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100万円ゾンビ(初稿−10)

       10

 マスク越しのくぐもった声で、見ず知らずの女性から睨まれながら、「見てた」と言われた。頭脳が猛スピードで回転し、何を? と考えを巡らせる。

 手紙に書かれた「内密にお願い致します」という文面を思い出す。このマスクの女性が、僕が何かを秘密にできるかの見張りなのだろうか?

 警戒しながら立ち止まっていると、女性はマスクを下にずらして笑顔を見せながら、近づいてきた。まだ二十代前半くらいだろうか。化粧はしていないけど、つるりとした綺麗な肌をしていた。素顔を見せることで、こちらに気を許してくれたような気がしたけど、僕は誰だかわからず、体が強張る。

「やるじゃん、最高だったよ」

 その言葉を聞き、やっと相手が何を言っているのかわかった。苦笑すしながら、「ありがとうございます」と伝える。二人を繋いでいる緊張の糸がふっと緩むのを感じる
 僕の弾き語りを聴いてくれていた人か、と。それで声をかけてくれたのだろう。

「やっぱりそうじゃん。っていうか、結構若くない?」

 足のつま先から頭までを、何往復か品定めをするように眺められ、僕はもじもじする。今、僕はTシャツにカーディガンにジーンズという格好だが、ぱっと見で高校生くらいだとわかるだろう。高校生が弾き語りをしていたのが珍しいのかもしれない。

 が、ここで疑問が急浮上してきた。女性に見つめられるのでこちらも観察をする。弾き語りをしている間、彼女は視界の中にはいなかった気がする。

「弾き語り、聴いてくれてたんですか?」と尋ねてみる。
「ああ、うん、見てたよ。歩道橋の上から」

 JRの桜木町駅東口を出たらすぐのところに、歩道橋が伸びている。演奏していたとき、歩道橋は背面にあるため、それでは気がつかなくて当然だ。見守ってくれている人がいたのはとても嬉しくて、思わずはにかんでしまう。

「あの、演奏はどうでした?」
「聞こえなかったよ。遠いし」

 さっぱりとした口調で言われ、「え?」と困惑する。

「じゃあ、歩道橋で何をしてたんですか?」
「だから見てたんだって」

 当たり前のことをどうして聞くのか? と言わんばかりだった。

「高みの見物をしていたわけですね」

 ちょっと皮肉のつもりで言ったのだが、女性は「そうそう、それそれ。まさしく」と目を細め、八重歯を覗かせた。体を揺すり、なんだかはしゃいでいる様子だった。

「でもさ、あいつあたしに泣きついてきて、傑作だったんだよ。知るかっつうの死ねって思ったわ」

 突然穏やかじゃない言葉を言い出したので、眉をひそめる。
 そしてまた疑問だ。あいつとはどいつだ?

 それを訊ねようとしたが、それより先に女性はパーカーに突っ込んでいた手を出し、僕に向けてきた。

 握手? と思ったけどそうではなく、相手の手には名刺が握られている。曖昧に頷きながら、受け取り、確認すると、

『株式会社ライフナビゲーション 営業一課 大宰治』
 と書いてあった。かの文豪と一字違いだ。

「あなたが、大宰さんですか?」
「は? んなわけないじゃん。クズと間違えないでよ」

 おえっと女性が吐く真似をする。

「そいつもさ、まじ人間失格だから」
「恥の多い生涯なわけですか」
「恥だらけだよ、でも、恥を恥とも思ってねえゴミみてえな奴。社会のダニで女の敵」

 クズでありゴミでありダニであり敵である大宰治氏の名刺を受け取ったが、僕はどうすればいいのだろうか。交換する名刺は持っていないし、もらった名刺をどうしたらいいのかもわからない。

