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天国エレベーター(初稿−3)

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 頑張ることを「骨を折る」とは言うけど、実際頑張るのは骨を折った後だな、と思う。食堂の空いている席に移動して、痛む右腕を庇いながら移動するのは苦労する。迂闊に摂食しようものなら、その場でもんどり打つほどまだ痛い。

「なんだこれは?」

 注文してきたものが運ばれて来て、森巣が眉をひそめる。

「何って、パフェだよ」

 テーブルの上には、オレンジジュースと花弁を想起させる器に入った、生クリームとアイスクリームがそびえるパフェがある。ファミリーレストランや専門店のような大仰さはない、ささやかなものだけど、それでも迫力がある。

「入院食以外を食べていいのか?」
「森巣のだよ。見舞いに来てくれたお礼にね」
「パフェを食うって気分じゃないぞ」

 そりゃそうだ。パフェを突く森巣を見るのは愉快かなという悪戯心で注文したのだから。

「じゃあ、こっちのチーズケーキにする?」
「いや、毎年七月は絶対にケーキを食わないことにしてるからな」

 森巣はそう言って、勢い良く甘味の山にスプーンを突っ込み、口に運んだ。

「期待してなかったが、なかなか悪くないぞ」

 チョコレーソースのかかったアイスを掬って口に運び、頷きながら食べる森巣を見て、そう言えば調査をしているときに、一緒にカフェに行ったなあと思い出す。あのときも感心した様子でアップルパイを食べていた。甘い物を美味そうに食べる奴、ということは森巣についてのことで知っている数少ないことの一つだ。

「一口くれない?」「絶対にダメだ」「ケチ」

 自分はそう言ったくせに、僕が「いただきます」と言ってケーキを食べようとしたら、先にスプーンでケーキをえぐり、自分の口に放り込んだ。

「ケーキは食べないって言ってたじゃないか」
「一口だけだ。少し待て」

 毒味じゃあるまいし、と苦笑する。しかし、よく見れば森巣の頬が以前よりこけて見える。最近ちゃんと食べていたのか? と心配になる。

 先週の金曜に襲われたので、あれから三日経った。以来僕は学校に行ってはいないが、その一週間前から森巣は学校に来ていなかった。その間に何をしていたのか、気になっていなかったと言えば、嘘になる。

「森巣は学校に来ないで、何をしてたんだい? 小此木さんも心配してたぞ」
「滑川を覚えているか?」
「頭を殴られたけど、記憶喪失にはなっちゃいないよ。君がご執心だった悪党だろ」

 森巣と関わるきっかけとなった事件、巻き込まれた事件、その全ての裏に滑川という男がいた。自分のものではない影が、ずっとつきまとってきているような不気味さがある。

「滑川は犯罪起業家みたいな奴だ。顧客はみんな裏カジノ、会員制の違法な賭博王に出入りしていた連中だ。そういう奴らだから、倫理観も狂っているし金も持っている。滑川の商売相手としては打ってつけだったんだろうな。俺は調査の為に、その裏カジノに潜り込んでいたんだ」
「学校に来ないでカジノに通ってたわけ?」
「学校とどっちが大事かなんて、比べるまでもないだろ。滑川は病気の子供がいたら親を騙し、疲れた母がいれば金品を奪い取り、死にそうな奴を利用する。つまり弱い人間を食い物にして私腹を肥やす汚ないゴミだ。目に入ったゴミは捨てないといけない、だろ?」

 それを君がやらなくても、と思わなくもないけど、警察が逮捕せずに野放しになっていること、今も誰かが被害に遭っているのではないか、と思うと許せない気持ちはあった。「で、その調査は終わったわけ?」
「ああ、まあ、一応な」

 歯切れの悪い返事をして、森巣はかちゃかちゃとパフェをかき混ぜた。「一応?」やるなら徹底的に、というタイプだと思っていたので気になる。

「先を越されたんだ。滑川は隠れ家にいたが、襲撃されたらしい。拉致されたって話だ。汚いやり方で儲けた分、恨みも買ってただろう。楽な死に方はさせてもらえないだろうな」
「楽な死に方、ねえ」
「時間をかけてやってくれる専門業者がいるっていうのも調べていたんだが」
「キーワード、『怪しい業者』とかで検索してるわけ?」
「検索して出てきたら、そりゃ怪しい業者だな」

