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第36話「本当は大したことない脇役なんじゃないの?」

       ジャック11

 ミスターコンテストも番狂わせと思えるような事態が起こったが、ミスコンテストでも番狂わせが起きた。

 ミスコン最有力候補である、天宮静香の株が大暴落した。ブーイングが起こり、彼女は真摯にそれを受けながら頭を下げ続けた。これからも高校生活は続いていくというのに、彼女は自分が狡いことをしたと自白した。

 これには私も驚いたし、針ヶ谷さんも目を丸くしていた。

「人間というものは、摩訶不思議だねぇ」

 ミスターコンテストのように、失言をしたがまさかの大勝利、ということは起こらず、天宮静香は最下位だった。

 偽ジャックに脅迫されたのだろうかと訝しみ、控えのテントに向かうと、彼女は晴れ晴れとした顔つきをしていた。

 針ヶ谷さんと顔を見合わせ、どうやらそういうわけではなさそうだね、と目で語る。

「天宮さんの決断は立派だと思うけど、時と場合を考えてもよかったんじゃないかい?」
「いえ、引き返せなくなる前に言えてよかったです」
「卒業まで後ろ指を指される覚悟はできてるってこと?」
「後ろは見なければいい」

 虚勢だと思うけど、天宮先輩はそう言って胸を張った。

 この人も、針ヶ谷さんのように、自分の弱さを抱えても立ち向かえる、格好いい人だ。私は眩しささえ覚えてしまう。

「天宮さん、あなたの捨て身のおかげで、偽ジャックが誰かわかりました。こっちはこっちでなんとかやりますから、そっちはそっちでしのいでください」

 首をかしげる天宮先輩を置いて、針ヶ谷さんが走り出した。私も慌てて、彼女についていく。

「わかったって、本当?」
「ついてきたら、ちゃんと教えてあげるよ。いつもみたいにね」

 針ヶ谷さんは校舎の中に入ると、まっすぐ文化祭実行委員の部屋へと向かった。

 扉を開けると、中には氷見さんしかおらず、他には誰もいなかった。ハートのキングがこれから行われるのだから、準備で忙しいのだろう。探していた人物、森谷が戻ってきたか確認しにきたのかもしれないが、空振りだったようだ。

「お疲れ様です、氷見さん。森谷さんは?」
「森谷はハートのキングの会場じゃないかな。今頃控え室にいると思うけど」
「そこからは、ミスコンの様子も見えたかい?」
「ああ、仕事をしながら、片手間に見ていたよ」
「またまた。ここはイベントを見るには特等席じゃないですか。一人で鑑賞をしていたんでしょう?」

 針ヶ谷さんが挑発するような口調でそう言うと、氷見さんが不思議そうな顔をして彼女に向き直った。

「あなたが偽ジャックだったんだね」

 針ヶ谷さんがそう言うと、氷見さんは固まった。突拍子もないことを言われた、と困惑した様子だったが、すぐに柔和な笑みを浮かべる。

「ちょっと待って。針ヶ谷さん、偽ジャックは森谷って人じゃないの?」

 針ヶ谷さんが私を見る。真っ直ぐな視線、迷いののない名探偵針ヶ谷真実の顔つきだ。

「佐野くん、ぼくはそんなことを一言も言っていないよ。犯人は彼だからね」
「針ヶ谷さん、それはなにかの冗談かな?」
「嘘を吐くのが得意なのはそっちだろう?」
「本気で俺が偽ジャックだって言いたいのかい?」
「そう言っているじゃないか。あと百回言えばわかってもらえるなら百回言うけど」
「わかったよ。じゃあ、どうしてそう思うのかを教えてくれないかな?」

 氷見は余裕の対応を見せた。

「まず、偽ジャックの登場について。ジャックが登場したことを比較的早く知ることができた人物だということは話したよね。氷見さん、あなたは直ぐにそのことを知った」
「あぁ、そりゃあ何事かと思って調べたからね。文化祭実行委員長だから」
「第二、屋上でのゲリラライブについて。偽ジャックは、ぼくが流した情報によって、昼の校内放送の妨害をした。つまり、文化祭実行委員の中にいる」
「その話なら、さっきも聞いたよ」

