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クビキリ(初稿ー5)

       5

 正解、と思ったのは、気の迷いで、主に空腹が原因だったのではないかと思う。

 あのまま美術室で役立たずとしてぼーっとしているのが嫌だったから、切り上げたかっただけじゃないのかという気もする。強盗ヤギにまつわる問題を先送りにしただけだし、そもそもこの問題は僕に関係がない。

 それに、森巣と小此木さんと僕の三人で行くのだとばかり思っていたのに、小此木さんは「わたしはパス」とあっさり言ったので驚いた。「だったら僕も」と言えばよかったのに、小此木さんの辞退に驚いたことでタイミングを逃し、言い出す勇気がなかった。

 午後の授業を受けながら、森巣に「急な用事が入った」と言って帰ろうかとも思ったけど、一度した約束を嘘で破るというのは、考えただけでも罪悪感を覚えてしまう。付き合うべきか? そもそも森巣は何がしたいんだ? やっっつけると言っていたけど本気なのか? そんなことをぐるぐると考えていたら、すぐに放課後を迎えてしまった。

「平どうしたよ、浮かない顔して、変だぜ」
「牧野はさ、あんまり仲良くない人と二人きりで甘いもんでも食べにいこうって誘われたらどうする?」
「相手の顔による」
「顔はケチのつけどころがない」
「じゃあ行く。ちなみに巨乳?」
「巨乳じゃないけど」
「巨乳じゃないのか」
「命の恩人ではある」
「それ、なんの話?」

 怪訝な顔をする牧野に、なんでもない、とかぶりをふる。
 久々に森巣と話をしたけど、正直まだ全然森巣のことが計りしれないでいる。気を許していいのか悪いのか、判断に悩む。でも、小此木さんが森巣の振る舞いを許しているのも気になった。

「今日はちょっと用事があるから、帰るよ」と言って席を立つ。
「平」

 呼び止められ、振り返る。牧野は腕を組み、いやに真剣な面持ちで僕を見ていた。

「人間、大事なのはおっぱいじゃなくて、ハートだからな」

 芝居染みた口調でしょうもないことを言われ、苦笑する。

「胸に刻んだよ」

 満足そうに親指を立てる牧野に僕は手を振り、教室を後にする。今のは自分で言っておきながら陳腐だったと反省する。

 森巣を迎えに六組の教室まで行くと、廊下にまで賑やかな声が溢れ出ていた。
 そっと扉の脇に立ち、中の様子を確認する。部活や下校で教室から帰っていく中、いつまでも教室に残っているグループがいた。案の定、その人の輪の中には森巣がいた。彼が帰ろうとしないから、友人たちも帰らないのかもしれない。

 仮面優等生の森巣は、クラスメイトとどんな話をしているのだろう、と少し観察してみる。動画でも鑑賞しているのか、背が高く色黒の男子が構えるスマートフォンをみんなで眺めている。目が爛々とさせ、好奇心を顔に浮かべていた。

 森巣は口元に微笑みを湛えつつも、手持ち無沙汰そうに自分の爪を眺めていた。もっとみんなと一緒に和気藹々としていると思っていた。想像していたのと違うな、と思いつつ眺めていたら、爪から視線を離した森巣と目が合った。

 ほんの一瞬だったけど、表情が険しくなったので、僕はさっと廊下に身を隠す。

「ごめん、用事があるんだった! 急ぐから、もう帰るわ」

 そうなの? また明日、という声が聞こえる。僕が言い出したわけではないのだが、みんなの森巣を取ってしまったようで、少し後ろめたい。

 が、やって来た不機嫌そうな顔つきの森巣を見たら、罪悪感は吹き飛んだ。

「平、廊下でぽつんと何してたんだ? さっさと呼びに来いよ。連絡先を交換したんだから、連絡をくれてもよかったんだぞ? 文明の利器を使いこなしてこその文明人だ」
「いやあ、良ちゃんがクラスで友達と仲良くしてるか見ていたんだ」

 森巣がにっこりと張り付いたような笑顔を浮かべた。逃げられないように手が顔の横に置かれ、身構える間も無く森巣の顔が接近してくる。柔らかそうな猫っ毛が揺れ、長い睫毛が見える。

「次にそう呼んだらコロス」

 耳元で囁くと、森巣はぱっと身を引いた。微笑んでいるが目がギラギラとしていた。ばくんばくんと心臓が動くのを感じながら、良ちゃんと呼ぶのだけは二度としないでおこう、と心に誓う。

「じゃあ、行こうか」

 爽やかモードの口調で森巣がそう言うと、身を翻して歩き出した。ので、ついて歩く。学校を出て駅へと続く道を進む。なんとなく予想ができていたけど、「みんなで何を見ていたの?」と訊ねてみた。

「強盗ヤギだよ。みんな大好き強盗ヤギ」
「別に大好きというわけではないと思うけど……でも、不気味だよね。最近、なんだか空気が悪くなっている気がする」
「空気? PM2.5とか?」
「そういうのではなくて」
「冗談だよ」

 こっちは一応、真面目な話をしているんだけど、と視線で訴えると、森巣はわざとらしく両手をあげた。かぶりを振り、僕は続ける。

「町の中に紫色のもやが蔓延しているような、そんな不気味さを覚えるんだ」
「紫色のもや?」
「変な例えだと思うけど、不気味なものに囲まれてるような気持ちになるんだよ。最初はみんな、驚いていた。空気が変だぞって。だけど、麻痺して当たり前になっている。それに、それだけじゃなくて、みんなおかしくなっているような気もする。何かに感染しているみたいに」
「心配性の平くんは、最近そんなことを気にしていたのか。ずいぶん回りくどい言い方をしてるけどさ、強盗ヤギの動画をみんなが見てるのが、不安なんだろう?」
「……そう、なのかな。みんなが次の動画を、次の犯罪を楽しみにしているように見えて、怖くなる」

 平和な日常が強盗ヤギの動画によって蝕まれてていくように感じていた。蝕まれ、どうなるのかはわからないけど、健康的ではない予感はする。

「森巣はどう思う?」
「人間、そんなもんだろ。ただ、楽しんでるだけだ」

 声色が変わった。明るさが失せ、淡々とした口調に変わる。駅に向かうにつれ、人通りが少なくなったからか、表情も変わっている。爬虫類のように冷酷とまでは言わないけど、獲物を狙う猛禽類を彷彿とさせる精悍な鋭さがあった。

「だけど、許すかどうかは別問題だよなあ」

 語気が強くなり、なんだか物騒な気配がある。許さなかったらどうするつもりなんだ? 疑問だったけど、訊ねなかった。その答えを知りたくなかったからかもしれない。
 けど、僕はまた巻き込まれ、それを知ることになる。

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作家です。著作『放課後の帰宅部探偵 学校のジンクスと六色の謎』 読んでる間は楽しくて、読み終わったら何かが残る、面白い小説が好きです。 http://papermoon.gloomy.jp/index.html

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