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天国エレベーター(初稿−10)

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 僕のことを追い詰めていると言った男が、僕に勝負を申し出て来た。怪訝に思いながら睨んでいると、「そう怖い顔をしなくても」と笑い、「負けたら死ぬだけだよ」と不穏な言葉を続けた。

 滑川はコンビニ袋を覗き、中から二つ地元銘菓を取り出し、テーブルの上に置いた。プレーン味の白い袋とチョコレート味の茶色い袋のものだ。

「一個食べたら、電話を一度だけ電話をかけさせてあげよう」
「電話? その賭けに乗る理由はないね。電話なら、ここを出て警察にかけてやる」
「いいや、賭けに乗る必要はあるんだよ。これは、トランプの最中にトイレに行くふりをして君のベッドのそばにあったのを盗んだものなんだ。ほら、身に覚えがあるだろ?」

 慌てて記憶を遡り、検証する。滑川に盗むことは可能だったし、理学療法士の格好をしてそっと僕のベッドを訪ねることが彼ならできただろう。

 あの時に止めていられれば、と知る由もなかったというのに後悔する。それくらい、頭の中で考えが散らかってしまう。

「袋からは何も盗まれてないと思っただろう。盗みはしなかったが、いくつかに毒を仕込むことはしたんだ。この菓子、誰かに分けなかったかい?」

 質問を受け、部屋の温度が急激に冷えたように感じた。
 甘いもの好きだろ? そう言って、僕は森巣に渡してしまった。

「渡したようだね。何人に渡した? そいつらは食ったかな? まだか? 今こうして迷っている内においしいおいしいって食べてるかもな。ほら、勝負したくなってきただろ?」
「でも、何が勝負だ。その二つとも毒入りじゃないって保証はないじゃないか」

 焦り、正常な判断ができないまま、騙されて毒入りの菓子を食べる、そういう計画なんじゃないかと詰問する。滑川も指摘されて困るだろうと思ったのだが、飄々としたままだった。

「それもそうだね。じゃあ、私も一つ食べるよ」
「え?」
「意外かい?」
「だって、どうして、意味がないじゃないか」
「人間の一番の敵はなんだと思う?」
「蚊が一番人間を殺しているらしいですよ」

 僕は精一杯の虚勢を張ってみせたが、一笑に付された。

「運命だよ。所謂、神が決めた結果ってやつだ。運命と戦える機会は人生であまりあることじゃない。だから、戦いたんだよ。私は君の友人にも勝つし、運命にも勝つ」
「享楽に他人を巻き込むな」
「人生は狂った者が勝つんだ」

 ほら、と菓子が二つ差し出される。選べと促されている。滑川に反論したい、が、抗弁する時間も迷っている時間もなかった。

 心臓が早鐘を打ち、呼吸のリズムが崩れる。僕が気付いていないだけで、毒入りの袋には滑川にはわかる、目印があるのではないか、と目を凝らすが、わからない。

 これ以上迷ってる時間はない、と右のチョコレート味の菓子を掴んだ。

「右でいいんだね」滑川がそう言って、左の菓子に手を伸ばす。

 滑川が躊躇なく左の菓子に手を伸ばしたので、「左にする」と宣言した。滑川も焦るのでは、と顔色を窺うと「左だね」と涼しい顔で返された。

 純粋な賭けであることの方が、とても怖ろしいことに思えたが、もう後には退けない。 
 森巣に伝えなくてはならない。

 滑川が封を開けて口の中に菓子を放り、咀嚼を始めた。自分は飲み込まず、僕が飲み込んでから吐き出すのでは? と見つめていたら、滑川はゴクリと飲み込み、口を開けた。

「ほら、君も食べなきゃ電話をかけさせてやらないぞ」

 食べて、電話だ、と僕も菓子を口に入れる。薄い生地とバターの香りが口に広がる。毒だったら吐き出してやる、と思いながら味に注意をしながら噛みしめるが、緊張しているせいでまともに味がわからなかった。

 飲み込み、口を開く。

「ほら、約束通り、電話をかけなよ」

 滑川がスマートフォンをテーブルに置いた。僕は急いで手に取り、自分のギプスを確認する。森巣が書いていった番号を打ち込み、通話ボタンを押す。

 耳元で、着信音がする。規則的で温もりのない電子音が続くことに苛立ちを覚える。
 こんなに大変な目に遭っているというのに、無下に扱われているようだった。世界中が僕の友人に対して無関心なのではないかとさえ思えてしまう。

「知らない番号からだから、警戒しているのかもな。でも、切れたらそれでお終いだ」
「もし繋がらなかったら、戻って自分のから電話するよ」
「それは無理だな。私が勝ったようだからね」

 つまり、と頭の中で復唱する。

「君は死ぬわけだ」

 そう言われた直後に、頭を両手で掴まれて揺らされたような目眩を覚え、耳に当てたスマートフォンから声が聞こえた。

「もしもし」

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如月新一

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明日もがんばります!
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作家です。著作『あくまでも探偵は』『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。