第39話「あなたのことがわかるのは」
キング13
「ちょっとちょっと! マイクの前でやってください!」
でっかい蝶ネクタイをつけた男子生徒に注意され、仕方なく離れる。だが、詳しく話せば怪しまれるし、言うべきことは言った。
踵を返し、所定のマイクの前に戻ってから、天宮に向き直る。困惑した表情の天宮と、中途半端な笑顔を浮かべている小南が見える。小南には、あとで謝ることにしよう。
俺はまた、大事な場面で小南の期待を裏切ることになった。
「天宮静香さん、俺と付き合ってください」
どよめく声の波が、ステージまで押し寄せてくる。天宮はじっと俺を見据えていた。俺の中にあるものを見定めるような、真っ直ぐとした視線だった。
天宮が黙ってマイクの前まで進み、ふっと息を吐く。
さあ、打ち合わせ通りに頼むぞ、と天宮を見る。
天宮が口を開きかけたその時だった。
「待ってください!」
一人の叫び声が、空気を変えた。
鶴の一声にしては、沈痛なものだ。
グラウンドを見ると、男子生徒が一人、息を切らせて決意に満ちた顔をしている。
人ごみたちは彼の姿を認識すると、困惑しながら道を開け、場所を作った。
ぽっかり空いた場所で、男子生徒が天宮をじっと見ている。
「天宮先輩、あなたのことがわかるのは、僕だけです!」
予想外の展開で虚を衝かれる。
だが、俺は愉快な気持ちになって来た。
なるべくしてこうなったのだろうか。
天宮に視線を向けると、俺のことを見ていなかった。
結果はどうせ変わらない。好きにしてくれ。
「見栄っ張りでファザコンで、一番じゃないと気が済まないかわりに努力家で、必死に生きているあなたのことを、僕が誰よりも知っています! だから」
男子生徒は一拍置き、口を開いた。
「僕を信じて」
ざわめきは気にならない。他人の目を気にしない。世界で向き合うべき人はたった一人しかいない。そう思っていそうな真っ直ぐな気持ちが、会場の空気を貫いていた。
天宮が微笑みながら、俺を見る。
「森谷さん、ごめんなさい」