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百万円ゾンビ(2稿−6)

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 百万円だけではパンチが足りないと思ったのか、男はゾンビになって戻って来た。頭の中が疑問符で埋め尽くされていく。

 僕の混乱におかまいなしに、ゾンビが通りかかったカップルの男に抱きついた。

 二人の世界に闖入してきたことに腹を立てたのか、男がゾンビをどんっと突き出し、文句を言っている。が、ゾンビにコミュニケーションをする気はないようで、再び両腕を伸ばして接近を開始した。

 男はゾンビのベルトの辺りに手を回すと、綺麗に足を払った。ゾンビが背中から、地面に倒れる。今のは柔道か何かの技だったのかもしれない。

 僕と同じことを感じていたのか、小此木さんが「一本」と声を上げた。ここはまるで観戦席だ。だけど僕はサポーターではない。どうしたものかと傍観していたら、レフェリーよろしく男たちが駆け付けてきた。

 背広、ポロ、黒Tの三人組で、格好は違うけどみんな鍛えているのが体格からわかるし、物騒であるとか野蛮であるとかそういった雰囲気をおそろいで身に纏っている。

 三人組の歩みには迷いや躊躇いがなく、ゾンビを討伐してやるぞ、と意気込んでいるようだった。三人とも人相が悪い上に険しい顔をしており、威圧感がある。

 もし自分が弾き語りをしていたときに彼らに囲まれたら、即座に演奏を止め、楽器をしまって逃走を試みるだろう。話が通じる雰囲気がない。

 柔道技を決めた男も、ゾンビよりも三人組に慄いている様子だった。剣呑な雰囲気になり、ぱっと身を起こして、三人組と間合いを取ると彼女を庇うように立ち向かい、何かを言い合っている。

「なになに、あの人たち? 敵? 味方?」「敵も味方も、何が何やら」「良いもん? 悪もん?」「雰囲気はヤクザですけど」

「ゾンビVSヤクザだね」と小此木さんが弾んだ声をあげる。
「B級映画じゃあるまいし」と返事をしつつ、そこで僕は、これは何かの撮影をしているのではないか、と思い至った。映画のようだと思っていたが、本当に映画を撮っているのではないか。この辺りがロケで使われることはよくある。映画でなくとも、テレビ番組の壮大なドッキリ撮影かもしれない。

 だが、予想に反して、駅前広場にはスマートフォンを向けている人はたくさんいるものの、大きなカメラを構えている人や撮影クルーと思しき人たちは見当たらなかった。怒らないから安心させてほしい、嘘でしたと言ってほしい、と半ば縋る気持ちで視線を彷徨わせる。

 そのとき、迫力のある咆哮じみた声が聞こえて来た。びりりと空気が震えたようだ。びっくりし、体が飛び上がる。

 声のした方を見ると、いつの間にか襲われたカップルはいなくなり、強面三人組がゾンビを取り囲んでいた。さっきの声は、彼らが怒鳴ったものに違いない。

 三人組は、ゾンビの両サイドに立つ者がゾンビの腕に手を回し、先頭に立つ一人が周囲とゾンビを警戒する「絶対に逃がさない構え」と呼べそうなフォーメーションをしていた。敵も味方もないので、どっちを応援していわけではないけど、固唾を飲んで行く末を見守る。

 ゾンビは体を揺すり、腕を振り回して暴れていたが、筋力には敵わなかった様子で、ずるずると駅の方へ引きずられるように消えて行った。拉致だ、と理解しているのに、何をするのが正解かわからず、呆然としてしまう。

 三人組により、無事にゾンビは排除され、駅前広場に残された人々が「平和が戻ったぞ!」と歓喜に沸き立つ。わけではなかった。

 みんな距離をとって眺めていたが、まだ何かを待っているような気配が漂っている。ライブでバンドメンバーが退場し、まだアンコールで戻ってくるのかな? とそわそわしているような趣があった。

 終わったの? 終わってないの? まだやるの? 説明が欲しい。

 時間が流れてもアナウンスもないので、駅前広場の人たちは、今のは何だったのだろうか、ときょろきょろ互いの顔を確認しながら、パチンと夢から覚めたようにそれぞれの生活に戻って行った。起き上がっていた盲導犬レトリーバーは再び体を伏せ、パントマイマーは奇妙な動きで見えない壁作りを再開する。

 僕も首を傾げながら、隣に体を向け、小此木さんと顔を見合わせる。多分、僕も似た表情をしているだろう、小此木さんは驚きと緊張と困惑がないまぜになった、神妙な顔をしていた。難解な映画を見た後、どんな感想を口にしたものか、と悩むのにも似ている。

「ヤクザが勝ちましたね」と僕は考察のない感想を口にする。
「気を抜くのは早いよ。噛まれて、ゾンビ化して戻って来るかもしれない」
「ゾンビになったあの三人組に勝てる気がしませんね。もし僕が銃を持ってても、食い殺される自信があります」
「平くんがゾンビ化したら、悲しいけど楽にしてあげるね。頭に二発」
「治療のワクチンが開発されるかもしれないじゃないですか」すぐには殺さないでくださいよ、と訴える。

 二人して、冗談を言い合って現実から目を背けていたが、言葉が途切れてふっと正気に戻るような間が生まれた。真面目なトーンで、「さて」と小此木さんが発する。

「平くんに百万円くれた人がゾンビになって戻って来て、ヤクザたちに攫われた」
「ええ、見てました。わけがわかりませんけど」
「でも、一つはっきりとわかることがあるね」
「なんですか?」
「やっぱり、その百万円は絶対ヤバいお金だよ」

 僕の膝の上のバッグが、ずしりと重くなったように感じた。逃さないぞ、というプレッシャーの重さだ。これ以上、僕が持っているのは危険だ。百万円を誰かに渡して解放されたい。どうしましょう、と眉尻が下がる。

 そんな僕の不安をよそに、小此木さんが興奮気味に口を開けた。

「さあ、ややこしくなってきたねえ」

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