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強盗ヤギ(初稿−16)

        16

 母親が作ってくれたオムライスとサラダを食べ終え、台所で夕飯の食器洗いをしていたら、妹の静海が「お兄ちゃん、これどうしたの?」と訊ねてきた。膝の上には、レンタルビデオ店の袋が乗っている。

「ああ、友達が勧めてくれた映画を借りたんだよ」
「あたしも観たい! お母さんはどうする?」

 妹が車椅子に座ったまま体を捻り、リビングのテーブルでノートパソコンに向かっている母親を見る。会社でやりきれなかた仕事を持ち帰り、家でやっているようだった。

「優一、何借りて来たの?」
「なんだっけ『明日に向って撃て!』と『勝手にしやがれ』だったかな」

 母親はパソコンから顔を上げて、僕の顔をまじまじと見た。何か? と視線で訊ね返す。

「何そのチョイス」
「友達のオススメなんだ」
「珍しい子だね」
「母さんは観る?」
「わたしはいいかな。でも、二人は観たほうがいいよ。そういう映画ってあるから」
「人生損してるってやつ?」
「うーん、得にはなるかな。映画ってそういうものだし。『勝手にしやがれ』はわけわかんなくて時間を無駄にしたと思ったけど」
「それって損じゃないの?」
「そんなことないよ」のんびりとした口調で母親はそう言って、ダジャレになっていることに気がついて頬を緩めていた。

 静海が早く早く、と言いながら手に取っていたのが『明日に向って撃て!』だったので、ちょっとほっとしつつ僕はテレビをつけ、DVDをセットし、再生の準備をする。映画のメニュー画面が表示されてから、僕は、早く早くと待っている静海の元に行く。

 まずは僕が先にソファに座ってから、「はい、行くよ」と声をかける。横向きに車椅子に座っている静海の足を、僕の右太ももに乗せる。転倒防止のためだ。

 そして、ゆっくりと腕を伸ばす。右手で臀部を、左手を体の前から肩甲骨あたりを抱きかかえるように支える。静海も僕の体に抱きつくように腕を回す。

「1、2、3」

 二人で声を掛け合い、体を移動させる。静海の体重が僕の腕と肩にのしかかる。子供のころに比べれば重くなった。だが、この重さを感じる度に、僕は嬉しくなる。妹がここにいるのだ、と安心する。

 そして、お兄ちゃんとして妹を怪我させるわけにはいかないぞ、と踏ん張る。体を回転させて、静海をソファに移動させ、深く腰掛けられるように奥へと押してあげる。静海も、自分の座りやすいポジションになるよう、両手を使って、もぞもぞと動いた。

「ありがと」

 いえいえ、と思いながら、DVDを再生させる。
 舞台は一八九〇年代のアメリカ西武で、ブッチとサンダンスというお尋ね者の物語だった。二人は、強盗団を作り、銀行や列車強盗をして暮らしている。だがある日、強盗に失敗し、逃亡を決意する。

 サンダンスの恋人であるエッタ共に、ゴールドラッシュを迎えて入るという話題のボリビアへと高飛びをした。だが、ボリビアはただの田舎だった。そのことに憤慨しつつ、男二人は用心棒としての生活を始める。

 最初は強盗二人組に対して、自分の経験からも眉をひそめた。だけど、泳げなかったり、外国語が喋れなくて困ったり、自転車を楽しそうに乗って入る姿はひょうきんで、いつの間にか彼らの幸せな時間が続きますようにと祈りながら見ている自分がいた。

 悪人だって人間だ。ブッチもサンダンスも、悪い奴だけど、弱い者いじめをしたりはしない。見逃してやってもいいのではないか。大げさに言うと、そんなことを感じていた。

 だが、社会はそれを許してくれない。不気味なほど、しつこい警察部隊に追われ続ける人生を送ることになり、「二人が死ぬところは見たくない」と約束をしていた恋人も去っていく。

 どんどん彼らの居場所が社会からなくなっていくのを見るのが辛かった。

 終盤になり、二人は大勢の追っ手に完全に包囲され、建物の中に逃げ込んだ。今、飛び出せば一体どうなるかわかりつつも二人はボリビアはだめだった、「次はオーストラリアに行こう」と冗談を言いかわし、銃を構えて建物を飛び出し、画面が止まった。

 激しい銃撃音だけが続く。いつまでも続く。
 エンドロールが終わってからも、しばらく呆然としてしまった。大切な友人たちがアリが踏み潰されるみたいに、呆気なく殺されてしまた。

「きっと、二人は死んじゃったよね」と静海が心細そうに言う。あれは絶望的な状況だった。僕は「うん、多分」と答える。
「でもさ、二人が一緒でよかったね」

 隣に座る静香の顔を見る。目が充血し、涙になっていたけど、ぎゅっと唇を結んでいた。

「どうして?」
「だって、一人じゃ寂しすぎるもの」

 暗闇の中で見つけた小さな光を慈しむような、懸命な言葉だった。そっか、そうだね、と僕は相槌を打ちながら、テレビ画面を見つめる。

 一人じゃ寂しすぎる。
 頭の中に浮かんでいるのは、森巣のことだった。
 恐れ知らずの森巣が何かをし、銃弾の嵐に合って倒れる姿を想像してしまい、それが拭い去れない。

「死ぬところは見たくない」というエッタの悲痛な言葉が頭の中で囁かれる。
 僕もだ。

二話目おわり
 
参考文献
『実録・闇サイト事件簿』渋井哲也 幻冬舎新書
『暗号の数理 改訂新版作り方と解読の原理』一松信 講談社ブルーバックス
『図解ハンドウェポン(F‐Files No.003)』大波 篤司 新紀元社
『YouTubeで食べていく 「動画投稿」という生き方 』愛場大介 光文社新書
『YouTube 成功の実践法則53 』木村博史  ソーテック社

TED「斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由」フランシス・ラーソン
(https://www.ted.com/talks/frances_larson_why_public_beheadings_get_millions_of_views?language=ja)

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