつれ、そのまま床に倒れこむ。受け身を取ることができず、体を打ち付けたのに痛みを感じない。
 だけど、伸ばした両手で柳井先生の足首を掴むことができた。

「逃げろ」

 お腹の底から声を振り絞る。

「森巣、逃げろ!」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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