クビキリ(2稿-7)
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「で、警察に通報した、と」
森巣がいつの間にかメモ帳を開き、ペンを走らせていた。交番での聴取を思い出しながら、姿勢を正して頷く。これが、僕のクビキリ発見のあらましだ。
「森巣は、僕が見たのは犯人だったと思う?」
「そうだね、可能性としては高いと思う」
「あっちが第一発見者で、僕を見て犯人だと思って逃げたんじゃないかな? という気もするんだけど」
ここ数日考えていたことを尋ねてみると、森巣は僕の顔をじっと見てから渋い顔で首を横に振った。「それはないと思うよ」
「僕が見た人の格好が怪しいから?」
「それもあるけど、俺が仮に第一発見者で動揺していたとする。それでも、平は人の良さそうな顔をしているから、暗闇の中で平を見ても逃げないと思う」
「そう……かな?」
自分の顔を触ってみるが、触れてみても逃げ出さない顔か確かめることはできない。怖い顔はしていないと思うけれど。
「ま、人は見かけによらないけどね。少なくとも、自転車を押して現れた平を犯人だとは思わないかな。それともビックリされるような格好をしてた?」
「Tシャツにジーンズだったよ。ぎょっとされる服じゃなかったと思う」
「それにしても災難というか、平もとんでもない所に居合わせたね。無事でよかった」
「本当に、そうだよね。犯人が襲って来なくてよかったよ」
「犯人の特徴は他に覚えてないの? マスクとサングラス以外に。男だった? 女だった?」
尋ねられ、ええっと、と思い出す。
「ガッシリとした体格ってわけじゃないけど、男だったと思う。髪の長さはフード被ってたからわからないけど、女の人ほど線は細くなかったし」
「身長は?」
「離れていたけど、百七十前後くらいじゃないかな。僕らと同じくらいだよ。あ、あと、さっきも言ったけど、パーカーの背中に、大きくXって書かれてた。ブランド名かな?」
「X? 聞いたことないな」
じゃあ、あれはただのシンプルなデザインというだけだろうか。
僕が語り、森巣が相槌を打ちつつペンを走らせる。僕の話をずいぶん熱心に聞いてくれるなあ、となんだか嬉しく思うが、僕が危険なことに関わらせているような気もして不安になった。
「平は瀬川の犬がいなくなる前にクビキリと犯人を見ているから、不安に思っているわけだ? でも、瀬川の犬は散歩中に迷子になっただけなんだろ? 心配ではあるけど、そこまで深刻にならなくてもいいと思うよ」
森巣が僕を案じるように優しい言葉をかけてくれる。励ましの言葉は嬉しいし、その言葉で心が軽くなれば良かったのだが、僕の不安が晴れることはなかった。
どうしよう、これ以上森巣に話をするべきか。瀬川さんの役に立ちたいけど、森巣に同じ苦しみを味わわせたくもない。
そう逡巡しながら、コーヒーに手を伸ばす。すっかり冷めていて、苦い気持ちが更に濃くなる。
「それで?」と森巣が顔を上げた。
「それで?」と僕は尋ね返す。
「なんだか言いにくそうにしているけど、まだあるんだろ?」
「なんでわかったの?」
「平は顔に出やすいんだよ」
森巣がそう指摘し、親しげに頬を緩める。
さあ、話してよ、と促され、僕は口を開いた。
「……実は、瀬川さんの犬は散歩中にいなくなっただけじゃないんだ」
どういうことか? と森巣が眉間に皺を寄せる。
「散歩中に、襲われて、拐われたんだ」
そう教えたとき、入店を知らせるカウベルが鳴った。視線を向けると、ちょうど瀬川さんがやってきたところだった。
瀬川さんが僕を見て手をあげ、向かいの席の森巣を見て目を丸くする。
「続きは瀬川さんの口から」