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強盗ヤギ(初稿ー4)

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 小此木さんは、世間が注目している犯罪に関する暗号を解けたと、さばさばとした口調で言った。得意げな様子をおくびも出さず淡々としていた為、自分が話題の勘違いしているのではないかとさえ思ってしまう。

 だから、「強盗ヤギのやつ」と小此木さんが言ったとき、「やっぱり!」と大きな声をあげてしまった。

「強盗ヤギが好きなのか?」

 不謹慎だ、とか、ミーハーな奴め、と呆れるような口調で森巣に言われ、「そういうわけでは」と弁解を口にする。

「好きなわけがない。銃を使ってお金を奪うなんて最低だ。森巣だってそう思うだろ?」
「そうか? 俺は、別に強盗や犯罪者自体は嫌いじゃない」
「弱いものいじめは嫌いだって言っていなかったっけ?」
「ブッチとサンダンス・キッドも、ボニーとクライドも弱いものいじめはしないだろ?」

 同級生について語るように外国人の名前が会話に出て来たので、誰? と困惑する。すると森巣は、「観てないのかよ」と大げさに肩をすくめた。

「『明日に向って撃て!』と『俺たちに明日はない』だ。映画は最高の教科書だぞ」
 映画の話をしていたのか、と理解が追いつく。そして、「映画と現実をごっちゃにすべきじゃない」と陳腐な指摘をする。

「ごっちゃにはしてない。ただ、大いに参考にすべきだとは思っているだけだ」
「強盗ヤギの犯人たちも、その映画を観て思いついたのかもしれない」
「絶対に違うね、断言できる」
「わたしもその映画知らない」
「生徒会長が聞いて呆れる。知識がない、とバカにされるぞ」
「そんなバカの相手はしないので結構です」

 ふん、と森巣は口をへの字にしたが、ルーズリーフを地図のように眺めると、うんうん頷き、顔をほころばせた。

「偉そうにしちゃって」小此木さんが不服を口にしたが、大して気にしているようではなかった。態度の悪いペットに、呆れているような愛着さえ伺える。

 野次馬的だと思いつつ、呼び出されたのだから僕にも権利があるとも感じ、森巣の持っているルーズリーフを覗き込む。暗号が解けたという話は、観たことのない映画の内容よりも気になった。
 紙には、件の○×のマークと、綺麗な文字が書かれていた。赤い文字でアルファベットの羅列が、その下には青い文字で英単語が整列している。

『ndumznmwqendqmp Brian bakes bread』
『vuyiqzffaomrq Jim went to cafe』
『dazqmfezmmpxqe Ron eats noodles』
『danqdfsqfemzmbbxq Robert found beatlesapple』

 目を見張り、青い文字の英単語を読む。英単語は文法に則っており、ちゃんと意味が通じるものになっていた。

「これ、小此木さんが解いたんですか!?」
「そうよ。大したことはしてないけど」
「いやいや、すごいじゃないですか! 僕にはただの文字化けにしか見えなかったですもん」事実だった。牧野が「暗号」と言っていたが、キーボードをめちゃくちゃに叩いて決めた文字列や、意味深に思わせるためだけの文字群でしかないのかという、やけっぱちな憶測しか僕には思い浮かばなかった。

「謙遜じゃなくて、これは単文字換字暗号っていうとても単純な仕組みなの。出てくる平字の頻度にムラがあるから、なんとなく想像できちゃうし、鍵字を使って変換を混ぜ合わせていなかったから、規則を見つけたらするするわかっちゃうのよ」

 小此木さんが滔々と教えてくれているが、理解ができず、縋るようにちらりと森巣を見る。が、森巣は僕のことを気にかける様子もなく、じっと文字列に視線を落としていた。
 仕方がないので僕は、なるほど鍵字ですね、とわかっていないくせに、曖昧にうなずく。代わりに、自転車を想像する。ダイヤル式のチェーンがたくさん車輪に巻かれていたら、全部外さなければならず、自転車を漕げない。鍵字が多いと大変とはそういう話かもしれない。違うかもしれないけど。

「これって、アルファベットのAをMにして、並び変えたものなのよ。BはN、CはOって感じ」
 ぼくの心中を察してか、小此木さんが諭すような口調で続けてくれた。頭の中で鍵が外れ、車輪が回転する。「っていうことは、DはPですね」

「そういうこと。文字をずらすシーザー暗号っていうシステムなの。みんなに解読されるのも時間の問題じゃないかな」
「もしかして一つずつ、ずらして検証したんですか?」

 小此木さんは「まあ、一応」とうなずいてから、はっとした様子で森巣を見た。

「面倒臭そうだから、わたしに任せたんでしょう!」
「信頼しているからに決まってるじゃあないか。それに好きだろ、そういうのを解くの」
「まあ好きだし、スッキリしたけど」そう言って簡単に森巣を許す小此木さんを見ていたら、二人はなんだか仲の良い姉弟に見えた。
「だけど、これってどういう意味なんでしょうね」
「ブライアンはパンを焼く、ジムはカフェに行く、ロンは麺を食べる」