 振り上げた拳の行き場がなくなり、困惑しているのだろうか。冗談を口にしているけど、いつもの威勢の良さがない。

「結果として悪党がいなくなったんなら、それはそれでよかったじゃない」
「まあな、俺はそんなところだ。平はどうしたんだ? 襲われたときのことを、詳しく教えてくれないか?」
「君が犯人を捕まえてくれるのかい?」
「そのつもりだ。そいつの腕をへし折ってやるよ」
「頼もしい。でも、思いっきり殴るくらいでいいよ」と冗談で返事をしたけど、森巣ならやりかねないな、と少し気を引き締める。犯人が捕まればいいとは思っているけど、僕のせいで危険な目に遭って欲しくはない。

「大した話じゃないよ、通り魔にあっただけで、運が悪かったんだ」

 あっさり伝えてお終い、と誤魔化してみたものの、森巣の表情は険しいままだた。
 じっと僕を椅子に押さえつけて尋問するような追求の視線を向けられ続け、段々息が苦しくなってくる。喉に手を突っ込まれて、ぎゅうっと言葉を絞り出されるみたいに、結局一通り何があったのかを話をしてしまった。それってモデルガンですよね、と指摘したせいで殴られたかもしれない、ということは伏せておく。

「偶然モデルガンを見たせいで襲われてたら、タクシーが通りかかってキノコ男は逃げた。客は警察を読んで、運転手はお前をこの病院に運んだ、と」
「淡々と言わないでほしいな。実際にはもっと劇的だったんだ。死ぬかと思った」
「死ぬかと思った、か。お前はそんな目にばっかり遭うな」
「君と知り合うまではそんなことはなかったってことも気に留めておいてもらいたいな」
「図書館の帰りって話してたが……それって野毛の図書館か?」
「そうだよ」と返事をし、気付き「森巣の言いたいことはわかるよ」と続ける。

 通っていた図書館の駐輪場で、僕は人間の手によって残酷な殺され方をした猫の亡骸を見た。前を通る度に、心に大きく空いている穴に、冷たい風が吹き抜けるのを感じる。

 死とそれにまつわることを思い出す、ならば行かなければいいのに、と思われるだろう。

「自分の気持ちはまだわからんだいんだけど、なかったことにして生きるのはよくないことだって思うんだよ。残酷なこととか、抵抗できない弱い存在がいるってこととか、何もできなかった自分自身のこととか、忘れちゃいけないって」

 自分の内にある、不思議な形をした造形物の感想を口にするような気持ちで述べる。色々な解釈が生まれると思うけど、僕にはこう見える、という直感的とも無責任とも取れる曖昧な言い方になってしまった。

「ん、ああ、よくわらかんが、わかった」

 やっぱり上手く伝わらないよね、と苦笑いする。
 世の中には理不尽なことがある。僕が襲われたのもそうだ。でも、警察の人にも通り魔のことは話したから、なんとかしてくれるだろう。滑川もいなくなったのなら、僕らは学校に通う高校生に戻ろう。そう切り替えを提案しようとしたときに、コーヒーカップを持ってうろうろしている中年男性が目に入った。

 ふっくらとした体型で、困ったような顔をしていて、どことなくパグを彷彿とさせる。パグに似たおじさんを見て気になる理由は、どこかで会ったような気がしたからだ。

「あ」と思わず声が溢れる。
 彼は、滑川と共謀して偽装の強盗事件を起こした男の一人だった。

「あ」とおじさんの口が動く。
 彼は、飼い主を見つけた犬のようにと言えば大げさだけど、なんだか嬉しそうに僕らの方にやってきた。

 瞬間、目の前にいる森巣から知れないプレッシャーを感じた。ぶわっと全身の毛が逆立つような強い殺気を肌に感じる。

 僕はただ、嫌な予感がした。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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