 氷見の余裕は消えていない。私は拳を握り締め、固唾を飲んで見守る。

「決定的になったのは、ついさっきだね。天宮静香が劇で主役をやるために、ズルをしたと告白したのは聞いただろう?」
「ああ、聞いたよ。そんなことをする人だとは思わなかったから、正直驚いてる」
「その言葉は、そのままお返ししたいね。天宮静香のズルを知ることができた文化祭実行委員ってなると、同じクラスのあなたしかいない。犯人は、あなたしかいないんだよ」

 私は驚き、氷見さんの顔を見た。

 火花を散らすように、針ヶ谷さんと氷見さんの視線がぶつかる。二人とも視線を外さず、じっと互いの奥底を覗き込んでいるようだった。

「いつから俺が犯人だと気づいたんだ?」
「確信を得たのはさっきだね。天宮さんの勇気ある行動のおかげだよ。我ながら情けない」
「脇役のくせに、よくわかったじゃないか」

 氷見の口調が変わる。さきほどまでの爽やかな仮面は外されていた。けだるそうで、人を見下しているのが伝わってくる。

「認めるんですか?」

 声をかけると、氷見は心底退屈なものを見る目をして、私を見た。転がる空き缶でも見るような目つきだ。

「言っておくが、俺はジャックなんてちんけな愉快犯じゃないからな。俺はジャックを利用することにしただけだ」

 氷見は一切悪びれる様子もなく、そう口にした。

 意外な反応だった。これまで、針ヶ谷さんが暴き出した犯人たちは、しおらしく反省するか激昂するか何かしらの感情を見せた。

 こうもあっさりと認め、気にする素ぶりを見せない人物は初めてだった。薄気味悪さを覚え、急に肌寒くなった気さえした。

「俺が泣いて詫びるとでも思ったのか?」
「いいや、ただ、ハートのキングの邪魔はしないでほしい」
「断ったら?」

 氷見に訊ねられ、針谷さんが顔を上げる。じっと氷見を見据えて、口を開いた。

「バラす。何もしなければ、このことについては他言しないよ」
「俺に取引をしようと言っているんだな? ハートのキングにさえ何もしなければ、俺がやってきたことは黙ってもらえるわけか」
「多くの人の願いが、今回のあのイベントに込められているんだ。大事なのは結果だろう?」
「いいことを言うじゃないか。その通り」

 氷見が指を鳴らす。愉快そうにそう言いながら、私たちに歩み寄ってくる。

 二、三歩先までやってくると立ち止まり、表情を消した。

「だからお断りだ。お前らとは取引しない」

 そう言い放ち、冷ややかな目でこちらを見る。私たちのことなど、そもそも相手にしていないという雰囲気だった。

「大事なのは結果だ。俺がお前ら脇役と取引をしたなんて結果は、ふさわしくない。勝利してこそ、結果に価値がある。俺が求めるのは完璧な勝利だ」
「だったら、あなたが偽ジャックだと公表しますよ」
「もしそうするなら、写真を公開する。依頼人を守らなくていいのか?」

 氷見は薄く笑って自分のスマートフォンをポケットから取り出すと、なにやら操作を始めた。

 すぐにメールが送信される軽快な音が響いた。

「今、天宮静香に画像を送った。天宮と狭間が夜の教室にいるのを撮影したものだ。これをネタに脅す」
「そんな、いつ撮影したっていうんだ」
「夜行性の野生動物を撮影するためのカメラがある。でも、これは人を脅すときにもよく使える。あらかじめ、教室に置いておいたんだ。人を脅すのは初めてのことじゃないんでね。俺は色々と持っているのさ」

 氷見はそう言って、スマートフォンをポケットにしまった。

「メールにはなんて?」
「秘密をばらせれたくなかったら、ハートのキングで森谷に告白しろと送った。断られるなんて、誰も予想していなかっただろうな。面白いけど、天宮はかわいそうに」

