見出し画像

強盗ヤギ(初稿−11)

       11

 暗号について僕が気づいたことを、スマートフォンのメッセージで森巣へ飛ばした。既読マークはついたが、返事はない。昨夜、言われた通り僕が見たものも森巣に送ったが、それの返信もなかった。読まれているとは思うけど、無言なのはなんだか不安になる。

 昼休みになり、様子を知りたかったので六組に森巣の様子を見に行ってみた。中を覗くと、生徒たちは僕らのクラスと同様に、強盗ヤギについて喋りながら動画を見ているようだ。

 だけど、そこには森巣の姿はなかった。トイレにでも行っているのだろうかと思って廊下で待ってみたのだが、なかなか戻ってこない。じっとしているのがもどかしく、もしかして美術室で小此木さんと話し込んでいるのかな、と足を運ぶことにした。

「おっ、平くんじゃないか。待ってたんだよ」

 美術室に顔を出すと、そこには昨日の油絵の続きを描いている小此木さんの姿があった。僕を認識すると手を止め、手を挙げ、笑みを浮かべた。生徒会長と話すのは二度目なので距離感をつかみかねるが、「こんにちは」と挨拶をしながら近寄る。

「森巣を探しに来たんですけど」
「良ちゃん? 今日はずる休みするって連絡がきたよ」
「ずる休み?」
「昨日頼んだお使いのお礼に、平くんに飲み物を買っておいたんだよね。よかったらどうぞ」

 小此木さんが、机の上に置かれたヨーグルト飲料の紙パックを差し出してくる。お礼を言い、受け取る。ストローを抜き出してぷすりと差しこみながら、「昨日、小此木さんは来なくて正解でしたよ」と告げる。

「実は、店に行ったら、強盗ヤギが来たんです」
「知ってる。やっぱりね」
「やっぱり?」

 尋ねると、小此木さんが不思議そうな顔をし、「あれ? 知らなかったの?」と口にした。知らない? 僕は何も知らないぞ、と思って曖昧に首を振る。

「ほら、強盗ヤギが店に残して行く暗号あったじゃない。で、解読をするとブライアンはパンを焼いた、ジムはカフェに行った、ロンは麺を食べる、ロバートはビートルズの林檎を発見するって読み解ける」

 うる覚えではあるけど、確かそういう内容だったと思い出しながら、「ええ」とうなずく。

「バー、パン屋、カフェ、蕎麦屋、って襲われてきたから、次に襲われるのは青林檎、グラニースミスが出るお店だと思ったんだよね。暗号は次に襲う店の予告になっているの」

 小此木さんの言葉と、強盗ヤギの情報が頭の中でかちりかちりと音を立てながら組み合わさって行くようだった。

「てっきり、良ちゃんが説明をしてるものだとばかり。それは、ごめんね」

 僕だけ知らなかったのか、という心細さと共に、思い出して気づくことも多かった。横浜駅で、色々な店を見て回ったが、あれは閉店間際に入店するための時間稼ぎをしていたのではないか。森巣はあえて黙っており、僕を店に連れて行ったのだ、と思い至る。

 怒りよりも先に、失望にも似た気持ちを覚えた。楽しく食事をしようと思っていたのは、僕だけだったのか、とショックだった。

「どうして、森巣は僕を連れて行こうとしたんでしょうか」

 訊ねると、小此木さんは、ぺたぺたと絵筆で絵の具をかき混ぜながら、「んー、わからないけど」と小さく唸ってから口を開いた。

「良ちゃんが珍しく他人のことを嬉しそうに話してたのよ。勇気がある奴と知り合ったって。それでじゃないかな? あと、目がいい、とも言ってた」

 僕には勇気なんてないし、買いかぶりだ。目がいいなんて理由も、漠然としている。

「でも、小此木さんも、強盗ヤギが来るかもしれないなんて知っていたなら森巣と僕を止めてくれてもよかったんじゃないですか? 危ないじゃないですか」

 口を尖らせ、不満をぶつける。これは間違っていないことだと思った。

「良ちゃんは、止められないよ」

 自然災害について口にするような、諦観の滲んだ口調だった。

「良ちゃんは、戦うことをやめられない。だって、そうやって生きて来たんだもん」

 森巣が、父親に殺されかけたという話をしていたなと思い出す。森巣が裏表のある人間であることや、好戦的な人間であること、事件に興味を持つ人間であることには、まだ僕の知らない背景があるのだろう。

「森巣は一体どうして、ああなったんですか?」
「それは、わたしの口からは言えないかな。プライバシーに関わるし」
「それじゃあ、小此木さんと森巣はどういう関係なんですか。どうして小此木さんは森巣を許してるんですか」
「良ちゃんの小さかった頃からのことを知っているから。わたしは何もできなかったんだけど、良ちゃんはわたしを助けてくれた。だから、わたしは良ちゃんの助けになることはしてあげようと思ってるの」
「小此木さんは何をしてもらったんですか?」
「うち、母子家庭なんだけど、小学生のとき、母親の恋人に悪戯をされていたの。悪戯って言っても、性的なやつね。いやらしい目線で見て来たり、スキンシップが多かったり。それでエスカレートしてきて、これはいよいよヤバいぞってときに、良ちゃんが助けてくれたの」

 子供が、大人の欲のはけ口にされるなんて、心が掻き毟られるような酷い話だった。思わず、自分の顔が情けなく歪み、信じられないと首を振る。

 自分の不用意な発言が人の忌まわしい過去を思い出させてしまったのではないか、と心苦しくなる。僕は、考えなしに訊ねたわけではない。でも、自分がひどく軽率なことをしてしまった気がした。

「すいません、辛い話を」
「平くんは誰にも言わなそうだし、良ちゃん、いいところもあるから、知ってもらいたくて。それに、もう大丈夫だから。変態ロリコン野郎はちゃんと誰かにボコボコにされたし」

 あっけからんとした口調で小此木さんはそう言って、元気だよ、とアピールするようにニコッと笑ってくれた。
 ボコボコにされた? 誰がした? 思い当たる人物は一人しかいない。

「良ちゃんは悪い子じゃないけど、きっと一人だと道を踏み外す気がする。だからね、友達ができたらいいなって思ってたの」

 小此木さんの気持ちはわからないではない。小此木さんを助けたことはいいことだと思う。
 だけど、僕を強盗ヤギの現れる店に説明をせずに連れていったことは、間違っている。行き先もわからず、道案内をされ続けているような不安を覚える。

「小此木さん、森巣を正しいことをしているんでしょうか」
「良ちゃんは、自分だけの価値観で判断して行動しているだけで、正しいとか間違ってるとか、そういうのじゃない気がするんだよね。良ちゃんがどういう人間なのか、平くんがどう思うかは自分で決めてあげて。友達になれない、と思ったら、絶交してもいいからさ」

 絶好、という言葉は子供じみていたけれど、カードの一つだと真剣に思えた。

 一体どうしたものかなと頭をかきながら視線を外す。キャンバスには林檎が描かれ、うっすらと下地になる薄い色が塗られている。僕と森巣の関係も、この薄く色づいた状態だ。どんな色になるのかわからない。
 そんなことを考えていたら、あることを思い出した。

 アップルパイのお会計を忘れていた。

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!

お読みいただき、ありがとうございます…! お楽しみいただけましたら、サポートいただけますととっても嬉しいです☆彡 スキ・コメント・サポートを励みにがんばります…!