読み始めたら戻れない『メドゥサ、鏡をごらん』
読書感想文5冊目
『メドゥサ、鏡をごらん』(井上夢人)
夏と言えば、怖い話!……とは、別に思っていないけれど、ホラー漬けの夏であった。
昔はテレビで怖い話の番組をやってくれるから夏と言えばホラーと思っていたけど、最近はそうでもないし、配信でいつでもホラー映画を観られるようになったから、ホラー=夏って感じがあんまりしない。
ホラーが大好きなので、いつでもホラーを楽しめるので私は嬉しい限りである。
ちなみに、能動的ホラーどっぷりだった理由は、ただホラーが好きだからではない。
「如月さんのキャラを動かしてストーリーを紡ぐ筆力で、
ホラーやホラーミステリーが読んでみたいと思い、お声がけをいたしました。」
と編集さんからご連絡をいただいたからである。
このご連絡には、飛び上がるくらい嬉しかった。YATTAZE!
もちろん、お仕事のご依頼だからということもあるけども、いつかホラーを書きたいなぁと思っていたからだ。
ミステリー小説ばかり書いてきたが、実は私はホラーが大好きだ。
小説を読むようになったのは兄の影響で、兄が角川ホラーばっかり買って読んでいた。ので、私もそのお下がりを読んでいた。
子供の頃、テレビで放送するホラーやレンタルを隣で見ていて、「怖いしグロいし夢に見るし、兄の趣味は最悪だ」と嫌だったんだけど、まあそれでも怖いもの見たさの気持ちが強くて一緒に楽しんでいた。
というわけで、ホラー小説を書かせていただけそう、という機会はすごく嬉しくて「ミステリもいいですけど、今回はホラー小説を書かせてください!!」とお願いした次第である。
ホラー小説を書きたいけれど、ここ数年はミステリーの勉強をもっとしなければとミステリーばかり読んでいたので、ホラーをあまり読めておらず、ホラー強化をするためにホラー小説を読んでおりましたとさ。
『メドゥサ、鏡をごらん』もその内の一冊。
主人公の恋人の父親、作家の藤井陽造の遺体が見つかるところから物語が始まるのだが、藤井は自分で木枠を作って全裸で全身をセメントで塗り固め、睡眠薬を飲んで死んでいた。
そして、コンクリートを割ってみると、小瓶も見つかり、その中には「<メドゥサを見た>」という奇妙な文章が見つかる……
藤井はどうしてそんな奇妙な死に方をしたのか?
<メドゥサ>とはなんなのか?
藤井が書いていたはずので原稿が消えているが、一体何を書いていたのか?
その辺りを探る物語なんだけど、途中から「おや? これはどうにも説明がつかないぞ」と思う現象に巻き込まれ始めたときにテンションが上がり、ぞくぞくし、あぁホラー小説の世界に足を踏み入れてしまった、戻れなくなるぞ、と生唾を飲んでページをめくっていた。あとはもう、ずぶずぶと。
ミステリ小説の場合、すごく気になる謎を考え、それが合理的に説明され、どうしてそんな謎を作り出したのか? という背景やテーマが風のように吹き抜ける瞬間が好きなんだけど、ホラーの場合はそうではありません(私の感想)。
ホラーって、わからないから怖いと思う。そして、分かった気になっていたのに、あぁ全然わかっていなかった、手に負えないと絶望した瞬間に、とてつもなく共感して身震いする(私の感想)。
本作はそこから、ホラールートを走り続け、主人公の見えているもの、感じていること、生活や他人、今までの普通が崩れていってどんどん戻れなくなる、どこへ向かったらいいのかもわからなくなる、という不安や心細さを味合わせてくれたので大満足だった。
記憶のずれ、消えた原稿、田舎町での陰惨な出来事、何かを隠している人々、など気になる要素があるので好奇心を刺激され、ぐいぐい読んでしまい、その行為自体で自分自身も戻れないどこかに行ってしまうような気持になる。ああ、ホラーの醍醐味!
ホラー映画やホラー小説を読んでいるときに、「自分だったら、そこには行かないし、それ以上調べない」と感じることがあると思う。
でも、本作では、戻るきっかけはあるかもしれなかったけど、それがいつだったかはわからない。
引き返そうと振り返ったらすでに濃霧が立ち込めていて、道がなくなっているような不安や恐怖を読者は味わうことになる。
戻りたくても戻れない、だったら進むしかない、でもきっとその先は……
不条理へ向かって行く結末。
悪夢のような迷宮を彷徨う体験、自分はいつあから間違えたのだろう……という後悔や諦観と共に本を閉じた。
謎は謎のまま、怖いもの見たさや好奇心で覗き込み、もう戻れなくなってしまう。
だけど、ああ、よかったよかった。これが小説で。フィクションで。
さ、仕事しーよう。小説書ーこう。
そう思いながら食器洗いをしていても、シャワーを浴びていても、ベッドに入っていても、たまに脳裏によぎる。
もし、現実で同じことが起こったら、自分も戻れなくなるのではないか?
起こらない保証なんてないじゃないか。
ほら、だって、そこに。
『メドゥサ、鏡をごらん』以上ッ!
ではではまたまた