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『2つの1つ』(11月18日・「雪見だいふくの日」)

「あちゃー」

 電車を降りて駅前の駐輪場に行くと、自転車が10台くらいドミノ倒しになっていた。わたしのママチャリも、青いマウンテンバイクの下敷きになって苦しそうにしている。

 今日は、散々な一日だ、と顔をしかめる。

 ずっと温めていた企画がポシャるし、急な修正仕事が入ってスケジュールが崩れるし、上司は現場のことをわかってる筈なのに新しい仕事を押し付けてきた。

 同僚のフォローで謝りに行った帰りに、自転車が倒れてるときたもんだ。良いことがなにもない。けど、最近良いことがあったのはいつだ? と思い返すと、なにも出てこなかった。

 昨日と今日の継ぎ目がないようで、嫌になる。きっと明日もそうなのだろう。「神様、何も良いことが起きないんですけど?」と文句を言って、自転車みたいに倒れてしまいたい衝動にかられるが、ぐっと堪える。

 やれやれ、とかぶりを振り、端の自転車から一台ずつ戻していく。落ち込むのは自分だけで十分だ。他の人が自分みたいに倒れた自転車を見て落ち込む必要はないだろう。

「アンタ、勘弁してくれよ」

 声が飛んで来て振り返ると、黒いジャンパーを着た若い男が立っていた。

「そのロードバイク、高いんだからさ」

 なにを言っているのかと困惑する。自分が自転車倒しの犯人と勘違いされたのだと気がついた頃には、男は自分の自転車を引き出してまたがり、さっさと去っていた。

 良かれと思ったけど、裏目に出てしまった。お前は何もするな、と言われたようで落ち込んでしまう。

 しばらくその場でげんなりしていたら、ポケットのスマートフォンが震え、我に帰った。通話を押して耳に当てる。

「みたっち、わたしもう無理かもしれない」

 涙声でそう言った相手の声は、親友の純だった。

 わたしが落ち込んでいるときに、あんたまで落ち込むとは仲が良いね、と思う。なんだか不幸をシェアしているようだ。

「どうしたの?」

 病気や事故じゃないよね? と不安になる。

「彼氏と別れるかも」

 別れ話かぁ、と少しほっとしつつも、純にとっては深刻だよね、と相槌を打つ。泣いて電話をかけてくるほどとは心配だ。

 純は男運が悪く、前の彼氏とその前の彼氏で酷い目にあっているから、新しい彼氏には「今度こそ、純を幸せにしてよ!」と勝手に期待していた。

 純の新しい彼氏は、デートの待ち合わせでは先に来て待ってくれているし、車がいなくても赤信号を渡らないような律儀な人だと聞いている。

 その性格に、なんとなく親近感を覚えていたのだが、もしかして浮気でもしたのだろうか。純を裏切るような奴は絶対に許さないぞと思いつつも、「ごめん、わたしまだ仕事中なんだ」と話を区切る。わたしはアニメの制作デスクという責任のある立場にあり、納品前で忙しいから、これから急いで会社に戻らなければいけない。

「週末! 日曜日だったら少し時間を作れると思う!」

 そう言って、通話は終わり、週末の日曜日を待った。

 待ち合わせをしたカフェに、どんな疲れた顔をして現れるのだろうか、そう案じながら仕事をし、日曜日を迎えたのだが、

「あ、みたっちー! 久しぶりー!」

 からっとした笑顔でやって来るとは思っていなかった。

「久しぶりだけど、え? 不幸はどこに行った?」
「不幸?」
「ええっと、彼氏と喧嘩したんじゃなかったっけ?」
「あれね、みたっちのおかげで仲直りできた!」

 予想していなかった言葉に、「はあ?」と思わず声が出てしまった。

「どういうことか説明してよ」
「昨日までもう無理かもって思ってたんだよ? 付き合うまではラインだってまめにくれたのに、最近は全然連絡くれなかったし。わたし、別れ話をする覚悟もあったんだから」
「で、昨日なにがあったのさ?」
「二人で美術館に行って、ショッピングをして、あとは家に来てだらだら海外ドラマを見ながらアイスを食べてたの」

 休日のデートって感じだね、と相槌を打つ。

 彼氏の仕事が忙しくて連絡がなくて辛い、と言われたとき自分の耳も痛かった。純の寂しさもわかるけど、本当に忙しいと頭と体が動かないよねぇと、純の彼氏に少し同情していた。

 二人で団欒する光景を思い浮かべながら、楽しそうだねぇと思う。

「で、なんでわたし?」

 私が促すと、純がもじもじしながら上目遣いで口を開いた。

「彼がね、雪見だいふくを一個くれたの!!」

 満面の笑みを浮かべる純に対して、わたしは反応に困ってしまった。続く説明を待つ。

「カップアイスの一口ちょうだいだったらあげてもいいし、6個入りのピノでもあげていいと思う。でも、2個しかない雪見だいふくをくれたんだよ!」
「あんた、わたしによく雪見だいふくちょうだいって言うじゃん」

 それでわたしは、いつも「いいよ」とあげている。
 すると、純はまさしく! という表情になった。

「みたっちみたいだと思って! すごく嬉しくなったの。だって一番の親友だもん!」

 驚きつつも、そう思ってもらえていたのは、なんだか純粋に嬉しくて、胸がじーんとした。

 話を詳しく聞くと、純は雪見だいふくをもらった後に号泣してしまったらしく、驚く彼氏にずっと寂しかったのだと話をし、彼氏も連絡不足だったと反省したらしい。

 お菓子で機嫌が直るとは安いねぇと思いつつ、「仲直りできてよかったじゃん」と伝える。

「ねえ、みたっちはどうして雪見だいふくを1つあげられるようになったの?」
「だって、2つあるってことは、1つは人にあげてもいいってことじゃん」

 そう口にしたとき、これはわたしの言葉じゃないぞ、と気がついた。
 高校時代に付き合っていた恋人の言葉だ。

 元彼はそう言って、ものがダブるとわたしにくれた。わたしは元彼からものがもらえるのが嬉しかったかし、その考え方は素敵だなと感じて真似するようになった。

 別れた途端にその考え方を放棄すると、元彼に「なんだよ、自分の影響を受けていただけか?」と笑われてしまうような気がして、真似し始めたことは意地になって継続している。思い返すと倒れた自転車を直す癖も、元彼がやっていたからだ。

 元彼のおかげというのは癪だけど、それでわたしの親友は幸せになれたのか。この前は嫌な思いもしたけれど、だったらこれからも善行は受け継いでやろうじゃないの。
 今日は久々に良いことがあったな、と笑みがこぼれる。

「みたっちも、わたしみたいな恋人が欲しい?」
「それは嫌」

(つづく)

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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