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100万円ゾンビ(初稿−7)

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 百万円をくれるだけではパンチが足りないと思ったのか、男はゾンビになって戻って来た。頭の中が、「何故」で埋め尽くされていく。

「何故百万円をくれたの?」「何故戻って来たの?」「何故ゾンビの真似をしているの?」「何故人を襲っているの」「何故襲い続けているの?」

 僕の疑問におかまいなしに、ゾンビは動き回り、通りかかったカップルの男に抱きついた。
 二人の世界に闖入してきたことに腹を立てたのか、男がゾンビをどんっと突き出し、文句を言っている。が、ゾンビにコミュニケーションをする気はないようで、再び両腕を伸ばして接近を開始した。

 男はゾンビのベルトの辺りに手を回すと、綺麗に足を払った。ゾンビが背中から、地面に倒れる。今のは柔道か何かの技だったのかもしれない。

 僕の心を代弁するように、小此木さんが「一本」と声を上げた。ここはまるで観戦席だ。だけど僕はサポーターではない。どうしたものかと傍観していたら、レフェリーよろしく男たちがかけつきた。

 アロハ、ポロ、黒Tの三人組で、格好は違うけどみんな鍛えているのが体格からわかるし、物騒であるとか野蛮であるとかそういった雰囲気はおそろいで身に纏っている。

 三人組の歩みには迷いや躊躇いがなく、ゾンビを討伐してやるぞ、と意気込んでいるようだった。三人とも人相が悪い上に険しい顔をしており、威圧感がある。

 もし自分が弾き語りをしていたときに彼らに囲まれたら、即座に演奏を止め、楽器をしまって逃げるだろう。柔道技を決めていた男も、ゾンビよりも三人組に慄いている様子だった。ぱっと身を起こして、三人組と間合いを取った。彼女を庇うように立ち向かい、何かを言い合っている。

「なになに、あの人たち? 敵? 味方?」「敵も味方も、何が何やら」「良いもん? 悪もん?」「雰囲気はヤクザですけど」

「ゾンビVSヤクザだね」と小此木さんが愉快そうな声をあげる。
「B級映画じゃあるまいし」と返事をしつつ、そこで僕は、これは何かの撮影をしているのではないか、と思い至った。映画のようだと思っていたが、本当に映画を撮っているのではないだろうか。この辺りがロケで使われることはよくある。映画でなくとも、テレビ番組の壮大なドッキリ撮影かもしれない。

 だが、予想に反して、駅前広場にはスマートフォンを向けている人はたくさんいるものの、大きなカメラを構えている人や撮影クルーと思しき人たちは見当たらない。怒らないから、安心させてほしい、嘘でしたと言ってほしい、と半ばすがる気持ちで視線を彷徨わせる。

 そのとき、迫力のある咆哮が聞こえて来た。窓が震え、何事かびっくりし、僕の体が飛び上がる。

 声のした方、すなわちゾンビの辺りを見ると、いつの間にか襲われたカップルはいなくなっていて、ゾンビが強面三人組から恫喝を受けていた。

 三人組は、ゾンビの両サイドに一人ずつ、先頭に一人という「絶対に逃がさない構え」と呼べそうなフォーメーションになった。見事な連携、鮮やかな手際の良さでゾンビの自由を奪っている。敵も味方もないので、どっちを応援していわけではないが、拳を握り、僕は行く末を見守っていた。

 ゾンビは腕を振り回して暴れていたが、筋力には敵わなかった様子で、ずるずると駅の方へ引きずられるように消えて行った。まるで拉致だ、と思いつつ、何をするのが正解かわからず、呆然としてしまう。

 三人組により、無事にゾンビは排除された。駅前広場に残された人々が「平和が戻ったぞ!」と歓喜に沸き立つ。わけではなかった。

 みなが遠巻きに眺めていたが、まだ何かを待っているような気配が漂っている。ライブでバンドメンバーが退場し、まだアンコールで戻ってくるのかな? とそわそわしているような趣がある。終わったの? 終わってないの? まだやるの? 説明が欲しい。

 なんのアナウンスもないので、会場、ではなく駅前広場の人たちは、今のは何だったのだろうか、ときょろきょろし互いの顔を確認しながら、あまりにも何も起きないのでパチンと夢から覚めたように、それぞれの生活に戻って行った。パントマイマーもはっとした様子で、奇妙な動きで見えない壁作りを再開する。

 僕も首を傾げながら、前を向き、小此木さんと顔を見合わせる。多分、僕も似た表情をしているだろう、小此木さんは驚きと緊張と困惑がないまぜになった、何とも言えない神妙な顔をしていた。難解な映画を見た後、どんな感想を口にしたものか、と悩むのにも似ている。

「ヤクザが勝ちましたね」と僕は考察のない感想を口にする。
「気を抜くのは早いよ。噛まれて、ゾンビ化して戻って来るかもしれない」
「あの三人組に勝てる気がしませんね。銃を持ってても、僕はきっと食い殺されますよ」
「平くんがゾンビ化したら、すぐに楽にしてあげるね。頭に二発」
「もしかしたらワクチンが開発されるかもしれないじゃないですか」すぐには殺さないでくださいよ、と訴える。

 小此木さんが、冗談冗談、とにこにこ笑い、それから「さて真面目な話」と腕を組んだ。

「百万男が、ゾンビになって戻って来たけど、ヤクザたちに攫われた」
「わけがわらかないですよ」
「でも、一つはっきりとわかることがある」
「なんですか?」
「その百万円はヤバいお金だよ」

 僕の膝の上のバッグが、ずしりと重くなったように感じた。逃さないぞ、というプレッシャーの重さだ。巻き込まれたくない、勘弁してほしい、百万円を誰かに渡して解放されたい。どうしましょう、と眉尻が下がる。

 そんな僕の不安をよそに、小此木さんが興奮気味に口を開けた。

「さあ、ややこしくなってきた!」

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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