 どこまでも卑劣な奴だ、と憤り、睨みつけても、氷見はけろりとしていた。

 氷見の顔つきが変わっていた。冷淡な顔つきだ。頭の中で計算をしているのがわかる。

「犯人の目的はギャンブルだと思っていたけど、そうじゃないんだね」

 針ヶ谷さんがぽつりと言う。

「違うのかい?」
「スキャンダルの写真を持っているなら、屋上のライブをけしかけたりする必要がないだろう?」

 確かに、天宮さんの評価を下げるための材料があるのなら、嫌がらせを続ける必要なんてない。じゃ何が一体目的だったのか。

「氷見、君はぼくと同じで文化祭なんてくだらない、そう思っているし、はしゃいでいる奴らが嫌いなんだろ」
「ああ、そうだ。反吐がでる。文化祭もハートのキングも、本当にくだらない」
「そうだね、くだらない。でも、くだらないとかつまらないって楽しんでる人に冷や水を浴びせるのが君の楽しみ方なんだとしたら、君は早く気付くべきだよ」
「何にだ?」

 針ヶ谷さんが、じっと氷見を見据えて右手の人差し指を伸ばす。

「一番くだらないのは、君自身だ」

 氷見の逆鱗に触れたようだった。

 氷見が眼鏡越しに、物凄い形相で針ヶ谷さんを睨みつけている。

 しかし、氷見はふっと息を吐き、薄い笑みを浮かべるだけで、反論をしてこなかった。代わりに、こちらに質問を投げかけてきた。

「文化祭は楽しかったか? 答えろよ、楽しかったのか?」

 氷見は私を一瞥すると、何の反応も見せずに針ヶ谷さんに視線を移した。

「お前はどうなんだ?」

 真っ直ぐとした視線を受けながら、針ヶ谷さんは「ぼくは」と小さく口を開く。

「楽しかったよ」

 返答を聞き、氷見は意地の悪い笑みを浮かべた。

「事件が起きて、自分なら解決できると勇んでいたんだろ?」

 針ヶ谷さんの眉が歪む。奥歯を噛み締めているのが、私にはわかった。

「自分が特別だと思ったんだろ?」

 黙っている針ヶ谷さんに、質問を重ねる。

「自分が主人公にでもなったと錯覚したんだろ?」

 言葉と共に氷見は私たちの前まで歩いてくる。受入れがたい真実が近づいてくるようで、不快感が込み上げて来るが、認めざるをえなかった。

「お前たちは特別なんかなじゃない。ただの驕った脇役だ」

 憤然とする私とは対照的に、氷見は時間を教えるように淡々と語る。

「人は、分をわきまえずに、自分が主人公になりたいと思う。自分の隣にスポットライトが当たったら、一歩踏み出してみたくなる。自分が主人公になれるんだと勘違いをするわけだ。だけど、それはお前の為に用意されたものじゃない。文化祭の実行委員長はこの俺だ。この行事は、俺が楽しむためのものだ」

 私は、心の底から怒りも感じるが、氷見のことが哀れに思えた。人望もあるように見えるし、行動力もある。なのに何故、周囲と馴染めないと感じ、人を貶めることにしか楽しみを見出せなかったのだろう。

「ぼくはね、つまらないと思ってたんだ。同級生も、授業も先生も、学校もつまらない。あいつらも、みんなもつまらない。でもね、わかってたんだよ。誰よりも、一番つまらないのは、ぼくなんだって。だから、少しずつだけど努力をしてるんだ。面白くなるように、楽しめるようにね」

 そう言う針ヶ谷さんが、どこか力なく笑う。

「佐野くん、悔しいけど、打つ手がないなぁ。彼に何もできない」

 言葉が通じないと諦めたのか、針ヶ谷さんはさらりとそう口にした。だけど、私は聞きたいのはそんな言葉じゃない。憤りで自分の皮膚がぴりぴりとし、毛が逆立つのを感じた。

 針ヶ谷さんは、特別だ。誰がなんと言おうと、私はそう確信している。

「だけどお前は見破られたね」

 自分の口から言葉が飛び出していた。

 窓の外を眺める氷見の動きが固まり、私を見る。氷のような冷たい表情をしていた。

「いくら強がりを重ねても、お前がやったことは、針ヶ谷さんに見破られた。この結果は変わらないんじゃない?」

 氷見に、言葉をぶつける。

「お前こそ、本当は大したことない脇役なんじゃないの?」

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