 詩を読み上げるように、森巣が口にする。よく通る声をしているので、何か特別な哲学や深い意味があるようにさえ思えた。

 こつこつ、こつこつと規則正しい音がするので何かと思えば、森巣が机の上を叩く音だった。人差し指から小指までを順に、ピアノの鍵盤を弾くみたいに動かしている。前にも見たな、と思い出す。彼の考えるときの癖なのかもしれない。

「霞、この解読はあっているのか?」
「と、思うけど、どうして?」
「ロバートはカブトムシの林檎を発見する、ここがよくわからん。カブトムシの林檎ってなんだ? 餌か?」
「ああ、そこね。所有格のsだと思うんだけど、アポストロフィーがないんだよね。暗号だからかと思ってスルーしたんだけど」

 やり取りを聞きながら、自分の頭の中で閃光が焚かれるように、浮かび上がるものがあった。

「ビートルズ」

 反射的に口をついていた。森巣の指が止まる。二人からの視線が集まり、どきりとする。要らぬことを言ってしまったと焦り、「なんでもない」と続ける。森巣が顔をしかめるが、それに反して小此木さんが「あー」と感心するように嘆息をあげた。

「そういうことかぁ」「なんだよ」「どうして気づかなかったんだろ」「だからなんだよ」

 森巣が苛立ち、舌打ちをする。だけど、二人のやりとりを見ても、はらはらしなくなってきた。森巣が歯噛みしているが、微笑ましささえ感じる。焦らされるのがかわいそうだとは思わないけど、勿体ぶるほどのことではないと思うので、僕は説明をする。

「訳は、『カブトムシの』じゃなくて、『ビートルズ』なんだよ、それでアップル」
 そう伝えると、森巣はきょとんとした。眉を歪め、首を傾げ、説明を求む、と顔に書いてある。まさか、わからないの? とこちらが驚く。小此木さんが「あれー?」と愉快そうに声をげた。
「知識がない、ってバカにされちゃうよ?」
「根に持つとは性格が悪いな」
「見かけによらないでしょ?」

 不毛だ、と森巣が口を尖らせ、僕を見た。説明の催促をしてくるように手招きをしてくる。求められ方は癪だが、僕は説明を続ける。

「ビートルズが作ったレーベルがアップル・レコードって言うんだよ。そのシンボルマークが、林檎なんだ」
「ビートルズねえ」と興味がなさそうに言った。映画の話をしていたときの熱量はない。
「一応教えておくけど、ビートルズの映画もあるよ」
「『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』なんて名前の映画、観る気は起きないな」
「他にも映画はあるし、有名な曲も多いのに」
「有名だからいいってもんでもないだろ」
「いや、名曲だらけだよ!」

 僕と話をしながら、森巣は制服のポケットからスマートフォンを取り出して操作し始めた。画像検索でもかけていたのだろう。THE BEATLESというロゴが書かれた青林檎が表示されているはずだ。

「グラニースミスという種類の青林檎なのか」
「種類までは知らないけれど」
「日本じゃ珍しいみたいだぞ」

 確かに、聞いたことがない種類だった。知ってました? と訊ねるように視線を向けると、小此木さんも首を横に振っている。

「それにしてもさ、どういう意味なんだろうね。強盗ヤギはビートルズのことが好きなのかな?」
「だとしたら……」
「だとしたら?」
「嫌ですね」

 強盗事件に僕の敬愛するミュージシャンの名前が出てくるのは、なんだか彼らのことを汚されているようで、悲しい気持ちになる。小此木さんが「だね」と僕を慰めるように短く言った。

 小此木さんによって、強盗ヤギの暗号文の解読はできた。だけど、その意図がわからない。各々が考え込み、美術室に沈黙に包まれる。

 なんとなく、次に口を開いた人が正解を言わなければいけないような雰囲気になったような気がする。ので、僕は思考を放棄して、二人が何か言うのを待つことにした。ストローを咥えて、飲料ヨーグルトをすする。が、中身が空になり、ずずずと音がした。お昼ご飯を食べていないから、お腹も空いているし、頭も回らない。 

 そんな中、軽快な電子音が鳴った。クイズ番組で回答者がボタンを押すようだ。
 実際は森巣のスマートフォンに着信があっただけだけど、森巣は何故か画面を見つめ、満足そうに笑みを浮かべから立ち上がった。

「糖分が必要だな。放課後に甘いもんでも食べに行こう」

 正解、と思って僕は条件反射でうなずく。

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