「で、この大宰さんがなんなんですか?」
「そいつもね、大学生の時に散々酷いことをしていた癖に、今は就職して有名な会社に入って、のうのうといきてるわけ。許せないでしょ? 憎まれっ子が羽ばたいてるわけ」
「羽ばたくじゃなくて、憚るですよ」
「どっちでもよくない?」女性は体から怒りを発憤しているみたいに、肩を上下させている。迫力に呑まれながら、ですね、と返事をする。どっちでもいいです。

「でも、あの、言いにくいんですけど、それが僕とどんな関係が?」

 女性がショックを受けたように、眉を歪め、軽蔑するような目線を僕に向ける。関係があるのか? という言い方がまずかっただろうか。子供に暴力を振るう大人や嘘をつく政治家と同様に、女泣かせの男も一緒に憎んであげればよかったのか。

「やっちゃってよ。さっきみたいにさ」
「弾き語りをですか?」

 ザ・スミスのモリッシーは『アコースティック・ギターを手にしてる者は、プロテスト・ソング歌手なのだと思ってた』と歌っている。アコギを持ってるなら戦えるはずだ、僕も歌で抗議をし、大宰治氏を改心させられるとと期待されているのかと戸惑ったけど、女性が「は?」と言ってくるので違うのだなとほっとする。

「ボケてんの?」
「真剣ですよ」と言ったが流された。
「あたし、あんたのこと見直したんだよ。あのカスも放っときゃ逮捕されるかもしれないけど、あんな変態みたいなこともさせちゃってさ、やるじゃん。あっ、なんかヤバそうな奴らに連れてたけど、あれもあんたの指示なの? これから拷問とかするなら徹底的にやっちゃってよ。二度とたてなくなるくらいにさ」

 見直したよ、と嬉々とした表情で言われたら、僕は照れても良さそうなものだけど、当然ながら混乱した。物騒な言葉一つ一つで、殴られているようで、くらくらとした目眩を覚える。

 あまりに喜びように、失望させてしまうのではないかと後ろめたさを感じつつ、「さっきから、何を言ってるんですか?」と素直に質問をぶつけた。

「実はあなたが僕に何を言っているのか、さっぱりわかってないんですよ。僕はただ、駅前でギターを弾いて歌っていただけで」

 女性は僕が冗談を言っていると思ったのか、笑顔を苦笑に変えた。
 だが、僕が無言でいると、女性の表情に当惑の色が滲んだ。

「は? ちょっと待って。何言ってんの。あんた、だって金を受け取ってたでじゃん」
「どうしてお金のことを知ってるんですか!?」

 封筒の中身がお金だということは、僕と小此木さんと、封筒を入れたゾンビしか知らないはずだ。

「あのお金は一体、なんなんですか?」 

 僕の質問を受けた女性の気配が変わる。怪訝な顔をし、眉根に皺を寄せ、顎を引き、じっと僕を見つめている。

「ボケてんの?」
「真剣ですよ」とこれ以上ないくらい真面目な口調で答える。

 僕らを繋いでいた見えない糸が再び、ぴんっと張るようだった。千切れるのでは? と不安になるほどだ。女性が頬を引きつらせ、口元に手をやる。しばらく逡巡するような間を置くと、回れ右をし、そのままゆっくりと歩き出した。

 あまりにも自然な動作だったので、ぼうっと見つめてしまった。去っていく背中に向かって、あの、まだ話の途中なんですけど、と呼び止めようとしたその瞬間、女性は地面を力強く蹴り、走り出していた。

 陸上競技のような綺麗なフォームで走り、小さくなっていく背中を見つめながら、はっとする。逃げ出したのだと気づき、慌てて後を追う。

 彼女は百万円がなんなのかを知っている。それだけではなく、男がゾンビのふりをした理由も知っている口ぶりだった。

 絶対に逃すわけにはいかない。

 日曜日の人混みをかき分け、ショッピングモールを抜ける。隣接している桜木町駅へ向かって女性を追って駆け抜けた。

 そして、閉じる改札と、ホームへの階段を駆け上がる彼女を、見送った。

 絶対に逃すわけにはいかなかったが、逃げられた。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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