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100万円ゾンビ(初稿−4)

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「腹が減っては戦ができぬだしさ、ご飯食べない? 実はお昼を食べ損ねてて」
「戦はしませんけど、僕もお昼食べてないんで、そうしましょうか」

 二人で駅前にあるパン屋へ入る。小麦とバターの香りがする店内で、トングを持ってうろうろ歩きながらパンを選ぶときは、ウキウキしてしまう。

「それだけでいいの? 百万円あるんだから、たくさん買えばいいのに」
「いや、これは僕のじゃないですし」
「良ちゃんだったら、絶対にすぐ自分のものにするよ」
「僕は森巣とは違うんで」

 そんなことを小此木さんと話しながら会計を済ませ、僕らは二階のイートインコーナーへ移動した。窓側の席に座り、そっと広場を見下ろしてみる。僕のことを探し回っている黒服集団が現れたりしていないかな、と思ったがそんなことはなく、大道芸人が何かパフォーマンスをしたのか、集まった人々がわっと拍手を送っていた。

 いただきまーす、という声がして向かいを見ると、小此木さんが口を大きく開けてデニッシュにかじりついていた。口をもぐもぐと動かし、耽溺した様子で目を細めてうんうん頷いていた。美味しそうにものを食べる人だなあと眺めていたら、「でもさ」と小此木さんがパンから視線を外して僕を見た。

「ストリートミュージシャンが演奏をして、聴いた男がお金を恵んただけって可能性もあるよね?」

 パンの感想を言うかと思ったが、ちゃんと僕のことを忘れずに考えてくれているようでほっとする。が、「どうでしょうね」と首をかしげる。

「でも、自分の言うのもなんですけど、僕の演奏ですよ? しかも、初めての。人に認めてもらえたんだったら、そりゃあ嬉しいですけど」
「まあ、いくらなんでも、額が大きすぎるかあ」

 何か裏があるのでは? と思うのは決して考えすぎではない気がする。

「警察に行こうかとも思ったんですけど、贅沢なお悩み相談になっちゃうような気がして」
「高校生から弾き語りして百万もらいましたなんて言われたら、警察官も交番飛び出して弾き語りを始めるかもね」

 真面目に考えてくださいよ、と懇願するようにじっと見つめると、「ごめんごめん」と謝られた。

「で、どんな人だったの? 何か特徴とかは? カーディガンをプロデューサー巻きしてたとか」
「二十代前半って感じの、若い人でしたよ。茶髪で七部袖のジャケット着てて、大学生っぽかったですね。しゅっとしたモテそうな人でしたけど、なんだか疲れたような難しい顔をしてました」
「大学生かあ。実は音楽事務所の人で、手付金として百万をくれたってことはなさそうね」
「スカウトってことなら、名刺をくれたり名乗ったりしてくれてもいいもんですよね」
「無言だったんだ? そうだ、どんな流れでもらったの? そこを詳しく教えてよ」

 百万円をもらう、それは一大事ではあったけど、あまり目立つことではなかった。丁寧に話そうと記憶を呼びさまし、一つ咳払いをしてから、ええっとですね、と口を開く。

「さっきも言いましたけど、三時からそこで演奏を始めて、二十分くらいはみんなから無視されて、自棄になって自分の曲を始めたんですよ。そうしたら人が集まり始めて」
「自棄になってオリジナルをやるとは、なかなかにロックだね」
「演奏したのはたった二曲だけですけどね。あの若い男が来たのは最後の曲のときでした。腕組んでぶすーっとした顔でちょっと怖かったですよ。足踏みしたり、体を揺すったりしてリズムを取ったりもしないで、仁王立ちのお手本みたいでした」
「それだけ真剣に聴いていたってことかな。その人とは何か話さなかったの? 素晴らしい演奏だったよ少年、とか。久々にブルースで魂が震えた、とか」
「いやー、聴いてくれてくれてはいましたけど話はなかったですね。演奏が終わって、聴いてくれた人たちにお礼を言ったら、みんなどこかに行ったんですけど、その人だけずっと残っていて、なんだろう? っと思ったら茶封筒をギターケースに入れられたんです」

 男が僕を値踏みするようにじろじろと見てから、屈んで茶封筒を丁寧にギターケースに入れるのは、なんだか印象的だった。

「ねえその人、本当に最後の曲しか聴いてないの? 実は離れたところからずっと聴いてたってことはない?」
「最後の一曲だけでしたね。演奏をしてるときって、周りがすごく見えるんです。ただでさえ、立ち止まってくれる人なんて全然いないので、離れた場所にいても聴いてくれてたら、わかったと思います」
「そうだった、平くんはすごく目が良いんだった」
 いやいや、と謙遜をしつつも「見逃したってことはないと思います」と伝える。

 僕の返事を予想していたのか、「んー、やっぱり」と小此木さんは口を開いた。

「さすがに百万円を払うんだとしたら、一曲だけってことはないよね。やっぱりスカウトマン説はなしかあ」

 音楽業界だって不況だろうから、弾き語りの高校生に百万円をくれるスカウトマンなんていないだろう。小此木さんに説明をすることで情報の整理ができて助かるが、謎は謎のまんまだ。うーむ、と眉根に皺が寄る。

「何か他に思い浮かびます?」
「お金持ちの気まぐれとか」
「金持ちの道楽だとしても、百万払って僕のリアクションが見たいとは思えませんよ」
「お金持ちが何考えてるのかなんてわからないよ? おれは若者に金と夢を与えたぞ、こんなことできる自分はすごいぞ、って愉悦に浸っているかもしれない」
「なんか、俗な使い方ですね。利用されたようで気分が悪いですよ」
「お金をどう使うかって、人の性格が出るよねえ」
「小此木さんだったら、どうします? もし、自由に使って良い百万円があったら」

 小此木さんがカレーパンをくわえたまま、視線を外し、じーっと僕のボディバックを見つめる。「あげませんよ?」と一応伝える。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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